第23話 向上心と上昇志向の強い同級生の良い面を見せてもらうことになった日
「お、お父様に認められること?」
「そう、私のお父様は偉大な人物です。そんな人に認められたいと思うのは至極普通のことでしょう?」
ミレイユさんはそう言って髪の毛をふぁさっと払った。その仕草は必要なんだろうか……と思ったものの、自信満々なのはよく伝わってくる。
ミレイユさんの父親がどれだけ偉大な人物なのかはわからないけれど、例えば私も師匠に認められたいとは思っているので、それと似た感覚なのかもしれない。
しかしそんな人に認められるための手伝いというのがわからない。
「それはお父上に認められるために学園で良い成績を残したり、何かを成し遂げたいってことですか?」
「簡単に言うとそうなりますわね。主席で卒業を目指しています。それまでに夏の芸術コンテストで入賞して、文化祭ではミスイスタンテに輝いて、舞踏会では一番の注目を浴び、部活動では特ダネを掴んで一躍有名になる予定ですわ!」
「欲張り……!」
その手伝いというと勉強を教えたりダンスの練習に付き合ったりということになるんだろうか。
そう問うとミレイユさんは「そういうのは自分でやりますわ」と首を横に振った。
なんでも卒業後も私の手伝いなしではやっていけないような状態にはなりたくないという。わりと向上心が強い人なんだな、と私はこの時初めて知った。
「あなたには各先生にそれとな〜く私の良い面をアピールしてもらったり、それとな〜く良い噂を流してもらいたいんです」
……そして、ちょっと悪い意味での上昇志向も強いようだった。
「わかりました。ただし……ミレイユさん、私は先生たちにそういう嘘はつけません。だから私に本当のことを喋らせてくださいね」
「ほ、本当のこと?」
「あなたの良い面を私に沢山見せてください」
酷い面ばかり見てきたけれど、性格が悪くても根っこまで腐り切った人ではないと知ることができた。
だから良い面をいっぱい見せてほしい。なら自然と話したくなりますよ、と言うとミレイユさんは「大嘘をついていたっていうのにどの口が言いますの……!」とわなわなし始めた。
「ラウさんのことですか? あれは大嘘ではなく黙っていただけですから。……わかるでしょう、伏せたくなる気持ち」
「ま、まあ、わからなくもないですけど」
「私は平穏な学園生活のため、ミレイユさんは絢爛豪華な華々しい学園生活のためにお互い頑張りましょう!」
ね、と手を握るとミレイユさんは今にも唸りそうな顔をしたものの、すぐに眉をハの字にすると「わかりましたわ……」と頷いた。
良い面を見せるからには今までのような絡み方はされないはず。これで解決したなら嬉しいのだけれど、それは今はまだわからないことだ。
さて、とミレイユさんが顔を上げる。
「そうと決まったら、まずはこの授業を完遂しなきゃいけませんわ。確保した情報を持って早くゴールに――ああっ!?」
「どうしました?」
「……ラ……ラウ先生から逃げている時に転んだでしょう、その時に……」
ミレイユさんは懐から畳まれた紙を取り出した。
驚くほど水と泥で汚れている。そういえば必死にに逃げている間に何度か転んだ気がした。その時に汚れてしまったらしい。
「たしかにぬかるんでいる場所がありましたね」
「なにを落ち着いてるんですか! このままだと失格ですわよ、ああでも他の情報を探しに行く時間がもう……」
「慌てても仕方ないです、まずは修復を試みてみましょう」
直せるんですか? とミレイユさんは目を瞬かせる。
紙は大分汚れてしまったけれど、破れて細切れになりバラバラに捨てられた……なんて再起不能な状態になったわけではない。
私は腕捲りをする。
「外で師匠の本を読んでて泥沼に突っ込んだことがあるんです。その時の経験を活かしましょう」
「なんてアグレッシブなことしてるんですか……!」
「ちなみに本は死にました」
「ダメじゃないですか!」
当時は悲しくて師匠に謝りながら泣いたけれど、あの本はあくまで本として死んだのだ。
今回の目標は情報を持ち帰ること。
あくまで模擬なので、情報を書かれた紙そのものが重要だ。わかりやすく破損しやすい紙にしてあるけど実戦では他の代用がきかないものなこともあるだろう。
つまり私たちが内容を覚えたり複写することは授業の本意に沿っていない。OK判定は貰えるかもしれないが先生からの評価が良くなる可能性は微妙なところだ。
そう考えるとこの紙そのものを復活させる方に注力した方がいい。そして。
「これは汚れているけれど形は保っています。綺麗にできなくても――読めればいいんですよ」
本が本としては死んだけれど、すべての文字が消えてなくなったわけではないように。
そうして不安げなミレイユさんの手を取り、私は必要なものを集めるべく走り始めた。
***
乾いてしまった部分の泥はブラシで丁寧に落とす。
このブラシは私物だ。サバイバル授業ではサバイバルに役立つ物品の持ち込みは禁止されていたが、必要だと判断した日用品は許可されていた。ただし学年が上がるとどんどん条件が厳しくなるらしい。
さすがに洗剤はなかったけれど――森の中に自生していたマメ科の植物。この果実が石鹸の代わりになると師匠の住んでいた森で学んでいたので代用した。
ミレイユさんはこんな貧乏くさい洗い方は一切聞いたことがなかったのか「石鹸でもないのに洗えるんです!?」と素で驚いていた。誇らしいようなそうでもないような不思議な気持ちである。
幸いにも大半の文字は薄く泥を被っただけだったので、この二つの方法でなんとかなった。ちょっと怪しい部分もあるが読めないこともない。
あともうひとつ不安があるとすれば、ラウから逃げるために魔法を使ったこと。
授業中に魔法を使えるのはひとつのチームにつき二回までだ。
あれより前の時点で私は目眩ましの魔法を、ミレイユさんは炎の球の魔法を使っている。ちなみに炎の球は何発もあったものの、あれでワンセットらしいのでセーフだった。
問題はその後にラウの魔法を防ぐために私が三回目の魔法を放ったという点だけれど……ラウはダルキス先生のキメラに一度も見つかっていないと言っていた。
つまりあの瞬間もキメラの監視の死角だったわけだ。
見られてなければヨシっていうのはどうかと思うものの、ラウの乱入によるものなのでノーカウントということにしてほしい。
そう祈りながらギリギリでゴールし、ドキドキしながら修復した紙をダルキス先生に差し出す。それを検めたダルキス先生は小さく頷いた。
「現物をそのままきちんと持ってきたか。……ぼくの真意は理解しているみたいだな」
遅くなったし汚してしまったけれど、ダルキス先生は結果そのものだけでなく私たちの判断も評価してくれた様子だった。
そのまま「合格だ」と合格判定を貰い、私とミレイユさんは胸を撫で下ろす。
沢山の謎はまだ残っているけれど――ひとまず、この後に一泊してサバイバル授業は終了である。
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