第22話 茂みの中からお尻が現れた日
最初は高度の高い空中に放り出されたけれど、今度は地中だったらどうしよう。
そんな不安が過ったものの、一瞬で穴の向こう側へと出た私たちは目を瞬かせることになった。最初にラウの魔法と私の魔法がぶつかった地点にそのままぽんと着地したからだ。
どうやら出入り口の位置は連動しているわけではないらしい。
意外と近かった地面によろめいているとラウが支えてくれたのでお礼を言う。
するとガサガサという音が近くの茂みの中から聞こえてきた。さすがにもうサバイバル授業は終わっているだろうけれど、もしかしてダルキス先生のキメラが残っているんだろうか?
それとも誰かが行方不明になった私たちを探しにきてくれたのか、もしくは野生動物か。あっちの世界には動物がいないようなので注意を怠っていた。
体を強張らせながらそちらを向くと……茂みの中から四つ這いになった状態のお尻がズボッと出てきた。
まごうことなきお尻だ。
スカートには見覚えがあった。私たちの学園の制服である。
「ミ、ミレイユさん!?」
「……!? その声はイルゼさん!?」
お尻の次に出てきたのは腰、肩、そしてこちらを振り返るミレイユさんの顔だった。
葉っぱや蜘蛛の巣が付いているが大きな怪我はないようだ。あの時は距離があったから大丈夫だとは思っていたけれど巻き込まれていなくてよかった。
彼女もわざわざ探しにきてくれたんだろうか。人間を探すには小さい茂みな気がするけれど。
そう思っているとミレイユさんが眉を吊り上げて近づいてきた。
「一体どこへ行ってたんですの!? 全然見つからないから、あの爆発で木っ端みじんになってしまったのかもしれないと思って探してたんですよ……!」
「あ、あー、遺留品を探してくれてたわけですか」
なら這いつくばって小さな茂みを探していたのも頷ける。
するとミレイユさんはとんでもないことを言った。
「そうです、わ、わたくしが犯人だと思われては困りますからね。それに一応はチームですし、ひとりでゴールしては減点されてしまいます。だから三十分も探してたんですのよ!」
「三十分? それは……一旦学園に帰った後、捜索のためにもう一度ここに訪れてから、ってことですか?」
「何を言ってるんです? あなたたちが消えてからに決まってるでしょう、あなたたち……たち……、……ヒッ!」
そこでミレイユさんはようやくラウの存在に気がついたのか顔を青くして飛び上がった。また殺されるかもしれないと命の危険を感じたようだ。
今のラウには殺気はないけれど、それでも追われていた身からすれば恐ろしいだろう。
当のラウはまったく気にしていない様子で「時間の流れが異なるようだな……」と自分の顎をさすっている。
「ザル計算であちらでの一日が十分以下なのか、それとも一度の転移で三十分しか経たないのか……今ある情報だけじゃわからないけど、ひとまず」
「ひ、ひとまず?」
「あそこはこことは異なる世界だと思った方が良さそうだ」
遠い異国の地に飛ばされたのではなく、世界そのものが異なる。その可能性は頭の中にあったけれど、間違っていない確率がこれでグッと上がったということだ。
なんで魔法をぶつけたら転移してしまったのかはわからないけれど、それも含めて今後調べていく必要がある。
そう思ったのはラウも一緒だったのか、私の頭をひと撫ですると「俺は先に学園へ戻るよ」と笑みを浮かべた。
「ゴールまでお供したいけど、そうすると教師が生徒の授業に介入したとみなされてイルゼが反則扱いされてしまうかもしれないからね」
「それは困りますね。でもすでに介入どころじゃないくらい関わっているのでは……?」
「バレなきゃ問題ない。俺はここに来るまで一度もダルキスのキメラの索敵に引っ掛かってないんだよ」
にこにこしながら前へ出たラウは立ったまま腰を曲げ、ミレイユさんと目線の位置を合わせる。表情は変わらないが威圧感が増し、太い三つ編みが背中側からだらんと落ちただけでミレイユさんはびくりと肩を震わせた。
「今回はイルゼにお願いされたから許す。しかし今回だけだ。同じことをすれば君を殺す」
「わ、わかり、ま」
「君の家族も、血縁者も三親等遡って殺す。同調した友人をはじめとする人間、その家族もだ。ペットは……動物は好きだから見逃そう」
「わわわわかりました、わかりましたわ……!」
高速で頷いたミレイユさんを見てラウは「よし」と頷くと姿勢を戻し、私に向かって手を振ってから木々より高く飛んで消えていった。
嵐が去った後のような気持ちになったけれど、それはきっと間違いではない。
そこに聞こえてきたのはミレイユさんが尻もちをつく音だった。
「なんてこと……ラウ先生があんなに物騒な人だったなんて。事情は聞きましたけどやっぱりショックですわ……」
「その、すみません。でもなんとか話をつけてきたので」
手を差し出すとミレイユさんは「自分で立てますわ」と立ち上がった。しかしふらふらしている。
恐怖のせいか、それとも隅々まで探し回ってくれていたからか。その両方かもしれない。
「ミレイユさん、お願いがひとつあります」
「と、突然真剣な顔をして何ですの?」
「今回の件は見なかったことにしてもらえませんか」
ラウが釘を刺したのは「同じことをするな」ということだけ。
今回のことを口外するなとは言っていない。
もちろん口外したことで私との学園生活が脅かされれば彼が何をするかわからない、ということはミレイユさんも感じ取っていただろうから、私が改めて言う必要はなさそうだったけれど――気持ち的に、そこに触れずに日常に戻るわけにはいかなかった。
「私、この学園でしっかりと魔法を学びながら友達を作っていきたいんです。今までそういう環境になかったのもありますけど……私の夢でもあるので」
「それはもう叶って、――ああ、叶いつつある夢を壊されたくないんですのね」
この件が表沙汰になればポリーナさんが私のもとから去っていくかもしれない。出来たばかりの友達を失うのは嫌だ。
これをラウに言えば取り計らってくれる可能性はあったけれど、ミレイユさん相手みたいに脅す形で「イルゼとずっと友達でいろ」なんて言われた日には目も当てられない。なら私が自分でどうにかするしかなかった。
その第一歩がこれだ。
ミレイユさんはぱんぱんとスカートの汚れを払いながら言う。
「そんなショボい夢じゃありませんけど、私にも夢があります。それを応援してくださるなら考えないこともありませんわ」
ラウ先生も普段はあんなに怖いわけじゃないですし、と取ってつけたような理由を重ねながらミレイユさんは咳払いをした。
ミレイユさんの夢?
一体どんなものなんだろうか。まさか今更「ラウ先生と結婚したい」なんて言うはずもないし、他には……予想できるほど私はミレイユさんのことを知らない。
知るにはまずは訊ねることから。その夢とは一体何ですか、と問うとミレイユさんは両手を腰に当てて言い放った。
「お父様に認められることですわ!」
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