第19話 渾身の『可愛くおねだり』より効いたことがあった日

 魔力も徐々に回復し、翌朝の朝食は私が担当した。


 いつもと同じ材料しか使っていないはずだけれど少し個性的な見た目になった。

 酸味のあるスープも好きなので、そこから閃いて作ったキノコとブドウのスープだ。

 ラウは例の魔石を見つけた時よりもぎょっとした顔をしていたものの、すぐに笑顔になると「イルゼの料理はやっぱり効くね!」と完食する。効くって何にだろう。


「ラウさん、そろそろ今日辺りにでも……」

「俺と結婚する?」

「頭どうしたんですか。そうじゃなくて、ここへ来た時と同じ状況を作るために魔法をぶつけてみませんか? 魔力も完全回復ってわけじゃないですけど、試すなら早くしたいので」


 ここへ来て数日経った。

 さすがにサバイバルの授業は終わっているだろう。

 それどころか私とラウが行方不明になって中止されているかもしれない。それ以外にも学園に戻った後はテストの予定もあったし、勉強は日数分遅れているし、図書室に返していない本はあるし、師匠に手紙は送れていないし、気掛かりが多くて早く帰りたい気持ちが強かった。

 しかしラウは乗り気ではないようだ。


「万全の君が倒れるくらいの負担じゃないか、そんな魔法を今の状況で使わせたくはないなぁ」

「その原因を作ったのは誰ですか」

「……」


 ラウは黙り込んで視線を逸らした。

 どうやら罪悪感はあるようだ。

 恐らく悪いことをした罪悪感というより私に迷惑をかけた罪悪感なんだろうけど――そこを突いておねだり作戦をするなら今だと直感が告げている。


 一晩考えてみたけれど、可愛く頼む方法というのがどうしても自力では思いつかなかった。

 だからここは子供の頃に読んだ本の内容に倣ってみよう。

 たしか世渡り上手なお姫様がイケメンを手玉に取りながら仲間を増やしていく旅ものだった気がする。


「ラウさん、妹弟子からお願いがあります」

「うん? 一体どうし……ッはぅあ!!」


 下から覗き込むようにして上目遣いでラウを見つめ、懇願するような縋るような目をする。それだけでラウは変な声を上げたけれど、ええと、ここからどうするんだったっけ……と考えながら記憶を手繰った。

 キャラクターのインパクトが強すぎて肝心のテクニックをあまり覚えていないのだけれど、たしかスキンシップが大切だと書いてあったはず。


「まず手に触れても大丈夫ですか?」

「わざわざ確認してくれるイルゼが可愛い! もちろんいいとも、手だけと言わず腕でも腰でも――」

「手でいいです」


 彼の大きな手を両手で握るように触れるとラウは再び奇妙な声を上げた。こっちがびっくりしてしまうような声だけれど、正直言って少し面白い。

 ラウの手は私と手と比べて倍近く大きく、本気で握られたら私の指なんて簡単に折れるんじゃないかと思うほどだった。なのにこちらに触れてくる時はいつも優しいのだから不思議だ。

 その手を握りながら再びラウを見上げる。


「ミレイユさんのこと、許してくれませんか?」


 本題を切り出すとラウは手の感触に集中していたのか一瞬無反応だった。しかしすぐにハッとして首を横に振る。


「いけないよイルゼ、ああいう手合いは同じことを繰り返す。誰かが罰を与えないと永遠に――ぉあ!?」


 握る手に力を込めるとラウは見事に仰け反った。

 ここまでのリアクションをするようなことだろうか……とついつい疑問に思ってしまうけれど、効いているならそれに越したことはない。


「お願いします、私は気にしてないのにクラスメイトが死ぬのは嫌です」

「う、うぅ……」

「それに兄弟子が犯罪者になるのも嫌です。私の兄弟子は寛容で立派な人ですよね? ……ね?」

「ううぅ……!」


 ずいずいと前のめりになって畳み掛ける。

 ラウはひとしきりぷるぷると震えた後、呻き声を止めて考え込んだ。


「……お、俺は君さえいればいい。犯罪者になってもいい。むしろそれだけ強い愛があると証明できる。――しかしイルゼを犯罪者の妹弟子にしてしまうのはいけないか」

「じゃあ……!」

「バレないように殺すよ」


 話が通じてるようで通じていない!


 バレなければ大丈夫と言うけれど、まずすでに私が知っている段階でダメだ。ラウもそれはわかっているはず。

 なのにそういう手段に出るということは、私の気持ちなんて考えていないということじゃないだろうか。

 ……そんなふうに考えると、少しだけ寂しく感じた。


「ラウさんは私がどう感じるかなんてどうでもいいんですね……」

「!? そんなことないとも、この世界で一番イルゼのことを考えているのは……俺……、……」


 失速したラウは私の顔を見ていた。

 感情がうっかり表情に出過ぎていたらしい。途端にあたふたし始めたラウを見てハッとする。

 ラウの気持ちを考慮してないのは私もだ。


 彼はとんでもないことを言っているけれど、私を苦しめてやろうと悪意を持ってやっているわけではない。

 上手く話を進めたいなら私も何かしら譲歩しよう。多分、もっと上手い方法はあるんだろうけれど――今の私はそうしたかった。


「……ラウさんが心配しているのはわかります。不安なら、その、そちらのお願い事も出来る限りきくので考えてくれませんか」

「――えっ、イ、イルゼがなんでも言うことを聞いてくれる……!?」

「出来る限りです。あと一個だけにしてください」


 こちらも聞いてもらいたいお願いは一個だけなので、と付け加える。

 ミレイユさんに過度な罰を与えるのをやめてもらう代わりに、ラウの不安を払拭する願い事をきく。そういう契約を持ちかけているわけだ。

 ……うーん、結局可愛くおねだりとはかけ離れてしまった気がする。


 しかしラウには効果絶大だったのか、ぶつぶつと何かを呟いていたかと思うと「わかった」と真剣な顔で頷いた。

 なんとなくその目が獲物を狩る肉食獣に見えたけれど、まずは彼の言葉に耳を傾ける。


「まず確認なんだが」

「はい」

「君に口づける許可はもらえるかな?」

「はっ倒しますよ」


 握っていた手を離して構えるとラウは「違う違う! 違わないけど違う!」とわけのわからない弁明をした。

 そして今度はラウの方が前に出る。


「君が失われやしないかと俺は毎日心配なんだ。耳飾りでも役者不足だった。だから――いつでも君の異変を察知できるよう、魂の糸を繋いでほしいんだ」

「た、魂の糸?」


 そんな言葉は聞いたことがない。

 何か不穏なものを感じたけれど、ラウは「まだ習ってないのか?」と首を傾げていた。


「普通は長く連れ添った魔導師がする契約さ、魂の一部を繋ぐことで互いに色々なことを知覚できるようになる。もちろん許可されたものだけだが」

「そ、そんなものが」

「俺はこれを婚姻より上位の契約だと考えている。いつかイルゼをお嫁さんにしたかったけれど、君を守るためなら段階をすっ飛ばすことも厭わないよ」


 私は厭うのだけれど。

 しかしラウは真剣な顔で私の手を握り返した。――こんなにも大きいのに痛くはない。


「口づけはその契約に必要なんだ。……許してくれるかい?」


 そして問うその声も真剣だったけれど……どこか切羽詰まっているようでもあった。

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