第18話 闇の空間で『あるもの』を見つけた後、難題を再認識した日

 暗い道を進んでいると明らかにおかしい場所に出くわした。


 日中なのに暗い区域というだけでおかしいのだけれど、更にその中で墨をこぼした時よりも真っ黒な空間が広がっているのだ。あまりにも黒すぎてのっぺりとした平坦さを感じてしまう。

 ラウがじっと凝視しながら唸る。


「凄いな、暗視魔法すら歯が立たない」

「こ、ここに何かあるんでしょうか。それとも空間ごと変なだけ?」

「……似たような状況を書物で読んだことがあるな。闇属性の魔法を学んでいた時だ。たしか――そう、この世のありとあらゆる光を吸収して溜め込む特殊な魔石があったはず、だけど……」


 歯切れが悪い。

 そんな感想を視線に込めて見上げると、ラウは肩を竦めて言った。


「神話に出てくるレベルのものだ。俺的には他の可能性を探った方が建設的かな」

「神話レベルの……」

「まぁ、ここはまず確認してみよう」


 見えないのに一体どうやって? 手探りで進むの?


 そう見守っているとラウは自分の目元に黒いもやを作り出した。もやは丁度サングラスのような形になる。

 その向こうで目を凝らしながらラウは「制御下にある闇を通すことで真の闇の中を見てるんだよ」とよくわからない説明をした。

 自力で水中眼鏡を作っている感じなんだろうか。同じ属性の魔法を使えないと一生わからない感覚なのかもしれない。


 ラウは本当に暗闇の先が見えているようで、これ目が疲れるから嫌なんだよなと独り言を言いながら進み始めた。

 手を引かれている私としては隣のラウすら見えなくなるという恐ろしい状況だったけれど――手の感覚が消えるわけではなかったので、心からの恐怖を感じることはなかった。

 道もラウが足元に注意しながら進んでくれているのか躓くこともなく進んでいく。


 しばらくして足を止めたラウは「あった」と短く言った。


「もしかして本当に魔石が?」

「ああ、……びっくりだ。しかもこんな小さいのに――ああ、イルゼは見えなかったね。ちょっと待っててくれ」


 闇の向こうでラウが何か試行錯誤を繰り返している気配がする。

 そして突然なんの前触れもなく周囲の闇が薄まり、真上から光が染み入るように広がり始めた。暗闇に目が慣れていたのでとても眩しく、目の奥が痛くなり瞼を閉じる。

 次に目を開けた時には、周囲は普通の森に戻っていた。


「もしかして、それが……?」


 見ればラウの手の平には黒くて丸い石がのっている。

 ただし球体ではなく平たい丸で、小さめのコインやガラス工房で売っているおはじきに似ていた。

 周りに石のようなものが付着しているのを見るに、宝石の原石のように貼りついていたものを魔法で切り取ったようだ。視線を落とすと足元に不自然な岩があった。


「俺の闇で覆ってみたんだ。闇から光は吸い取れないからこれで無力化できたと思う」

「そんな使い方できるんですね……」

「イルゼも窮めれば光で同じことができると思うよ、なにせ俺のイルゼだからね!」


 できたとしても使い道がなさそうだ。

 そう思っている前でラウは無力化した魔石を収納魔法に入れた。


「こういう封じ方もあったけど、取り出した瞬間に真っ暗闇になるのも困るからね」

「ですね、……っていうか持ち帰るんですか? いや、まあ神話級の代物なら貴重なので気持ちはわかりますけど……」


 なんとなくラウは実用的なものしか持ち帰らないような気がしていた。

 今はどこにいるかもわからないサバイバル中で、光を吸収する魔石より食べ物を持ち帰る方を重要視していると思ったのだ。道中も探索しながらちょこちょこ収穫して収納魔法に入れていた。

 そんな違和感からついつい問い掛けてしまったけれど、愚問だったかもしれない。

 そう気づいて前言撤回しかけたところでラウが肩を揺らして笑った。


「光を溜め込むって言ったろ? 俺が自分の闇で上手いこと通路を作れば溜め込んだ光の一部を解放できるかもしれないんだ。つまり夜間の照明になる」

「神話級のアイテムを夜間照明に使う気だったんですか!?」

「俺たちの愛の巣がより快適になるだろ?」


 あれを愛の巣扱いするのは如何なものだろうか。

 いや、でも納得はした。……予想通り、実用的なものだから持ち帰ることにしたんだな、と。

 

「……?」


 その時、残された岩の周りがまだ仄かに暗いことに気がついた。

 ラウの袖を引いて指摘すると彼も怪訝な顔をして岩を確認し、指先から闇色の刃を作り出して岩を切る。さっきもこうして切り取ったらしい。

 すると岩の断面から闇が広がった。

 さっきの漆黒の闇よりは薄く、目を丸くしているラウの顔が確認できる。


「驚いた。さっきのより質は悪いけど――これも同種の魔石だ。ほら」


 ラウは体をずらす。

 その向こうには、岩の中に埋まった黒いコイン状の魔石がいくつも顔を覗かせていた。


     ***


 あの場所を一通り調べたラウは地下にも魔石の鉱脈があるのではないかと予想したが、さすがに魔力の回復が遅い場所で大技を連発して採掘するわけにはいかず、最初の岩の中にあったものだけ採取して拠点に戻ることになった。


 岩ごと隆起して外に出てきたのは魔石が光を求めた結果ではないか、というのがふたりで話し合って出した予想だ。

 力の強い魔石の中には自分の望むものへ近づくために自然の力を利用して移動するものがある。

 王宮に保管されている国宝の『凍てつきの魔石』は熱エネルギーを溜め込んで糧にする変わった魔石だが、すべてを凍てつかせてしまうと餌がなくなるため、数百年に一度自ら火口に身を投じて弱らせる――などという逸話があるくらいだ。


 そんな謎の多い魔石だけれど、今はラウの言葉通り拠点の照明になっている。

 ……なんだか罰当たりなことをしている気分だった。


「魔力の薄い土地なのにこんな魔石が育つんですね……」

「むしろコレが育ったせいで魔力が枯渇しているのかもね。ああ~! 調査団組んで調べたい……!」


 変わり者だけれどラウも魔導師。こういったものは解明したくなる性分のようだ。

 かくいう私も気になっているけれど、今のところできることは少ない。

 ひとまず魔力が回復したら試そうという話になっている確認事項がある。ここへ飛ばされた時のようにお互いの魔法をぶつけてみることだ。


(それでもし無事に帰れたら……)


 帰った後のことと、それまでにしておくことを私は考えなくてはならない。

 そう、ラウはまだまだミレイユさんに敵意を持っているのだ。

 このまま帰ってまた私が気絶したとしよう。そして起きたらミレイユさんが大変なことになっていました、というのは避けたい。


(だから――ここにいる間に)


 ミレイユさんの命のため、彼女への『お許し』を可愛くおねだりしなくてはならない。


 ……やっぱりサバイバルより難しいわ、これ。

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