第15話 「どういうこと!?」と叫ぶことになった日
生き物の気配はないのに闇属性の魔法の気配と殺気だけ漂ってくる。
これはミレイユさんを見つけたら一触即発、止める間もなく即死級の魔法を放ってくるかもしれない。
なので私はミレイユさんを洞窟に待機させ、自分だけ外に姿を晒すことにした。
「ラウさん、話があります! 出てきてください!」
声を張り上げて名前を呼ぶ。
しばらくは木の葉の擦れる音しかしなかったものの、雲で太陽が翳ったタイミングで背の高い人間が木の上から降りてきた。
着地の音が最小限に抑えられており、まるで猫科の動物だ。遅れて落ちてきた長い三つ編みも尻尾に見えてしまう。
しかしそれはまごうことなき人間で、ラウ・ハウザーでもあった。
私を見る目は優しいけれど、その奥にギラギラしたものが垣間見える。ラウはまだミレイユさんを許していないらしい。
ぐるりと周囲を見回した後、ラウは柔らかい声音で訊ねた。
「あのアバズレはどこだい?」
……柔らかいのは声だけだった。
ラウの右手を凝視する。正体はわからないが何か高度な魔法が組み立てられているのが感じ取れた。
ああいうのって戦場でしか見ない魔法じゃないかな、と思ってしまうタイプのものだ。
私は戦場に赴いたことはないけれど、魔獣相手に師匠がエグめの魔法をぶっ放していたのは見たことがある。師匠も闇属性なので、同じ属性のラウの魔法は他より察しやすいのかもしれない。
とりあえず深呼吸して説得を試みよう。
「あれは誤解なんです、あなたが思うほど酷いことはされてませんよ」
「でも怪我をするきっかけは作ったんだろう? それだけで万死に値する」
私が包丁で指を切ったらその包丁を破壊し尽くすんだろうか。
……いや、これは本当にやりそうかも。
「そ、それでも抑えてください。あなたがクラスメイトを殺すところなんて見たくありませんし」
「イルゼは優しいね、でもその優しさを向ける相手を間違えちゃいけない。害虫は早めに潰さないと」
「いつも以上に話が通じない……!」
――いざという時は私がミレイユさんを守らないといけないかもしれない。
ミレイユさんの火属性は防御より攻撃向きだ。もちろん防御に使うすべもあるけれど、ラウなら簡単に突破してしまうだろう。
私の光属性は攻撃に不向きな代わりに防御や回復といったサポートが得意なので、守るのに使うならこっちだろうか。
迎撃も考えてみたけれど……いくつかある攻撃系の魔法も難しいものが多い。
そして私の攻撃魔法は溜めの時間が必要というネックはまだ解消されていなかった。あれから色々試してみたものの、なかなか成果を出せなかったのだ。
属性としては光と闇は互いに苦手であり特攻でもあるので、全力で防御魔法を展開すれば一度くらいは反らせられる……可能性がある。あくまで可能性が。
なるべくそんな事態にならないことを祈っているとラウが近くに生えていた木の根元に黒い雷を放った。
唐突に凄まじい炸裂音がして思わず耳を塞いでしまう。
落雷地点では毒グモが死んでいた。師匠の森でもたまに見かけたやつだ。常に帯電していて、痺れさせた獲物にダメ押しの毒を注入してくるとんでもない虫である。
つまり電気に耐性があるのだけれど、それすらものともせず即死させたらしい。
耐性が仕事をしたのは崩れない程度に死骸を残したことくらいだろうか。
「ほら、ああいう虫と一緒さ。……殺した後のことを心配しているのかもしれないが、俺は君さえいればいい。イルゼのことは守ってあげるよ」
とりつく島もないどころか海ごとなさそうだ。
こうなったらミレイユさん発案の『妹弟子として可愛くおねだり』を実行するしかない。――というか、わざとその策を避けていたのではなく、ずっと実行しようと思っていたのだけれど可愛いおねだりの仕方がまったく浮かんでこなかったのだ。
上目遣いですり寄ればいいんだろうか。
難度が高い。高すぎる。しかも媚びながら伝えたいことを余すことなく言葉にするのは思っている以上に高度なテクニックだった。
絶対に声がひっくり返る。
なんなら変な笑い声が混ざる。
そんな確信があった。
(それにラウの妹弟子像から外れていたら逆効果になるのでは?)
私が愛でる対象から外れれば自ずとミレイユさんが狙われる理由もなくなるわけだけれど、それはそれとしてラウが絶望して別の大変なことをしでかしそうな気もする。
自身の首にナイフを滑らせようとしたラウの姿を思い返し、さあどうしようと迷っているとラウの眉がぴくりと動いた。
その視線は私から僅かに逸れており、背後の洞窟に向けられている。
慌ててそちらを見るとミレイユさんが少しだけ顔を出した状態で固まっていた。ラウと目が合ったらしい。
「なんで出てきたんですか!?」
「す、凄い音がしたからに決まってるでしょう!」
心配して様子を確認しにきたってことなんだろうか。
ラウが私を攻撃することなんてないのに、……と自然と思ってしまうのはなんとなく洗脳に近い気がした。
しかし見つかったからには四の五の言ってられない。
慌ててミレイユさんの方へ走り出そうとしたところでパチッと音がした。
ラウを見ると、その手のひらで黒い電気が音を立てながら爆ぜている。
込められた魔力から、さっきの黒い雷より更に高い威力を持っていることは明白だ。
魔法はメイン属性とされる火、水、風、土、闇、光以外のサブ属性を組み合わせることで異なる形状や性質、威力などを付与することができる。
雷はどのメイン属性とも組み合わせられるもので、使い勝手が良い代わりに少しコントロールが難しい。
しかしラウはそれを闇属性と上手く組み合わせて攻撃力を増しているようだった。あんなものを人間が食らったらとんでもないことになる。
「イルゼが優しいぶん、俺が汚れ役になろう」
「待っ……」
「そうすれば俺は誰かを愛せる人であり続けられる」
どういう意味だろうか。
しかしそんなことを考えている暇はない。私は躊躇いなく放たれたラウの黒い雷の前に光の壁を作り出した。
これは師匠が唯一しっかりと教えてくれた光属性の高位魔法で、かつて光属性だった友人が何度も使っていたことで構造だけは理解したらしい。
そんな魔法は他にもいくつかあったけれど、私が聞いただけで発動させられたのはこれだけだった。
ただし分不相応で一度使えば魔力が枯渇して倒れてしまう。
だから大蛇の時も使わなかったのだけれど、今はそうも言ってられない。
多分一度は防げる。
倒れたらラウは私を気にして隙ができるかも。
その間にミレイユさんが逃げてくれることを祈っていると、黒い雷が光の壁に直撃し――なぜか視界が灰色の光に覆われた。
炸裂音もなにもしない。
見るものすべて灰色に染まり、まるで時が止まったかのようだ。
そのうち灰色だというのに眩しくて目を開けていられなくなり、私は全身に走る奇妙な感覚にぞわりとした。
(これは前にラウに召喚魔法の手解きをしてもらった時と同じ……?)
疑問が解決しないまま完全に目が開けなくなる。
「……!?」
そうして次の瞬間にはなぜか両足の下にあった地面が消えていた。
あっという間に上下がわからなくなり、両手両足をバタつかせても何にも触れない。
危機感に襲われながら無理矢理目をこじ開けると。
「ど、どういうこと!?」
そこに広がっていたのは、雲ひとつない青空。
そして私の下で地平線が見えるほど高い位置を漂う雲だった。
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