第13話 ぷっつんしたら更にぷっつんしたものが現れた日
地図には宝の位置とゴールの位置が記されている。
宝は各々の番号に対応したものなので他の班と被ることはない。
お邪魔役となるキメラの位置はもちろんランダムで、地図から推し量ることはできないため常に警戒しながら進む必要があった。逃亡中のシミュレーションであることを考えると高クオリティだ。
……そう心の中でダルキス先生を称賛しているのも現実逃避のうち。
しかし目の前で揺れる艶やかな金髪を見るたび現実に引き戻される。
「いいですか、イルゼさん。くれぐれも私の足を引っ張らないようにお願いしますわよ!」
「はぁい……」
「なんですかその気の抜けた返事は!」
あなたのせいです、とミレイユさん本人に言うわけにもいかず、私ははっきりとした声で二度目の返事を返した。
それでも満足していないのかミレイユさんは終始トゲトゲした状態のまま足を進める。
もしかすると取り巻きのふたりがいないのも不機嫌に拍車をかけているのかもしれなかった。あのふたりはそれぞれ別の生徒と組んで出発している。
とりあえず……ミレイユさんと友達になれるかはさておき、今はこのシミュレーションをクリアすることを第一に動こう。
そう考えている間もミレイユさんの口は止まらない。
「まったく、どうして私があなたなんかと……。ただでさえあなたが来たせいでクラスの輪が乱れているのに」
「クラスの輪が?」
「あら、自覚がなかったんですの?」
振り返ったミレイユさんはふふんと鼻で笑った。
「あなたが来るまではもっと華やかな雰囲気で、皆さんも和気あいあいとしていて仲のいいクラスでしたのよ」
「え、えぇ~……」
「嘘つきを見る目をするのはおやめなさい!」
それこそ自覚はないが表情に出てしまったらしい。
たしかに、もし私が入ってきた時のように積極的に話しかけ交流しようという雰囲気がデフォルトだったなら今は静かなものだ。
しかしあれは『今後も交流するに足る人間か』を計るための儀式のようなもので、それを終えてNG判定が出たから今は落ち着いているんじゃないだろうか。
ミレイユさんたちが入学した頃も同じような流れがあったはず。
なら私のせいで華やかで活発な仲の良さが失われたというのはちょっと過剰な言い方だ。
「これは指摘してあげて正解でしたわね。アイリッサとペラーに話した時にはあなたに厳しいと笑われましたけど、指導は大切ですわ」
アイリッサとペラーというのはあの取り巻きの名前らしい。
最初に挨拶された時は色んな人の名前と顔を覚えなくちゃならなくて頭からすっぽ抜けていたけれど、たしかそんな名前だった。……人の名前を必死に覚えようとしなかったのが友達のできない原因のひとつだったんだろうか。
一応ミレイユさんや目立つ人の名前と顔は覚えていたけれど、今後はもっと気をつけよう――と別のことを考えていたのが悪かったのか、ミレイユさんは「人の話はしっかり聞きなさい!」と私を叱り飛ばしてからズンズンと足を早めた。
「ミレイユさん、どこからキメラが出てくるかわかりませんし慎重に進みましょう。時間もまだありますし」
「私に指図するなんて立場をわかってらして? それにもう一時間は歩いているけれど一匹も出ていないでしょう」
きっと他の生徒たちのところに行っている、とミレイユさんは自信満々に足を進め続ける。
大蛇に襲われて恐れ慄いて日が浅いというのにこの態度、一周回って大物かもしれない。戦場では真っ先に死ぬかもしれないけれど。
それはともかく、進まなくてはクリアできないのも事実だ。
時には大胆に行くことも大切だと自分に言い聞かせ、私は先行するミレイユさんの後を追っていく。
しばらく歩いた先で川を見つけ、水筒に水を補給して浄化魔法をかける。これは光属性の魔法なので、適性のない生徒は煮沸消毒をするなり特殊な薬を入れるなり対策を練らなくてはならない。
運に任せてそのまま飲む人もいるけれど、そういった選択も採点に響いてきそうだ。
ちなみにこの時ミレイユさんは私を便利な浄水魔道具扱いした。せめてお礼の言葉だけでも欲しかったけれど、褒められるためにやっているのではないので我慢だ。
――どれくらい進んだだろうか。
ひとつ目の宝である情報の書かれた紙は無事に見つかり、あとはゴールまでの間に回収に寄れそうな宝をピックアップして時間を見ながら進むことになった。
ゲットした宝は濡れないように服の内側にしまっておく。
前日に雨が降った影響か足元がぬかるんでいる場所がいくつかあったのだ。滑って転んで読めなくなっては困る。
(こういう時にラウみたいな収納魔法があると便利なんだけれど……)
それを習得できるのはいつになるかわからない。
遠い道のりだけど目標にするのもいいかも。そう考えているといつの間にか声もかけずに先へ先へと進んでいたミレイユさんが汗を不快げに拭って振り返った。
「遅いですよ、イルゼさん!」
「むしろペースが早すぎですよ、逃亡者なら急ぐのは正解ですがゴールまでに体力が底をついちゃ意味がないです」
「また私に指図しましたわね!?」
思わず指摘してしまったが、それはまたミレイユさんの反感を買ってしまったようだ。反感のバーゲンセールである。
でもそろそろチームワークも必要になってくるんじゃないだろうか。逃亡中に仲違いしていては生き残れるものも生き残れない。
しかしミレイユさんの性格上、譲歩はしてくれなさそうだ。そして私はそれを知っている。
(なら譲歩するように動くべきは私、か)
貧乏くじここに極まれりだ。
するとミレイユさんが髪を払い除けて言った。
「これは帰ったらふたり纏めて教育しないといけませんわ」
「ふたり?」
「あなたとポリーナさんですよ」
どうしてポリーナさんが、と思ったものの彼女も私ほどではないにせよ浮き気味だったのを思い出す。
ミレイユさんの中では同じカテゴリーに私とポリーナさんが入っているようだった。
「あなたたちが優良な生徒になればラウ先生もきっと楽になりますわ。そうすれば先生は私に感謝して、それをきっかけに仲を深めて……ふふふ」
「わ、私はさておき、ポリーナさんは無関係です。巻き込まずそっとしておいてください」
「あら、あなたと関わった時点で無関係なはずないでしょう? ポリーナさんの身を案じるなら己が疫病神だということを恥じなさい」
正論を言っている顔でミレイユさんは続ける。
「まあ、あなたが庇ったところであの人も碌な人間ではありませんわ。私の父とポリーナさんの父は犬猿の仲なんて称されてますけれど、あちらがおかしな意見ばかり通そうとするからいけませんのよ」
「それはポリーナさん本人とは関係ないのでは?」
「父子なのだからあるに決まってるでしょう、さっきからおかしな価値観してますわね!」
ミレイユさんはふんと鼻を鳴らし、腰に手を当てて仁王立ちになると声を張り上げて言った。
「いいですか、碌でもない人間からは碌でもない人間しか生まれないのです! あの子も今に自分の意見を通すために他人を利用しますわよ、それはあなたかもしれませんねイルゼさん!」
――私に辛く当たられるのはいい。
我慢はできるし、我慢しきれなくなっても対処を考えられる。
でも今まで師匠を蔑ろにされると腹が立った。そして今もポリーナさんを……初めての友達を貶められて腹が立っている。
普段は怒ると体力を使うので怒らないようにしていた。
だって怒って泣きわめいても両親は帰ってこないし、置かれた状況は好転しなかったから。
なら怒りを抑えて冷静になり、自分からした方がよほど良い。
でも友達のためなら怒ってもいい、そう思えた。
「ミレイユさん。その言葉、撤回してください」
「あら、怖い声を出したってちっとも……」
「撤回してください」
ゆっくりと近づく私を見てミレイユさんが口元を引き攣らせる。
多分、今の私は光属性の魔法を使う人間とは思えないような顔をしているだろう。それでも友達への侮辱は許せなかった。
――しかし私は怒りで周りが見えておらず、ミレイユさんは私に気を取られている。
そんな状態だったせいか、いつの間にかガサガサという足音が間近に迫っているのに気づけなかった。
「えっ……」
間近から飛び出してきたのは小型の熊――の顔を持つクモだった。キメラだ。ダルキス先生のセンスが光りすぎている。
そのインパクトに怒りが吹っ飛んだのも一瞬のことで、熊クモがミレイユさんを拘束しようと糸を吐いたのを見て思わず体が動く。
ミレイユさんを引っ張って糸から逃れると飛び出した枝に袖が引っ掛かって派手に破けた。血も滲んだが手当てしている間はない。
ミレイユさんは攻撃に向いているのに咄嗟の判断ができないタイプのようだ。先日の大蛇の件を思い返しながら必死になって腕を引く。
「一旦距離を取りましょう!」
「さ、指図ばかりしますわね、攻撃もできないくせに!」
「そうですよ、だから攻撃はあなたに任せます!」
攻撃は溜めが必要なだけだけれど、できないという言葉をさっさと肯定する。もう否定せず受け流した方が早い。
熊クモから発射された糸をよく観察できる距離まで引き、ミレイユさんに目を瞑るよう声をかけてから閃光のような光を作り出した。
この目眩ましは蛇には効き目が薄かっただろうけど、熊の顔を持つこのキメラなら効果があるはず。その予想通り熊クモは一瞬たじろいだ。
「さあ、今のうちに――」
「なんですのこの光は! 目が見えませんわ!」
……瞑るように言ったのに従わなかったらしい。
しかし私の中に怒りより呆れが湧いた段階でミレイユさんは苦しむ熊クモの声を聞き、やけくそになった様子で炎の球を何発も放った。そのひとつが熊クモに命中して動かなくなる。
かなり破れかぶれだったけれど……なんとかなった。
ホッとして力が抜けそうになる膝に活を入れ、息を整えながらミレイユさんを見る。
「ミレイユさん、命中しまし……」
「あなた! 私にまでこんなことをして許されると思ってますの!?」
勢いよく振られたミレイユさんの腕が私の二の腕に当たった。
わざと、というわけではなく単純に視力がまだ回復していなかったのが原因だ。そして私の足元はぬかるんでいて、見事な転びっぷりを見せるのに十分な条件が揃っていた。
尻もちなんて可愛いものではなく、頭から藪と泥の中に突っ込む。
その衝撃はさっき腕を枝に引っ掛けた時の比ではなく、ついでに浅いがこめかみを切ったのか血が流れた。
その衝撃と血が耳飾りに触れた瞬間、周囲の空気が一変した。
私とミレイユさんを中心に気圧が下がったような感覚が広がり、普段は不変のはずの空間そのものが捩じれてちぎれる。その隙間からずるりと姿を現わしたのは。
「……ラウさん?」
――お守りの耳飾りを渡した張本人、ラウ・ハウザー。
そんな彼は、ついさっきの私と同じ怒りの表情をしていた。
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