第12話 宝探しにて、お互いにくじ運がなかった日

 昨晩の食事はポリーナさんがメインで調理し、こちらはサポートに回ったので朝食は私が担当することにした。――ら、山菜たっぷりのイモのスープを飲んだポリーナさんの顔色が変わって焦った。


 どうやら誤った食材で中毒を起こしたわけではないようだ。

 不味い山イモとは別のイモなのだけれど、もしかすると口に合わなかったのかもしれない。次はもう少し味付けを変えてみますね、と言うとポリーナさんは冷や汗をかきつつも笑みを見せてくれた。良い人だ。


(ラウだったら満面の笑みで鍋の底までかすって食べそう、……)


 自主的に思い出して妄想までしてしまった。これじゃあの兄弟子にしてこの妹弟子ありだ。

 ぶんぶんと首を振って頭の中のラウを放り出す。代わりに今日の予定と気合いを詰め込んでスープをすべて掻き込んだ。


     ***


「さて、一年生の諸君。魔導師が駆り出される最も危険なことといえば何だ?」


 朝の爽やかな空気の中、澄んだ雰囲気とは正反対すぎて浮いているダルキス先生がそう問い掛ける。何人かが顔を見合わせながら「戦争ですか?」と答えた。

 ハウルスベルクは比較的平和な国だけれど、昔はヤンチャな国だったので落ち着いた今も周辺諸国に遺恨が残っている。普段は互いに敵視して牽制し合っている程度なものの、それが行き過ぎて戦いに発展することもあった。

 基本的には他所から攻め込まれてそれを追い返す、という感じだ。


 相手側も本気でハウルスベルクを潰すつもりではなく、裏で色々な組織……武器商人や宗教団体、戦争にかこつけて国からの研究費が欲しい方々などが絡んでいるのか適度に攻めて適度に退いている。遺恨を増やさないためなのか民間人も狙わない。


 しかし危険なことに変わりはなく、時折死傷者も出ていた。

 その大半は前線に出ている一般兵士か魔導師だ。


「そうだ。そして乱戦になると前衛後衛など意味を成さない。ぼくは戦死を名誉なこととは思わないんでな、お前たちの生存率を上げるためにこの授業を提案したわけだ」


 サバイバル授業の立案者はダルキス先生だったらしい。

 ということは結構な古株だ。

 ダルキス先生は「お前たちには今から宝探しをしながらゴール地点へ向かってもらう」と地図を取り出した。わざと汚されて見づらくなった地図である。


「戦場から逃げ延びたが必要最低限の情報を持ち帰らなければならない、そんな疲弊した魔導師として行動しろ。そして」


 ダルキス先生は四方に広がる森を見た。


「森にはぼくのキメラたちを敵として配置する。宝は情報を記した紙だ。この紙には何をしてもいい」

「何をしてもいい……?」

「紙は弱いものだからな、逃げ帰る途中で破損する危険性もある。ただし『疲弊した魔導師』は魔法をあと二回しか使えないものとする」


 生徒たちの間に緊張が走る。

 隣で背筋を伸ばしていたポリーナさんも小さく喉を鳴らした。

 ――このシミュレーションの目標は情報を持ち帰ることだけれど、それには死なずに帰るという目標も付随する。そして魔法は二回しか使えず、紙も命も儚いもの。

 紙に強化魔法をかけるか、自分のために魔法を使うか。

 どちらを優先し動くかが大きな鍵になってくる、そういうシミュレーションだ。


 戦場でも命を優先して情報を持たずに帰るか、情報を優先し命を危険に晒すか迫られる場面があるだろう。


 その時の糧になるようにとダルキス先生が設定したのだ。

 ダルキス先生はさっき言った通り戦死を名誉とは捉えていないため、どちらを優先してもゴールさえすれば合格とし点数をくれるらしい。それに至る行動や判断によって基本点にプラスされていく方式だそうだ。

 そして、情報を持ち帰ることができればもちろんプラスされる。

 逆にそれを狙って無理をすれば基本点すら得られない。


 どこまで欲を出すか、その見極めが肝心だ。


(……もしかするとダルキス先生も戦場で辛酸を舐めてきた魔導師なのかも。私たちも頑張らなきゃ)


 拳を握りながらポリーナさんを見ると、彼女も表情を正して真剣な目をしていた。

 今回のシミュレーションも二人一組で行ない、二年からは単独行動になるとダルキス先生が説明する。私も緊張はするけれどポリーナさんと一緒なら乗り越えられそうだ。

 そう思っているとダルキス先生が唐突にドンッと一抱えもある箱を取り出した。

 この場にめちゃくちゃ似合わないカラフルなストライプ柄をしており、上部に丸い穴が開いている。場違いなものの登場に真剣な顔をしていた一同はその表情のまま固まることになった。


「戦場では必ずしもバディと行動できるわけではない。予想もできない相手と組んでも的確に動けるよう、今回はくじ引きをする」

「く、くじ引きですか!?」

「催しで行なう楽しいものとは思うなよ」


 ダルキス先生はそうニヤリと笑ったものの、くじが入っているらしい箱のデザインは『楽しいもの』そのものだった。

 もしかしてレクリエーションで使った箱をそのまま流用したんだろうか。右下にB組とか書いてあるし。


 ひとまず気を取り直してくじを引く。

 再びポリーナさんと組める確率は低いけれど、これをきっかけに組んだ人と友達になれるかもしれない。初の友達を得た私の思考はとても前向きになっていた。

 今なら軽快なトークをしながらシミュレーションを上手くこなしてゴールまで辿り着ける。そうして友達になって、ポリーナさんを紹介して、今後の学園生活は三人で仲良く過ごせるに違いない。

 そんな根拠のない自信が湧き出る。


 ――しかし、それもくじを引くまでのことだった。


「ええと、……宜しくお願いします」

「私のくじ運は最悪ですわ……」


 私の手には8番の札。

 目の前にいるのは8番の札を持ち、不機嫌を通り越して嘆きの表情をしたミレイユさん。


 友達になれるかどうかは、このシミュレーションをクリアするより難度が高そうだった。

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