第11話 サバイバル授業で組んだ同級生と一晩明かした日

 翌日、ダルキス先生に連れられてやってきたのは様々な植物の生える森だった。

 今回の授業は泊まりがけなので、私たちはここで二泊三日過ごすことになる。


 魔獣退治の授業があった山より日の光が入って爽やかな雰囲気だが、ハイキングコースのように整えられているわけではないのでそこかしこに危険な場所があった。

 崖などわかりやすいものだけでなく、高低差がわかりにくくなっている藪や肉食獣の足跡やフンなどの痕跡、食べると全身に発疹が出て呼吸困難になる木の実などである。


 ――なのに他の生徒たちは「こないだの山よりは綺麗だね」「キャンプっぽくて楽しそう!」などとはしゃいでいる。気合いを入れ直しているのは私と同じような環境で育ってきた人たちだけのようだ。

 なんとなくこの授業の重要性がわかってきた。


 サバイバルに関して学ぶ授業なだけあって力作業が多く、生活のベースとなる簡易テントの張り方から物資がない際に自然物を使用したテントの張り方、水源の見つけ方や運搬の仕方など足腰を酷使する作業が続く。

 一年生は習得している者に限り補助に強化魔法の使用が認められているものの、二年になると禁止されると聞いた。結構スパルタだ。


「シ、シュミットさん、疲れないんですか……?」


 そう肩で息をしながら問い掛けてきたのはクラスメイトのポリーナ・アブネル。

 水色のショートヘアにリボン付きのカチューシャが特徴的で、瞳は柔らかなピンク色をしている。ぱっちりとした目がとても魅力的だ。

 今回の授業は自然にも危険が多いことを鑑みて二人一組での行動となっており、私と組んだのが彼女だった。


 もしかしたら初めての友達ができるかも。


 そうやって初めこそ期待したものの、ポリーナさんは必要最低限の意思疎通はするものの今の今までだんまりで会話にならず、内心で肩を落としていたところだ。

 それでも蓄積された疲労に大きな差ができてさすがに気になったらしい。ポリーナさんは弱めながら強化魔法をかけていてもヘトヘトで、私はというと汗はかいているもののふらつくことなく歩き回っている。


「疲れてはいますよ、ただこういう環境に慣れているので体力配分を上手くできたというか……あっ、疲れてるなら休憩を挟みましょうか?」

「ま、まだ大丈夫です」


 そこで初の会話は途切れた。

 もっと気の利いたことを言えば良かっただろうか。これだから友達ができないのかも、と少し遠い目をしているとポリーナさんが喉から高い音をさせる。何か喋ろうとしたものの言葉が出てこなかったらしい。

 本人も音に気づいていたのか、直後に真っ赤になって取り乱し始める。


「すすすすみません、なんだか緊張しちゃって……! せっかくパートナーになったんだし色々話さなきゃ、と思ってたんですが頭が真っ白になって、ええと」

「……? 私なんかと組んで気まずかったわけではなく?」

「……? むしろそれは私のセリフなんですが……?」


 ポリーナさんはクラスの中に友達もいて普通に過ごしていたし、いつもにこにこしていた記憶がある。

 それが私と組んだ後は沈んだ顔で黙りこくっていたので、てっきり爪はじき者と組むことになって困っているのだと思っていたのだけれど。

 思いきってそれを口にするとポリーナさんは少し眉を下げて笑った。


「あれはうちの使用人の子供たちなんです。楽しそうにしていないとお父様に連絡がいってしまうので……あっ、えっと、急にこんな話されても困りますよね、すみません!」


 そういえばポリーナさんは爵位のある貴族の娘だった気がする。

 師匠のことといい地位や肩書きに興味が薄いので忘れがちでいけない。差別の材料にしなければ、相手のことを知っていた方が仲良くなれる可能性も上がるのだから。

 そう考え、焚火の風除けを石で作りながら問い掛ける。


「いえ、よかったら聞かせてもらえますか? 私、ご存知の通りクラスに馴染めていないので同級生の話に飢えてるんです」

「……シュミットさんって思っていたよりも正直なんですね……?」


 正直な気持ちは出せる時に出しておかないといけない。


 そう答えるとポリーナさんはようやく笑った。そして作業を進めながらゆっくりと話してくれる。

 ポリーナさんの家は公爵家で、王族とも血縁関係があることから取り入ろうとゴマをすってくる人間が昔から多いという。どれくらい多いかというとポリーナさんの幼少期から今に至るまで思い出のそこかしこに登場するくらいだ。

 しかし彼らが真にゴマをすりたい相手はポリーナさんの父。

 そんな父は娘に対して過保護気味で、ポリーナさんの姉もそれが嫌で早々に嫁いで家を出たという。……ちょっとだけ親近感が湧いたのはラウのせいかもしれない。


 使用人の子供の中にも魔法の才能を見出されてイスタンテ学園に入学した者がおり、これはまたとないチャンスだと逐一ポリーナさんの行動を父に報告しているのだという。

 もし辛そうにしていたら父に連れ戻されるかもしれない。

 そう話してポリーナさんは悲しげな顔をした。私も思わず表情がつられてしまう。


「それは大変でしたね……」

「あ、ありがとうございます。それでちょっと人間不信気味になっていたんですが、もし本当に学園生活が楽しくなれば……偽の友達じゃなくて本物の友達ができれば、こんな気持ちじゃなくなるんじゃないかって思って」


 ポリーナさんは自分の手元に視線を落としつつ言った。


「今日はあの人たちもいないし、チャンスだと思って何度も話しかけようと思ってたんです。けどなかなか上手くいかなくて」

「わかります、挨拶すらしてこなかった相手に話しかけるのって勇気が必要ですよね」


 下手をすると拒絶されるかもしれないし、優しく接されても陰では嫌がられているかもしれない。

 一言話しかけただけで、自分の今後の人生に尾を引くトラウマになるかもしれない。

 そんな考えが巡りに巡って言葉を飲み込むのは私にも経験がある。

 そう話すとポリーナさんは目をぱちくりさせた。


「シュミットさんはあまりそういうことを気にしないのかと思ってました。教室でもいつも凛としてて、今もこうしてはきはきと喋っていたので……」

「り、凛としてて……?」


 表情筋が強張っていたのをそう受け取られていたんだろうか。

 初耳も初耳だ。だってそういう指摘をしてくれる友達がいないから。

 ラウは……見ていたかもしれないけれど、彼の目は斜め上に曇りすぎなのであてにならない。

 私はちらりとポリーナさんを見る。


「その、よかったら私と友達になってくれませんか? 権力とかそういうのは興味ないので、普通の友達として。……もし信じられないなら友達のお試し期間を作っても大丈夫なので……ぜひ!」

「お、お試し期間?」


 きょとんとしていたポリーナさんは前のめり気味に言い放った私を見つめ、そして肩を揺らして笑うと手を握った。


「シュミットさんって面白い人ですね。お試し期間はいらないので、こちらこそぜひ宜しくお願いします!」

「……! ありがとうございます!」


 やった。

 ……やった!


 ついに学園に入学して初めての友達ができた。今日の日記に必ず書こう。いつもより二倍くらい大きい字で。インクも黒じゃなくてポリーナさんと同じ水色にしてもいいかも。

 そこまで考えてそれはさすがに重すぎると思い直す。なんだかラウに似てきたようで嫌だ。


「あっ、シュミットじゃなくてイルゼと呼んでください。気楽な方が好きなので」

「いいんですか? じゃあ……えへへ、イルゼさん」


 はにかんでそう呼んだポリーナさんが可愛らしくて、しばらくお互い言葉もなくテレテレと照れてしまう。

 うーん、友達とはいいものだ。


 その後は暗くなる前に夕飯の準備ができるようふたりで急いで準備を終わらせ、拠点の周辺で食材を確保し、ダルキス先生のもとに集まって確認をしてもらう。

 私とポリーナさんの班はテントを張った場所も火の準備も完璧で、食材も概ねOK判定を貰うことができた。概ね、というのは『食べれるが味が最悪』な種類の山イモが混ざっていたからだ。

 緊急時は味など二の次だが、場合によっては士気に関わるので次はそれを念頭に置いて探してみなさいと指導される。挑み甲斐がありそうだった。


 自力でやり遂げることを重視しているため、魔法の使用は前述の強化魔法以外は禁止。

 そのため夜は交代で見張りをしながら過ごすことになる。召喚魔法も使えないのでネラもいないため、シンとして静かな森の中で周囲を警戒するのは意外と寂しかった。

 でも怖くはない。


(……そう、今の私には友達がいるから)


 思わず出た小さな笑い声がテントの中で眠るポリーナさんに届いていないことを祈ろう。

 そっと空を見上げると、木々の間から見える星空はいつもの何倍も綺麗だった。

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