第9話 デートで兄弟子に「■してあげようか」と言われた日
輸入に頼り、国内で賄えない物品を挙げればきりがない。
他の輸入先を見つける方法もあるが、アルペリアは農業が盛んな国だった。
我が国ハウルスベルクが魔法で世界一ならアルペリアは農業で世界一だと言っても過言ではない。
だからこそ隣国に狙われていたわけだけれど、しかしアルペリアは自滅してしまった。
「……国内で同じものを作れるようになるには……」
「小麦、大麦、各野菜、家畜系は魔法で補助しても数年かかるだろうね。こんなことなら痩せた土地を耕す魔法でも作ってればよかったのに」
土属性の魔導師ならある程度は可能かもしれない。
しかし昨年土属性の魔導師の権威がふたりも亡くなってしまった。老衰である。
ハウルスベルクは豊かな土地が多いけれど、異種族も多く住んでいるのが特徴だ。だからこそ多種多様な魔法がぶつかり合って発展してきた。
しかし異種族は自分たちの持つ土地を大切にする。エルフの持つ豊かな森や山、ドワーフの渓谷などは国の一部ではあるが簡単には利用できない。
豊かな大国なのに穴だらけ、それがハウルスベルクだった。
――中には師匠のような変わり者もいるけれど、我が国の抱える大きな問題のひとつである。
その問題がもうひとつ増えてしまった。
今日楽しんだものも来年には高価すぎて手が出なくなっているかもしれない。それどころか訪れたすべての店が閉店してしまっているかも。
眉間にしわを寄せたところでラウが肩を揺らして笑う。
「ほら、デート中に話す話題じゃなかっただろ? まあ今すぐに影響が出るってわけじゃないし、上の連中も色々と知恵を出し合っているところさ。君が心配することはないよ、イルゼ」
「でも……」
「そんなことより俺とのデートを楽しんでおくれ。そんな顔をしていると悪戯したくなってしまう」
そう言うとラウは私の口元に付いていたクリームを指ですくって口に運んだ。
……こういうキザっぽさと変態性を見せつけられると一周回って冷静になってしまう。いや、今はありがたいのだけれど。
「わかりました、でも代わりにこのパフェを半分食べてください」
「どうしてそうなった!?」
「だってラウさん、昼も過ぎたのに何も食べてないじゃないですか」
いくら朝食を食べ過ぎたといってもさすがにお腹が空いてくる頃だろう。
それでも食べないのは、もしかしてミレイユさんの言っていたことが本当だったのではないかと思い始めたのだ。
顔色はそんなに悪くないように思うけれど、気になるものは気になる。
でもクリームを舐めれるくらいだから食べれないことはないのでは? と思ったのだ。
ただラウは気が進まないのか「イルゼに付いてたものだから食べれたのに」と困った顔をしている。
「……最近ラウさんの体調が芳しくなさそうだと聞いたんです。もし今日も辛いのなら無理して食べなくてもいいんですが、その」
「ウッ! やっぱりイルゼの心配は健康に良い……」
「こっちは真剣なんですが」
睨むように視線をやったものの、当のラウはいつの間にやら満面の笑みを浮かべていた。
本当にいい性格をしている。
「大丈夫だよ、体調不良は……あー……あれかな、まあ慣れないものを食べた俺の胃腸が軟弱だったというか……とりあえず何の心配もいらない」
「そうなんですか? あ、もしかして普段カスみたいな食生活してたのも胃腸が弱かったから?」
なら無理に昼食を作ったのは悪かったかもしれない。
そう言うとラウは「そうだけどそうじゃない……!」と妙に必死になって言った。さっきから奥歯にものの詰まったような言い方をしているけれど、あまり根掘り葉掘り聞くのは失礼だろうか。
とりあえず心配いらないと本人が言うならそれでいい。
ただ次からは昼食にもっと消化のいいものを取り込んでみよう。十時間くらい煮込んだおかゆとか。
「しかしイルゼ、そんな話誰から聞いたんだ?」
「……ラウさんって私のことは何でも知ってそうだけど、意外とわからないことが多いですよね」
昼食を初めて作ってきた時も把握していなかったし、甘いものが好きなことも知らなかった。これは当たり前といえば当たり前だけど召喚魔法についてもだ。
あれだけ正確に妄想したり、なんだか覗き見でもしてそうな情報を知っていたのに。
おかげでミレイユさんたちのことも大ごとにならずに済んでいたけれど、そろそろひとりでは対処しきれなくなってきた。
この辺りで相談して、せめて彼女たちにだけにでも関係を伝えるか話し合うのもいいかもしれない。私は口止めの方法が思いつかなくて危険だからと実践できなかったけれど、ラウなら妙案が浮かぶかも。
そう考えているとラウが頬を掻いた。
「覗きというかイルゼの健康チェックはしたいけど、ほら、嫌がっただろう? だから控えていた。あと妄想はするけど、まず妄想しようと思い至っていない部分は白紙だ」
「あー……」
「だからこそイルゼ本人でその白紙が埋まるのが最高の快感を生むんだが!」
「あ、あー……」
嫌がったからやめてくれた、それは嬉しかったのにやっぱり変態だった。百歩譲ってそう感じるのは自由だけれど本人に言うのは勘弁してほしい。
気を取り直して話を進める。
「ま、まあ、ちょっとしたことですよ。クラスメイトにあなたのファンが多くて、ラウ先生が体調不良だってみんなすぐ見抜いてました」
「おや」
「あはは、そこで私が毒を盛ったとか言われまして。ラウさんに結構無理をさせてるんじゃないかと思って、少し気になったんですよね」
普段から体調が悪いなら無理せず言ってください、と伝えておく。
毒の件は伏せていてもよかったけれど、ここから相談に持っていくならいい足掛かりになるだろう。ミレイユさんたちのことを伝えるなら外せ……るものの、問われたなら答えてしまってもいいと思った。
けれど。
「なるほど、毒か。毒ね。……その子」
まだラウのことをすべて知っているわけではない。
「イルゼの障害になるなら、殺してあげようか」
そう思い知らせた私の目の前で、彼は日常会話の続きをするように自然に言い、妹弟子を慈しむ目で微笑んでいた。
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