第7話 人に料理を作る楽しさを感じた日
召喚獣には『その場限りの自由契約』と『決まった個体をその人だけが呼び出せる主従契約』の二種類があり、後者の方が魔力の消費は激しいものの連携を取りやすいメリットがある。
私の場合は召喚魔法への不安感や恐怖心を取り除くことが優先。
そのため見るたび成功体験を思い出せる黒猫を主従契約し常に呼び出しておいた方がいい、とラウがアドバイスしてくれた。
そう、イスタンテ学園ではペットの飼育は許可されていないけれど、召喚獣の呼び出しは許可されている。
生徒のメンタルケアに繋がる他、呼び出している間の魔力の維持と残量計算などが自然と身に付くからだ。
この時期は可愛いからと四六時中呼び出したままにしていたせいで魔力が尽きて倒れる一年生が多く見られるが、それもまた勉強だという考え方らしい。
もちろん悪事に使えばその時点で退学も視野に入れた罰則が科されるため、普通の生徒はそんなことはしない。
私も黒猫のことは主に愛でる対象として呼び出し、名前も付けた。
この子はヌエモドキのネラだ。
ネラはそれなりに賢く、鳴き声が個性的だったり手のひらサイズで尻尾が蛇であることを除けば普通の猫と変わらない生態を持っていた。
好きな時に寝て、好きな時に遊び、猫じゃらしで遊ぶ。
じつは入学した頃から二年生や三年生が連れているカッコいい召喚獣に憧れていて、だからいつかはドラゴンを呼び出したいと思っていたのだけれど――悪くない。むしろ凄く良い。
小さいから威圧感もないし、可愛いし、召喚獣は普通の動物より丈夫だから日常生活中なら潰してしまう心配もない。
じつに癒しだ。
「……ただこれは……しつけの仕方を図書室で調べた方がいいかも」
ふと思い立って今朝は寮の共同キッチンへと足を運んだものの、ネラがそこで小麦粉の袋を引っ掻けて床にぶちまけたのである。
黒猫だったネラは真っ白、私の足も脛まで真っ白だ。
片付けの手順を考えつつ食べ物を無駄にしたことを神に懺悔し、壁にかかっている魔法時計を見遣る。時間はまだ大丈夫そうだ。
「思ったより労力が要りそうだけれど、うん、頑張るか!」
腕まくりをして気合いを入れると、ぴょんと跳んだネラが私の頭の上に白い足跡をつけた。
***
「イルゼが!? イルゼが俺のために昼飯を!? 作ってきてくれた!?」
――いつものランチタイム、中庭の端っこにて。
収納魔法でお弁当を取り出したラウに「今日は私も作ってきたんです」と言うと凄まじい反応が返ってきた。ここで自分の分は作ってきたからいりません、と言われる可能性を考えていないのがラウらしい。
とはいえラウの言葉は的を射ている。
課外授業で助けてもらったお礼。
召喚魔法の補習で的確なアドバイスをくれたお礼。
そして先日のとんでもない食生活を見せられた対策として、ラウの昼ご飯を私が作ってあげようと考えたのだ。
お礼としては重すぎると思うけれど、そもそも一方的に私のお弁当を作っている人が相手ならまあセーフだろう。物で返そうにも師匠から貰ったお金は生活費に充てているのでなるべく節約したい。
「でも大したものじゃないですよ、それにもし食べられないものが入ってたら自分で食べるので言ってくださ……」
「なにを言う! 可愛い可愛いイルゼの作ったものなら例え真夏の炎天下に一週間放置されたものでも食べられるとも!」
「それ喜んでいいのか微妙なところですね」
でもつい笑ってしまう。
本当に大したものじゃないけれど、ラウなら喜んでくれそうだ。そう安堵しながら包みを渡す。
ラウは王様から勲章でも授与されたかのような手つきでそれを受け取ると、いそいそと包みを解いて蓋を開けた。そして目をぱちくりさせる。
「暗褐色の玉子と……焦、いや、火のよく通ったレタスに……黒パン?」
「玉子サンドです」
「玉子サンド」
玉子焼きはなぜか途中から凄い色になってしまったけれど、匂いは香ばしくて良いと思う。レタスは少し日の経ったものしかなかったので思い切って火を通してみた。
パンはちょっと焼きすぎてしまったものの、まだ食べられるはずだ。
そしてちゃんと味見もしている。
「イ、イルゼは毎日こういうものを? いや、でも普段は寮母の料理か」
「ええ、でも師匠のもとにいる時はよく料理をしてましたよ!」
「……そういえばあの人も舌がおかしかったな」
ぼそりとラウが呟いたので「どうしました?」と問うと「なんでもないよ!」と首がもげるんじゃないかというくらい左右に振った。
そしてザクッぐしゃバリッと音をさせて玉子サンドを齧る。
「中に予想の三倍くらいケチャップが挟まってる……い、いや! 美味しいよイルゼ! 君の手料理を食べられるなんて俺は幸せ者だな! 妹弟子の新たな情報も得られて今日は良い日だ!」
「あぁ、よかった。おかわりもあるんで好きなだけ食べて栄養取ってくださいね!」
「頂くよッ!!」
なぜか絞り出したような声でラウは答えた。
笑顔だしそれだけ嬉しかったのかもしれない。
――誰かに料理を作るなんて師匠以外になかったけれど、こうして喜んでもらえるなら悪くないかも。
ラウのお弁当のお返しにもなるし、これから毎日作ってきますねと言うとラウは真っ黒になった唇を少し震わせながら笑って親指を立てた。
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