第6話 召喚魔法の補習を受けたら兄弟子がいた日

 召喚魔法にもコツが必要で、他の魔法が得意だからといって必ず成功するものではない。

 笛の名手が太鼓も上手いかというとそうではないのと同じだ。


 そのためクラスの中には私と同じように何も呼び出せない子が何人かいたけれど、時間が経つにつれ少しずつその人数が減っていくことに私は焦り始めていた。

 この際、理想の召喚獣でなくてもいいから姿を見せてほしい。

 そう祈りを込め、集中力を総動員して挑んだものの結果は同じ。


 こういうタイプの生徒はあまりいないそうで、ナウラ先生も最後には困り顔だった。


「イルゼ・シュミット、あんたはあとで補習だな」

「は、はい……」

「ただこれは罰じゃない。お前が召喚魔法を使えるようにするためだ。で、召喚魔法は魔導師に必須ってわけでもないから不要だと思うなら断ってもいいぞ」

「……! いえ、やらせてください!」


 学園側も手間をかけて本来は不要な補習を行なってくれるのだ。

 渡りに船なこの機会を逃すわけにはいかない。勢いよく返事をするとナウラ先生はニッと笑って私の頭をぽんぽんと撫でた。


「まぁ心配すんな、私も昔は相性のいいヤツがなかなか見つからなくて三ヶ月かかったからな」

「三ヶ月も!?」

「そ。だから焦るなよ、その焦りは召喚対象にも伝わるぞ」


 落ち着いてやれよ、と言い残してナウラ先生は去り、初めての召喚魔法の授業は終了した。私にとってはまだまだ長い道のりみたいだけれど……師匠のもとで魔法を学んでいた時だって、何度も壁にぶち当たっては乗り越えてきたのだ。

 今回の壁も乗り越え甲斐がある。

 そう思っていると「イルゼさん、残念でしたわねぇ」と声をかけられた。


「ミレイユさん」

「うふふ、私もまさかあなたがそこまで落ちこぼれだったとは思っていなかったので、かける言葉がありませんわ」


 今回の授業でミレイユさんは花びらのような翅を持つ蝶を呼び出していた。完全に観賞用で何かの役に立つわけではないけれど、成功は成功だ。

 取り巻きふたりもトンボとネズミをそれぞれ呼び出していたと思う。


「これから差が開くばかりかもしれませんね。せいぜい追いつくために補習を頑張るといいですわ」

「はい!」

「良い返事をしないでくれます!?」


 そう言いながらミレイユさんたちは去っていった。

 差といえば課外授業ですでに悪い方に開いているので今回の授業でもトントンだと思うのだけれど、ミレイユさんもあの遅れを取り戻したくて攻撃的になっているのかもしれない。

 貴族社会はよくわからないけれど、ああいう物言いになるくらいストレスが溜まるのかなと思いながら残りの授業を受けて放課後の補習へと向かう。


(そういえば補習の担当って……)


 ナウラ先生かと思っていたが、さっき他の先生と話しながら別棟へ行くのを見かけた。

 指定されたのは時間と教室の位置だけ。もし待たされてもその間に予習をしておこう、とドアを開くと――教室で待っていたのはラウだった。


「ラ、ラウさん!? まさか補習をしてくれるのってあなたですか!?」

「その通り! ナウラ先生から話を聞いてね、そこで俺が立候補したわけだ」


 もちろん落ち着いて交渉したよ、とラウは言った。目が爛々と光っていなかったか心配だ。

 不安になる人選である。

 しかしラウの実力は折り紙付き。大蛇を相手に瞬殺した様子を思い返してそう思う。……あの時は少しやり過ぎじゃないかってくらい殺気立っていたけれど、とりあえず実力はあるのだ。実力は。


 私は大人しく席について召喚魔法を習うことにした。

 しかしラウは「俺の前までおいで」と手招きする。


「基礎知識はナウラ先生の授業で覚えたろ? すぐに実技から始めるよ。見せてごらん」

「わかりました。……魔法は発動はするんですが、何も呼び出せなくて……」


 ラウの前まで進み出て召喚魔法を発動させる。すると魔法そのものはきちんと効果を発揮したものの、やっぱり授業中と同じく何も出てこなかった。

 うんともすんとも言わない魔法を見てラウは自身の顎を親指で擦る。――師匠の癖にそっくりだ。


「発動はしてるけど契約締結がされてないからだね、……うーん、イルゼなら引くて数多だと思うんだけどなぁ」

「私が未熟だからでしょうか」

「ははは! 冗談言うんじゃない。俺たちの師匠が一体誰だと思ってる? 稀代の魔導師であり王でもあったバンス・シェーグハウンドの師、そして王国の魔導組合の名誉会長のアレクシエル・シュミットだぞ?」


 あ。

 そうだ、師匠はそういう肩書きだった。


 魔導師を兼任する王様は多いし、様々な国の組合や組織に関わっていたので正確な肩書きがわからなかったのだ。

 そんな状態で下手に口に出せば誤った情報が出回りかねないので黙っていた。師匠、長く生きてるせいで本当に人間関係や立場が複雑すぎる。

 するとラウが「まさか忘れていたのか?」と目を瞬かせたので、頷くと今度は爆笑された。

 私を笑っているのではなく師匠を笑っている。


「弟子に肩書きを忘れられる師匠! 傑作だ、今度会ったら弄ってやろうかな、きっと面白い顔をするぞ!」

「私にも余波が及ぶのでやめてください……。そ、それはともかく、召喚魔法なんですが」


 ああ、とラウはほんの少し目を伏せてから訊ねた。


「イルゼ、何か召喚魔法にトラウマでもある?」

「え?」

「さっき言っただろ、イルゼなら引く手数多だと。そして下級の召喚獣からすれば高嶺の花だ。そんな相手が召喚魔法そのものに忌避感を持っていたとしたら……」

「……き、気を遣って呼び掛けに応えない?」


 そういうことだ、とラウは八重歯を覗かせて笑う。

 召喚魔法とは呼び出した対象に願いを聞いてもらうもの。

 そんな召喚者が召喚魔法そのものに怯えていたとしたら、それすらも叶えてしまう。そういうことらしい。


「でも私はそんな気持ちは、……」

「なにか思い当たることでも?」

「――もしかして深層心理レベルでも気遣われたりします?」

「普通はそこまでされないが、イルゼならあるかもね。俺ならするし」


 あまり参考にならない情報がくっついていたけれど、もしそうなら心当たりがひとつある。

 それは昔、魔法の才能があるとわかって師匠が弟子になることを認めてくれた頃のこと。まずは魔法に慣れるために師匠は色々な魔法を見せてくれた。

 その中に召喚魔法も含まれていたのだけれど……。


「その、師匠が呼び出した黒豹の召喚獣がハチャメチャに怖かったんですよ」

「……師匠の呼び出した黒豹? ああ、エミザって名付けてるやつか。あれ見上げるほどデカいから怖かったろう、なるほどなるほど」


 納得しながらラウはうんうんと頷いていたものの、そんなエミザの印象とラウの印象が被るので威圧感を感じる一助になっていることは言わない方がいいかもしれない。

 しかし今は良い思い出なのに、そんな僅かな恐怖心さえ拾われるなんて……気に入られても損した気分になる。


 するとラウが私の手を引いて微笑んだ。


「なぁに、解決策は明確になった。要するに召喚魔法への怯えを完全に消し去ってしまえば良い」

「そんなこと簡単にはできませんよ。自覚してないくらいの感情ですし」

「でもここには俺がいる」


 大丈夫だよ、と。

 あまりにも自信満々に言うので不安が吹き飛んでしまった。

 いつもはあれだけ私を不安にする人なのに不思議だ。引いた手を恋人繋ぎにしてにぎにぎしてくるのはやめてほしいけれど。


「成功体験をすることで恐怖心は払拭されるだろう。自分が制御できるものだとわかれば自ずとね。俺が補助するからもう一度やってごらん」

「属性の相性が悪いけど大丈夫ですか?」

「召喚魔法そのものは無属性だって知ってるだろう? 発動時は影響し合うかもしれないが大丈夫さ」


 若干心配だけれど早くしないと延々と手を握られ続けそうだ。

 私は再び集中し直す。ラウは――変な人だけどきっと大丈夫。そう自分に言い聞かせ、もう一度召喚魔法を発動させようと魔力を練る。


 すると一瞬だけおかしな感覚があった。

 光と闇が混ざり合うような感覚だ。曖昧になった境界線から別の気配がする。これもラウの補助のせいなんだろうか、と彼の顔を見ると、なぜかラウもどこか驚いたような顔をしていた。


 しかしそんな違和感は一瞬だけで、召喚魔法が正式に発動してポンッとなにか黒いものが現れる。


 手の平サイズの黒い猫だ。ただし尻尾が蛇になっている。

 金色の目でこちらを見上げた黒猫は『ぷいニャ』となんともいえない声で鳴いた。手の平に小さな爪の感触がチキチキとしているもののまったく痛くない。

 蛇の尾は大蛇を思い起させたが、恐怖はなかった。なにせ蛇の顔がデフォルメされていて可愛らしいのだ。


「ち、ちっちゃ……可愛……!」

「下級召喚獣……いや、ヌエモドキの幼体かな?」


 弱い個体を呼ぶと稀に下級ではなく他の等級の幼体が出てくる場合があるそうだ。

 ラウが補助してくれたからかも、と思ってそれを口にすると、ラウはある深刻なことに気がついたような顔をした。


「俺の影響を受けてイルゼが呼び出した子……! つまり俺とイルゼの子……!」

「飛躍選手権があったら優勝ですね」


 おめでとうございます、と言いつつ黒猫を撫でると小さな舌でさりさりと舐められた。かわいい。

 なにはともあれ召喚魔法も一歩前進だ。

 ラウには助けられてばかりだなと不意に思う。先生とはいえ、兄弟子に世話を焼いてもらったなら何かお礼をした方がいいんじゃないだろうか。


 そんなことを考えながら、その日の補習は終わりを迎えた。

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