第5話 定番化した昼食で食生活の一端を見せられた日

 ナウラ先生が言っていたサプライズは『妨害者としてラウが投下される』というとんでもないものだった。


 それを生徒目線から見ることができたのは、ナウラ先生が改めて風の魔法で周囲の探査をして安全を確かめている間に治療を受けることができ、魔獣退治への復帰を認められたからだ。

 ラウは止めようと必死になっていたものの、人目があるのでいつものような言動はグッと抑えて「怪我をした生徒を参加させるのはやめた方がいいのでは」と理性的に反対していた。


 が、そもそも軽い怪我くらいは想定された授業である。


 擦り傷程度でストップをかけられるはずがなく、ラウの制止も空しく私は無事に復帰できたのだった。

 危険な魔獣もあの個体以外には存在しなかったらしい。

 ただしナウラ先生の探査できる範囲は決まっているため、定期的にそれを行ないながら授業を続けるにしても生徒たちが動ける範囲は当初より大分狭まった。


 ……わかりやすいと喜んでいる生徒もいたものの、このせいでラウが投下されてからの地獄絵図は筆舌に尽くし難いものになってしまった。

 そして私にだけ手加減するのは怪しいからやめて頂きたい。


 大蛇についてはこれから調査予定だそうだ。

 それでも授業を実行するのはさすが実戦的な魔法を教えている学園なだけある。


 そんなこんなで予定より延長されたタイムリミットを迎え、私は合計五匹の下級魔獣を倒すことができた。

 今回は倒すより見つける方が難しかったように思う。

 くたくたになって学園に帰る途中でミレイユさんたちがようやく目覚めたけれど、彼女たちは結局大蛇に攻撃した時の点数しか付かなかったらしい。


 ……落第しないか心配だけれど、大きな怪我もなく無事でよかった。


 こうして私にとって初の課外授業は終わりを告げ、翌日からは通常通りの授業。

 不測の事態とはいえ大蛇戦で私にとっての今後の課題もはっきりした。攻撃魔法の発動を早めるための中心にして、あとは光の鎖のようなサポートのバリエーションも増やしたい。もしくは光の鎖の上位魔法を目指すのもアリだ。

 回復魔法の安定性向上は魔法全体の練度が上がればおのずと伸びてくるはず。

 こうしてやるべきことがわかっていると勉強にも身が入るというものだ。


「怪我したところの調子はどうだい? 食欲は? 朝食はしっかり食べていたようだけど昼は消化に良いものの方が良かったかな?」


 ――これが無ければ。


 ラウのごり押しにより、授業中は大人しくしている代わりにランチは一緒に食べるというのが定番になりつつあった。

 彼の暴走を抑える手段としてはいいけれど、毎回私用にやたらと完成度の高いお弁当を持参してくるので圧がある。


「ラウさん、あの場で穴が開くかと思うくらい治療をガン見してたでしょう」

「見たよ。君の肌は綺麗だね」

「そういうことじゃなくて」

「ああ~、回復魔法は……この学園の光属性の魔導師は質が低いからなぁ。俺はあまり信用してないんだ」


 課外授業には救護担当の光属性の魔導師も同行していた。たしか普通に丁寧で魔法の技術も高い先生だ。本も何冊か出していたと思う。

 そんな人を相手にこの言い草。……いや、もしかすると属性嫌悪が出てるのかも。

 だとすると同じ光属性の私に対してこんな有り様なのが不思議だけれど、妹弟子への幻想が先行しすぎて緩和しているんだろうか。


 そんな疑問を覆い隠すほど衝撃的なことに気づいて手が止まる。


「……さっき朝食について話してましたけど、私、自室で食べて内容は誰にも話してないはずですが」


 ラウはにっこりと微笑んだ。

 微笑んだまま顔を逸らす。誤魔化す気がないのか誤魔化すのがド下手なのかどっちだろう。

 あまり問い詰めても知らなくていい事実、しかも私の力では止めようもないことが判明しそうなのでこの話は一旦保留ということにした。


 今日ラウが作ってきてくれたのはローストビーフを挟んだサンドイッチ。

 作り手はともかく、しっかりと野菜も入っていてとても美味しそうだ。しつこく勧められる前に「いただきます」と一口齧る。――やっぱり予想通り美味しい。

 思わずぱくぱくと食べているとラウが頬杖をついて凝視しているのが見えた。

 食べている間もよく見てくるけれど、今日は特に熱心だ。


「そんなに美味しかったのか」

「ま、まあ、ソースの濃さも野菜のチョイスもパンの固さも好みですし、ローストビーフも好きなので」

「やっぱりか! 俺のイルゼならそういうのが好きだと思ったんだよ!」


 聞き込みをせず勘で当てるのだから恐ろしい。

 しかしそろそろそういうところに驚くのも今更な気がしてきた。


「それはさておき、ラウさんは食べないんですか?」


 ラウはいつも私に勧めるばかりで一緒には食べない。隣でこうして眺めているだけだ。

 いつもは昼休みになるなり絡んでくるので私が食べ終わった後でも時間があるけれど、今日は図書室に返したい本があったので少し遅れてしまった。

 このままだとラウが食べる時間がなくなってしまうかもしれない。


「俺は後でも……いや、でも今日は時間があまりないか。でもあっという間に終わるから心配しなくていいんだよ?」


 ああ! でもイルゼに心配されるのって健康にいい! などと言いながらラウは収納魔法から何かを取り出した。

 暗い色の瓶だ。

 ラベルも何も貼られていない。その栓を抜いてラウは笑顔を浮かべ――中身を一気に飲み干した。


 ラウの言葉からもしかして早食いなのかと思ったけれど、まさか。


「ほら、完了!」

「それだけですか!?」

「俺特製の栄養ドリンクだよ。必要最低限のものは入ってる」

「私のお弁当はこんなに凝ってるのに!?」

「イルゼには美味しいものを健康に食べてもらいたいからね!」


 自分の健康も気遣ってほしい。変な人だけど自分を粗末にしているのを間近で見て良い気分はしない。

 しかし変に責めてもラウにはラウの事情があるかもしれないし、さっきみたいに私に心配されるだけで健康になるからいいなどと言ってかわされるかもしれない。

 これについては後から熟考が必要だ。


 そう考えを巡らせながらもう一口齧ると、やっぱり美味しかった。


     ***


 今日予定されている授業の中には気になるものが含まれていた。

 ずばり、召喚魔法の授業だ。


 しかも知識として習うだけでなく、実技も含めて教えてくれるらしい。

 私は召喚魔法に少し憧れがあるので授業が始まる前からそわそわしていた。

 召喚魔法そのものは属性固有のものではないので、どの属性の先生でも教えることができる。今日はナウラ先生の担当だった。


「――というわけで、召喚魔法は契約内容によって呼び出せるヤツの強さが変わってくる。良い対価を重視するヤツや召喚者のスペックを重視するヤツとか色々いるから気をつけろ」


 要するに召喚対象によって好みが異なるのだ。

 見合ったものを持っていないのに呼び出すと最悪そのまま暴走してしまう可能性があるので、普通は『この召喚獣はこれこれこういうものが好き』など情報のはっきりした対象を呼び出す。

 まだ未知の存在を呼ぶのは高位の魔導師のやることだ。


 ただし今回私たちが呼ぶのは下級も下級の対象で、好みに関わらず強制的に呼び出せるほど弱い。

 なので事前知識として覚えておきつつ、まずは召喚する感覚を掴みましょうねという授業た。


 説明を聞き終わったところでドキドキしながら補助魔法陣の前に立つ。

 慣れてくればこの補助魔法陣がなくても呼び出せるようになるはず。カッコいいドラゴンとかいつか呼び出してみたい。


 そんな夢を抱きながら魔力を集中させ――召喚魔法を発動させる。


 周りの生徒も次から次へと発動させ、そしてネズミ型や蝶型など様々な小さく無害な召喚獣を呼び出していった。

 可愛いものには黄色い声が上がり、虫嫌いの生徒がイモムシ型の召喚獣を呼んでしまいひっくり返ったりしている。

 そして私は――


「……あ、あれ?」


 ――まったく何も、ノミの一匹も呼び出せなかった。

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