第4話 兄弟子の活躍を見た後に興奮された日
鈍い光を反射する青色の鱗、茶褐色の瞳の中にぽっかりと開いた穴のような瞳孔。
ちろりと覗いた舌は芯にだけ赤みを帯びた青紫色で、サイズのせいか細いのに随分と肉厚に見える。
造形は蛇なのだけれど、大きさが完全に常識外れだった。
そして静電気のように体表を撫でる感覚から、この大蛇が魔力を持っていることが伝わってくる。野生動物の中にも魔力持ちがいるものの、サイズ等から考えるとこの大蛇は魔獣の一種だろう。
(でも……)
見れば先ほどのガサガサ音は尻尾で出した囮のようだった。つまりこの蛇は頭がいい。
サイズと頭の良さが揃うと下級の魔獣とは言い難くなる。先生たちが想定した魔獣ではないのかもしれない。
……もしかしてこれがナウラ先生の言っていたサプライズ?
いやいや、さすがにそれはない。
そう思っているとミレイユさんがバッと立ち上がって手の平に赤々とした炎の塊を作り出した。ぶわっと発生した熱波が頬を撫でていく。
そうだ、ミレイユさんはクラスで一番の火属性の魔導師の卵だった。
「この大物を狩ればきっと大幅加点、逃す手はありませんわ!」
「ミレイユさん、何か変です。下手に手を出さない方が――」
「ふん、あなたも点数が欲しければ私の支援をしなさい!」
ミレイユさんは聞く耳をまったく持たずに飛び出すと大蛇に向かって炎を発射する。
しかし大蛇は草むらに潜ませていた尾を勢いよく振り、炎をを真正面から叩き落とした。それは完全に見切られているということを表している。
そして尾には火傷ひとつない。
「んなっ……ふ、ふたりも加勢しなさい!」
ミレイユさんの叱責の声で取り巻きの二人も慌てて水の玉と火の玉を打ち出した――ものの、なんとそれは大蛇に届く前にお互いがぶつかり合って相殺してしまった。
仲間の属性との相性を考えずに間近で魔法を使うと思わぬ事態が起こることがある。そう授業で習ったところなのに。
そうこうしている間に次は大蛇から襲い掛かってきた。
首を引っ込めたかと思えばバネのように一瞬で私たちの目の前まで迫る。噛みつかれなくても体当たりだけで骨折してしまいそうだ。
私はミレイユさんのスカートを引っ張って避ける。ぎりぎりどうにかなったけれど埒が明かない。
「偵察用キメラで見てるはずだから、マズかったら助けを求める前に先生が来てくれるはず……なら今できることは……」
「な、なにをブツブツ言ってるんですか! あなたも何とかしなさい!」
「……ミレイユさん、私が合図したらもう一度あいつの顔に向かって炎を撃ってくれませんか?」
どうせまた叩き落とされるのに? という表情が返ってきた。
私は攻撃魔法を使えるけれど溜めの時間が必要なので、あの速さの魔獣相手だとリスキーすぎる。でもミレイユさんは放てるようになるまでが早いし、叩き落とされたとはいえ狙いは正確だった。
今攻撃を任せるとしたら、一番向いているのは彼女である。
「ミレイユさんの魔法なら大丈夫です」
「そ、そういう心配をしているんじゃ――もう、わかりましたわ! やってやりますとも!」
その返事を合図に私は天地から同時に光の鎖を作り出して大蛇を拘束した。
光の鎖は敵の動きを止めるもの。ただし発動が早い代わりに強度も低く、大蛇相手だと恐らくすぐに振り解かれてしまう。使っている間は私が動けなくなるのもネックだ。
しかし動きを止めるのは一瞬でいい。
「今です!」
私の掛け声と共にミレイユさんの炎が尾を引いて飛び、今度は大蛇の顔面に吸い込まれるようにして命中した。
魔獣でもモデルになった種族と同じ特徴を持っていることが多い。
大蛇も蛇と同じピット器官……視覚や嗅覚以外で獲物を感知する器官がある。これを目と同時に焼けば倒しきれなくても逃げる隙はあるはずだ。
狙い通り大蛇は大きく仰け反り、私たちのことなど見えていないとでも言わんばかりの勢いで周囲の木々に体を打ちつけながら悶え苦しみ始める。
「さあ、今のうちに逃げましょう!」
そこへ「待って!」という声が飛んだ。
ぎょっとしてそちらを見ると取り巻きの片割れが地面に尻もちをついている。どうやらさっき魔法を失敗し、パニックになった末に腰を抜かしたらしい。
小柄とは言えない体格なのと、自力で立てない人間を運ぶのが大変なことを私は知っている。師匠のおつかいで街に行った時にぎっくり腰になったおばあさんに肩を貸したことがあるのだ。
あの時のようなのろのろとしたスピードなら移動できるだろうけれど、今は状況が違う。
置いていくことはできない。
あまり良い性格をした人たちではないけれど、ここで見捨てたら寝覚めが悪い。
ならせめて大蛇が悶え苦しんでいる間に攻撃魔法の準備を、と考えたところで大蛇の動きが変わった。――見れば火傷を負いながらも舌でこちらの位置を探っている。
蛇は舌でにおいを感じ取るもの。
大蛇は他の感覚器官を潰されてなお、私たちのいる場所を見つけると問答無用で飛び掛かってきた。
「……!!」
光の鎖を展開しようとしたものの、それすら間に合わない。
覚悟を決めたところで突然周囲の影という影がざわめき、大蛇の尾に絡みつく。
そのまま光の鎖とは比べものにならない強度で捕え、尾から順にぐるぐると巻きつきながら浸食し……あっという間に大蛇は頭まで真っ黒になった。
大蛇が私たちを襲おうとしていた勢いだけが微風となって耳元を掠めていく。
目を瞬かせている間に頭上から音がし、黒いローブをはためかせてラウが勢いよく着地した。
靴が地面につくなり複数の影の槍が現れて拘束された大蛇に突き刺さる。
ぐるぐる巻きにされながらも僅かに動いていた大蛇だったけれど、この躊躇いのない攻撃で完全に沈黙した。
そうしてラウはゆっくりと顔を上げ――
「……ああ、俺のイルゼ! 怖かったろう、怪我はないか?」
「だ、大丈夫、です……あ」
反射的に自分の体を確認するとミレイユさんたちを突き飛ばした時にあちこち擦り剥いていた。
それを見たラウがわなわなと両腕を動かし、流れるような動きで私を横抱きにすると早足で進み始める。
「すまないイルゼ、俺が回復魔法を使えれば良かったのに……!」
「え、あっ、待って待って! まだミレイユさんたちがいるんです!」
「うん? ああ、そっちもちゃんと回収してるよ」
ラウの肩越しに後ろを見ると、最後の最後に大蛇の勢いを見て気絶したらしいミレイユさんたち三人がコウモリ型の召喚獣に鷲摑みにされていた。
壮絶な光景だ。
反対に私は随分と大切に抱きかかえられている。それが申し訳なくなって「回復魔法なら使えます。なので一旦下ろしてください」と申告するとラウが少し怖い顔をした。
私に向ける顔としては初めての表情だ。
「心の乱れた未熟者が回復魔法を使うと失敗して悪化させてしまう。だから大人しく俺に抱かれていてくれ」
私は冷静だ。
そう言おうとしたところで自分の体が小さく震えていることに気がついた。……やっと。
それはそうか。あんなの怖いに決まってる。
師匠のいた森でも中級の魔獣はよく出ていたけれど、彼らは師匠の強さをよく知っていて好戦的なもの以外は私たちを避けていた。そしてもし戦闘になっても師匠の一発で決着がついていたので、怖い思いをしたことはほとんどない。
私にとって、魔獣によって命の危機を感じたのはあれが初めてだった。
「……わかりました」
さっきのラウの顔は怖かったけれど支えてくれる腕には安心感がある。
普段は溺愛しすぎで気持ち悪いくらいだけれど――今だけは、そういう野暮なことは忘れて頼ってもいいのかもしれない。
「ところで……息が荒いみたいですけど、重いなら自分で歩くくらいできますが」
「いや、イルゼを両腕で感じられて喜びが抑えられないだけだ」
「……」
頼る。
頼るけど、100%完全に頼るのはまだ先になりそうだった。
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