第3話 課外授業で『ある動物』にそっくりと言われた日

 季節は春の終わり。

 私たちが住んでいるのはハウルスベルクという四季のある国で、イスタンテ学園はその王都内に位置している。

 そんな学園は授業のために様々な施設や土地を持っていた。魔法なんていうスケールの違うものを教えるともなると広い土地が必要になってくるのだ。


 今日私たちが連れてこられたのは学園の屋上からも見える山の麓。

 人の手の入った山だけれど、ここには下級の魔獣が現れる。その魔獣を魔法を使って倒すのが目標だ。

 要するに課外授業なのだけれど、私を含めてみんな初めてなのかどことなく浮き足立っていた。


「さあ生徒たち、注目~。ルール諸々説明するぞ、ちゃんと集中して聞けよ」


 ハスキーな女性の声が響く。

 風属性の魔法担当のナウラ・ヴィクサリオ先生だ。桃色をした短い髪はよく見ると内側が刈り上げられていて、緑色の瞳は切れ長で睫毛が長い。耳に付けられた沢山のピアスも目立つ。

 ただ魔法を教える学園に似合わない先生かというとそうでもない。

 桃色の髪はハウルスベルク屈指の魔導師、ロザリエ・ヴィクサリオの血筋であることを示しているし、ピアスにはめ込まれているのは全て魔石だ。


 そしてナウラ先生の風魔法は制御が上手くて見惚れてしまうほど。

 じつに素晴らしい先生だと思う。……その横でスンとした顔をして立っているラウよりは。


「まずお前らの目標は魔獣を倒すことだ。ただし魔法以外は使うな、武器を使おうが素手で殴ろうがその時点で失格だ」


 ただし『そうしなければ危険な状況だ』と判断した上で魔法以外を使うことは禁止していない、とナウラ先生は付け加えた。

 なんでも失格にはなるものの、判断力を評価して加点はされるという。

 この点数、各授業で個人個人が得られるもので、進級に必要になったり卒業後も何かと参考にされるそうなので結構重要なものだ。学園出身の魔導師はそういう素人目でもわかりやすい評価が常にくっついているので、一般人が依頼をする際にわかりやすいと好評らしい。

 野良の魔導師はピンキリがわかりにくいから依頼者側の気持ちも理解できる。


 ただ生徒としてはなかなかの緊張感があった。

 課外授業はそんな点数を多く獲得できるチャンスなので、私も頑張りたいところだ。


「中には戦闘に不向きな属性の生徒もいるだろう。だから仲間のサポートやその的確さなんかも評価対象に入る。私たちがこのチビ目ン玉でお前らのことをよーく見てるから気張ってやれよ~」

「ぼくの作った可愛い高機能偵察キメラのことを変な名前で呼ぶな……」


 ずぅんと暗い瞳でナウラ先生を見たのはダルキス・ルーンハルト先生。

 彼こそ闇属性の魔法の先生なんじゃないか、っていうくらい上から下まで真っ黒で、ボサボサの黒髪の間からは長い耳が飛び出している。師匠と同じエルフだけどイメージが全然違う。

 そんなダルキス先生は火属性の魔法の担当だけれど、我が国一番のキメラ作りの権威でもあった。


 生徒たちの動向は彼の作ったチビ目ン玉――もとい、高機能偵察キメラがチェックしてくれるらしい。「イルゼ専用に一匹欲しい……」なんて呟きがラウの方から微かに聞こえた気がするけれど、気のせいってことにしておこう。


 偵察キメラが私のもとにも飛んでくる。

 ふわふわの体に丸く大きな目がくっついており、翼は蝶や鳥やコウモリ型など様々な種類があった。

 丸をいくつも重ねたような瞳はダルキス先生そっくりだ。


「制限時間は五時間! リタイアは自由で申告すれば私らが回収に行く! 魔法に制限はないが山火事には注意すること! あと……残り時間が一時間になった時点でサプライズがあるぞ、楽しみにしとけよ」

「サプライズ……?」


 ナウラ先生はきょとんとしている私たちに笑みを向ける。

 にっこりではなくニヤリとした笑みだ。

 あまり歓迎できるサプライズではない気がする。そう感じ取ったのは私だけではないようで、何人かの生徒が冷や汗を流していた。

 そんな私たちの不安をよそに、ナウラ先生は弾けるような良い音をさせて手を叩いた。


「さあ開始だ! 弱肉強食の自然の中でよく学べよ、生徒たち!」


     ***


 まずは魔獣を探さないことには前に進めない。

 索敵が得意な生徒は早速色々な人から協力を仰がれていた。中には単独行動で出し抜こうと考えているのかすでに姿の見えない人もいる。


 弱肉強食といっても下級の魔獣は一般人でも頑張れば駆除できる強さで、野生動物が少し凶悪になった程度だ。魔法を使える私たちからすれば脅威度は低い。

 だから単独で、という考えになるのもわかる。


 ……私がひとりで行動しているのは友達がいないからだけど。


 しばらく歩き回り、人間以外の足跡を頼りに魔獣を探しているとラビックに出くわした。国内でよく見かける野生動物で、ブタのような鼻と尻尾をした中型のウサギだ。食べると美味しい。

 そんなラビックを見つけたのと同時に、真後ろから木の葉を踏む音がした。

 集中していたところだったのでとてもビックリしたけれど、振り返ってみればそこに立っていたのは例のミレイユさんと取り巻きだった。


「あらあら、動物の気配がしたので来てみれば……それ、イルゼさんにそっくりですわね」

「本当にそっくり!」

「あんたの兄弟なんじゃない?」


 三人はラビックを指している。

 その言葉を受けてラビックを凝視すると、視線に気づいたのかラビックは慌てて逃げていった。


「――ハッ! なるほど、私の髪色と目の色がラビックと同じだからですか。鼻はどうだろう、基準がわからないけど似てる……? あと例えるなら平均身長的に中型より小型の生き物を指した方が良さそうだけれど……」

「冷静に分析しないでくれます!?」


 三つ編みを交えてシニヨンにした私の髪は薄茶色で、目の色は金色をしている。

 ラビックは様々な体色がいるものの、さっきの個体は同じ色だった。もちろん嫌がらせとして三人が口にしたのはわかるけど、個人的にラビックはわりと可愛い動物なので悪い気はしない。

 そこでミレイユさんが咳払いをした。


「とりあえず、イルゼさん。こっちは私たちが探すことにしたので、あなたはあちらへ行っては如何?」

「あっち……ですか」

「そう。――聞きましたよ、またラウ先生と歩いていたんですってね。そういう方にはお似合いの場所ですわ」


 指されたのは更に山奥の闇。

 暗いということは人の手が入っていない区画が近いということだ。おどろおどろしい雰囲気は人間の来訪を歓迎していないように見える。


 というか、やっぱりこないだのも見られてたらしい。

 ヒヤヒヤして仕方ないものの、あの後起こったラウの死のう事件は目撃されていなかったという安堵感の方が強い。

 そんなことを考えているとミレイユさんが自身の腰に両手を当てて言った。


「ふふふ、怖いんでしょう? 心を込めて謝って、今後ラウ先生に近づかないと約束すれば私たちの視界の端っこで行動することを許して――」

「いえ、名案ですよミレイユさん! ああいう場所にこそ魔獣は多くいます。見たところまだ人も入ってないみたいですし入れ食いですよきっと!」

「入れ食い……」


 行ってきます! と意気揚々と暗い道を進み出すと、なぜか後ろからミレイユさんたちの焦った声がした。


「そこでなんでやる気を出せますの!?」

「でもミレイユ様、入れ食いだとあの子の点数が良くなっちゃうんじゃ……」

「むしろあっちの方が穴場では?」


 しばらくわちゃわちゃと何かを話しながらついてくる。結局さっきの場所を探すのはやめたんだろうか。

 少しして「ラウ先生にいいところを見せましょう!」という結論に達して私の後を追うことにしたらしい。授業の点数稼ぎが主目的ではないところがミレイユさんたちらしいというか何というか。


「ちょっと待ちなさい、イルゼさん! 待っ……歩くの早すぎですわ!」


 師匠の屋敷は森の中にあったので環境が似ていた。ついでに街に行くのに舗装されていない道を往復する必要があったので足腰には自信があった。

 とはいえそんなに早く歩いていたつもりはないのだけれど、ミレイユさんたちにとっては見失いはしないが追いつけもしない絶妙なスピードだったようだ。振り返ると汗だくだった。


「こっ……ハァ、こっち、……ハァ……」

「息を整えてからでいいですよ」

「なさ、情けは無用ですわ。……こ、こっちは私たちが担当します、あなたはさっきのところへ戻りなさい」


 こうも意見がくるくる変わるとこちらも混乱してしまうけれど、勧めた後にメリットに気づいたなら気持ちはわかる。

 しかし私も点数は欲しい。まだ魔獣の一匹も倒していないし、このまま進級できないなんてことになったら師匠に合わせる顔がないからだ。

 なので「同じ場所でお互い頑張りましょう!」とにこやかに言って去ろうとするとミレイユさんが慌てて言った。


「な、ならパーティーを組みましょう! あなた光属性でしょう? サポート中心の構成でしょうし、私たちの支援をしながら点数を稼げば――」

「攻撃も可能なので大丈夫です」

「嘘おっしゃい!」


 たしかに光属性の魔法は支援や回復がメインで、攻撃に向いたものは中級からようやく現れ始める。

 師匠は属性違いの私にも中級までの魔法は教えてくれた。だから嘘だと断じられると少し嫌な気持ちになる。


 私自身をみくびるのはいいけれど、魔法をみくびられるのは師匠を悪く言われているようで嫌だ。


 反論しようとしたところで――目と鼻の先にある草むらが揺れた。その揺れは少しずつ左へと移動し、思わず目で追ってしまう。

 しかし次の瞬間に感じた殺気は真後ろから。

 ミレイユさんたちを突き飛ばす形で跳ぶと、ついさっきまで私たちが立っていた場所を大きな牙が掠めた。


 牙の持ち主は、蛇。

 それも頭が牛一頭分ほどある巨大な蛇だった。

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