第15話 自慢
爵位継承の手続きのときにお世話になったゴータック内務卿から手紙がまた届いた。
あのオッサン、見かけによらず筆まめなんだよね。しかも無駄に字が上手い。
手紙によると、リムレス王国に囚われていたリーナ王女について、城内で良からぬ噂が飛び交っているそうな。
人質だった約二年の間、一応婚約者だったリムレスの王子に性的な奴隷として扱われていた、一般兵の慰み者にもなっていた、なんていう本当にくだらない噂だ。
実は王女は今もリムレス王家に内通している、などといった本当だったら洒落にならない噂まである。
ゴータック内務卿も噂の出どころを調査しているようだが、捗っていないらしい。
しかもその噂のことをリーナ王女も耳にしてしまったらしく、塞ぎ込んでしまっているとのこと。まあ無理もないよね。
「旦那様、ケルマール様がこちらに向かっているとの先触れが来ました」
王城になんか絶対に近づくものかと思いながら手紙を読んでいたら、執事長のロイスが執務室のドアを開けた。
「ケルマー?誰それ?」
「我がミルトン男爵領の西隣の領地を治めるルカッテ子爵家の当主ケルマール・ヴァン・ルカッテ子爵にございます」
「あ、あぁ~そういや聞いたことのある名前だ。で?そのケルマ子爵は何の用で来るの?」
「ケルマール子爵にございます。貴族の名を間違えるなど、決闘か戦になりかねませんのでお気をつけください。子爵が来られる目的は判りかねます。お手紙などはございませんでしたか?」
「そういや先月あたりに息子の誕生日パーティーを開催すると招待状が来ていたような……たしか代理人を送ったよね?」
「はい。旦那様が代理人で良いと言われましたので、領兵の兵団長を代理人に立てました」
以前、レティスの誕生日パーティーに子爵を招待した際、代理人を寄こしたからね、こっちも代理人で済ましたんだ。
「まあいいや、とりあえず出迎えの準備でもしようか」
ハァ、正直面倒くさい。
「突然で驚いただろう?我が息子の誕生日パーティーにせっかく招待してやったというのに、男爵が来なかったものだからな、こちらから出向いてやったのだ」
「はぁ、そうですか」
ケルマール子爵は、小太り中背で赤毛の髪をオールバックにし、大きめな鼻の下に赤いちょび髭が笑いを誘うオッサンだった。少し突き出た腹を隠すように、テカテカして高そうな生地を使った礼服を着ていた。ていうか、初対面だよね俺たち。なんでいきなりそんなに偉そうなんですかね?
「この子が四男のウルマールだ。どうだ?賢そうな顔つきだろう?」
子爵の横に立っていた子供に視線をやると、子爵は嬉しそうにその子の両肩に手を置いて自分の前に立たせる。ふてぶてしい面構えの小太りな男の子で、父親そっくりだなという印象。
「どうだ?この子を見て何か感じないかね?ん?」
ニヤニヤと嫌らしい笑顔の子爵。いやこんなガキ見て何を感じろと?
「そうか、男爵には無理か。いやそうだろうな、男爵にはちと荷が重いだろう。ちなみにオルキット伯爵はひと目で才ある子だと見抜かれたのだがな!ウハハハハッ!」
こいつ、さっきから何言っているんだ?もう帰ってもらおうかな?
「ならば教えてやろう!この子は何とダブルなのだよ、ただでさえ珍しい『祝福者』の中でも更に希少なダブルなのだ!」
ドドーン!と効果音が付いたような大袈裟な身振りと声量で、ウルマール君の説明をする子爵。
生まれつき権能を持つ者を『祝福者』と呼ぶが、その中でも権能を二つ所持して生まれた者をダブルと呼ぶ。
ダブルは数十万から数百万人に一人の割合で生まれると言われていて、本当に希少だ。エルドラ王国全体でも数えるほどしかいないらしい。俺も見るのは初めてだ。
……まあ凄いよね。でもさ、うちのレティスは生まれながらに権能を五つ所持しているんだよ、勇者だからね。なのでダブルとか言われても「ふーん、そうなの?」ぐらいにしか思えないのだけど。
「なんだ?男爵は反応が鈍いな。そうか!あまりに凄すぎて現実味がないのだな!それなら仕方ないな」
俺がたいして反応しないのが意外だったらしく、勝手に解釈し始めた子爵。
「男爵にも子供がいたよな、女の子だったか?ちなみに祝福は?」
どうでも良いのですけど、俺の名前って知ってます?まだ一度も呼ばれてませんけど?
「いやー、何と言いますか……」
「ああそうかそうか!祝福者でなくても気を落とすことはないぞ!なにせうちの子は特別だからな!ヌハハハハッ」
うちの娘は勇者なので五つも所持してますよ、なんて言う訳にもいかないので言い淀んでいたら、子爵は勝手に結論を出して笑っている。
「おっと、いかんいかん。これからボーゲン男爵の所に行く予定なのだ、すっかり長居してしまったな。では男爵、これにて失礼」
ケルマール子爵とその一行は慌ただしく去って行った。あのオッサン、よっぽど嬉しいのか片っ端からこの辺の貴族に自慢して回っているようだな。
「へぇー、そんなに自慢されたんだ。いつかレティスが勇者だと知れ渡ったときに、どんな顔するか楽しみね」
子爵の話をミシミにすると、満面の笑顔が帰ってきた。目が少しも笑ってなくて怖かったのは内緒だ。
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