第14話 野盗の子

 side エラム



 僕の名はエラム、もうすぐ21になる。元冒険者で今は男爵家当主の付き人?相談役?のような仕事をしている。


 今日は僕とコチルの結婚式だ。みんなが笑っていて、心から祝福してくれているのがわかる。本当に幸せだ。でも同時に、僕みたいな奴がこんなに幸せで良いのか?とも思ってしまう。



 僕は野盗の息子だった。父も初めから野盗なんかじゃなかった。元は小さな村で畑を耕していたらしい。

 満足に食べられない地獄のような生活が続き、父は村を捨てることにした。妻とまだ1才に満たない息子を連れて村から抜け出したと聞いている。

 でも結局、逃げた先もやっぱり地獄だった。母はそれから半年もしないうちに死んでしまった。

 父は自暴自棄になり、気付いたら野盗団に入っていたと言っていた。気付いたら?そんなの言い訳だ、楽な方に流されただけだろう。


 野盗団と言っても総勢8人くらいの小さな集団だ。まだ幼かった僕は、仲間の誰かに殴られて泣き出したところを、道路の真ん中に放置されていた。

 一人で泣いている僕を心配して馬車を止めた行商人や旅人に、野盗団が一斉に襲い掛かるといった、よくある作戦だった。


 良い人ほど早く死ぬ。


 泣いている僕を心配して馬車を止める人はたいてい良い人だ。そうじゃない人は気にもせず通り過ぎる。

 奪われ殺されていく良い人を見ながら、僕は絶対に良い人にはならないって決心した。そしてその頃には本気で泣くことも笑うことも出来なくなっていた。


 そんな肥溜めのような生活も、ある日突然終わりを告げた。たまたま襲った行商人を、Bランクの凄腕パーティーが護衛していたのだ。

 僕以外は、父も含め全員首だけになった。

 まだ7才だった僕は近くの町に連れて行かれ、そこの孤児院に預けられた。



 孤児院での生活は、それまでとは正反対だった。マリエッタさんや孤児院のみんなは僕にとても優しかった。僕みたいな奴にどうしてこんなにも良くしてくれるのか、初めは理解できなかった。でも、理屈抜きにすさみ切った心が癒されていくのを僕は感じていた。


 どうして優しくするのか、それが分かったのは、僕の次にコチルが孤児院に来てからだった。まだ4才だったコチルは両親に捨てられたことが理解できないらしく、いつも悲しそうに両親を捜していた。

 常に誰かがコチルの側にいた。コチルが寂しがらないようにと、孤児院の子供たち全員で話し合って決めたんだ。

 その話し合いを不思議そうに見ていた僕に、マリエッタさんは微笑みながらこう言った。

「ここに来る子は苦しい境遇を生きてきた子がほとんどよ。その頃のことを覚えている子も多いわ。だからこそ相手が今どんな気持ちかも理解できるの。世界で一番優しい子供たち、私の自慢なのよ」


 僕はその日から変わった。いや、変わろうと努力した。率先して小さな子の面倒も見たし、家事も手伝った。お金を少しでも稼ぐために町に出て仕事もした。すべてはマリエッタさんの自慢の1人であるために。


 その日々の中でオーランに出会ったんだ。母親を亡くしたばかりのオーランは、周囲の大人全てを恨み憎んでいるような、まるで傷ついた獣のような目をしていた。

 僕はオーランを孤児院に誘い、マリエッタさんに頼んで一緒に読み書きの勉強をした。


 時が過ぎ、オーランは冒険者になるために王都に行くと言い出した。かなり悩んだけど、僕も王都に行くことにした。お金のやり繰りに苦労しているマリエッタさんを見ていたので、冒険者になって孤児院にお金を入れたかったし、何よりオーランの事が心配だった。


「冒険者になって強くなったら、母親を苦しめた連中に復讐する」

 言葉にはしなかったけど、オーランの顔にはそう書いてあったから。



 王都で冒険者として活動するようになって気付いたのだけど、オーランは天然のだった。たぶん完全に無意識なのだろうけど、その人が言われて一番嬉しいこと、一番感動する言葉を投げかけるんだ。

 苦しんでいる人、悲しんでいる人に「気持ちはわかる、俺も同じ気持ちだ」なんて平気で言ってくる。魔物から助けた相手に「よく頑張ったな、おかげで助けることができた」とか真顔で言うんだ。本当にたちが悪い。おかげで同業の冒険者、ギルド職員、仕事の依頼者、あちこちにオーランのファンがいた。フラフラと近づいてくる連中を捌くのも僕の仕事になってしまった。

 でもまあ、そういった意味では僕もオーランに人間の一人なのだろう。



 そうやってしばらくすると、ミシミという女の子が僕たちの前に現れた。ひと目で気に入った様子のオーランを見て、僕はミシミを利用することにした。

 やがて僕の計画通りに二人は恋仲になり、子供も生まれた。その頃にはオーランも、もう獣のような目をしなくなっていた。


 だから僕はミシミ本人に、利用していたことを謝ったんだ。もちろん一度ちゃんと謝っておきたかったというのもあったけど、何よりミシミに自分の立場を理解させたかった。自分が復讐のストッパーになっているということを。そういう意味では僕は相変わらずミシミを利用していたのだと思う。


 でも結局、二人の間に生まれた子が勇者と判明したことで、オーランにとって復讐なんてものはどうでも良くなったようだ。オーランの生きる目的が復讐から娘を守ることに変わった。



 その後、オーランが男爵位を継いで領主となり、僕も冒険者から今の立場になった。これは僕にとっても都合が良かった。

 オーランなら孤児院を大切にしてくれるだろうからね。でもいきなり建て直すなんて言い出すとは思わなかったけど。



 そして今、僕は僕の結婚式に集まってくれた人たちを眺めている。みんなすごく楽しそうだ。


 僕はこの光景を守りたい。この人たちと幸せに暮らしていきたい。

 僕の願いはそれだけだ。それくらいの願いは、たとえ野盗の子でも許されるんじゃないかなって思っている。

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