第12話 ゴブリン退治

 領主になって半年、毎日とても忙しい。そんなに広い領地でもないのに毎日何かしら問題が発生するし、嘆願書という名の脅迫文がちょいちょい届く。こうして欲しい、ああして欲しい、でないと一家全員飢え死にしてしまうとか脅してくるんだよ。でも実際に現地調査すると、そこまでの状態じゃなかったりするんだよね。

 ミシミ曰く、「話の分かる良い領主になり過ぎたのかも、ちょっと舐められているわね」だって。加減って難しいね。

 そんな予定外の反応もあるけど、新しい領主は領民に概ね好印象らしいよ。


 好印象と言えば、その一因にもなっているのが孤児院の建て直し。最近ようやく工事が始まったんだ。新しい孤児院が完成するまでの間、孤児たちには元徴税官が使っていた屋敷に住んでもらっている。マリエッタさんも含め総勢30人で住むには少し手狭だけどね、しばらく辛抱してください。


 そんなこんなで仕事に追われているうちに、気づけば俺も20才。この国では15才で成人扱いなので、20才になったからと言って別に何かある訳じゃないけどね、でもやっぱり20才から本当に一人前って言われているし、なんか本格的に大人の仲間入りって感じがするよね。


 忙しいから誕生日なんて祝っているヒマはないし、俺の誕生日なんかほとんど知る人間もいない。ただミシミとレティスからは「おめでとう」と祝ってもらえたから俺的には十分なのです。二週間後のレティスの誕生日は盛大なパーティーを開催しようと思っている。俺の男爵就任祝いとか色々兼ねてね。


 少し前にリムレス王国との戦争も終わった。結局あのまま帝国が撤退したので、エルドラ国軍総出でリムレス軍を徹底的に叩き潰したらしい。リムレスの国王と王太子は帝国に逃げ出し、囚われていたリーナ王女も無事救出された。リムレス王国は滅亡、エルドラ王国に併呑されることになるらしい。

 帝国は次の皇帝の座を巡ってそのまま内戦に突入しているそうな。

 いやー良かった良かった、これで俺が戦争に駆り出されることもなくなったわけだ。


 この辺の話は全て爵位継承の手続きのときに色々話したゴータック内務卿が手紙で教えてくれたんだよね。あのオッサン、俺がオルキット伯爵と揉めたのを知っていたようで、俺を自分の派閥に取り込む気満々みたい。これだから貴族は嫌なんだよ。貴族の権力争いとか興味ありませんって。



 そんな事もありつつ、今日も楽しく事務仕事をしていると、汗とほこりにまみれた衛兵が一人、男爵邸に駆けこんできた。


「申し上げます!トニオ村近くにゴブリンの集団が現れました。数は40から50。現在村に配備されていた衛兵5人と村の住民で村への進入は阻止しておりますが、そう長くは持ちそうもありません!」


 馬を飛ばして疲れた様子の衛兵に休むよう言って、俺はエラムと対応を協議する。


「オーラン、ここはすぐに救援に向かうべきだ、ぐずぐずしてると村が危ない」


 いつもは慎重なエラムがやけに積極的だ。


「わかった、すぐに出る。ゴブリン40匹程度なら俺とエラムで十分だろう。衛兵で手の空いている者は続け」


 俺がそう応えると、エラムは後ろにいたテッドたちに話しかけた。


「テッド、ルルタナ、聞いた通りだ。僕たちはすぐに出る。もし戦いの様子を見たいと思うなら馬でついて来なさい。ただし、絶対に戦闘には参加しないこと!」


「わかりました!」


 二人は弾かれたように馬小屋へ走り出した。


「エラムさんよ、今日はやけに積極的だな」


 俺は顔をニヤつかせてエラムを揶揄う。


「うん、ここは領民や兵たちに舐められないよう、戦える領主であることを示しておいた方が良いと思って。だからなるべく僕たち二人で倒したいんだ」


「言われるまでもないっての!久しぶりに暴れてやるよ!」


 俺もなんやかんや鬱憤が溜まっていたらしい、自然と血が滾ってくるのを感じていた。





 現場に駆け付けると、村の柵を挟んで村民とゴブリンが戦っていた。

 ゴブリンは背丈は大きくないが、意外と力が強い。見た目で侮ると後悔することになる魔物だ。とは言え、一匹だけなら普通の人間でも倒せる。だが集団になると一気に厄介な相手となる。拙いながらも連携してくるし、弓を使う奴もいる。今も数匹は離れた所から矢を射かけていた。こいつらから先に倒そう。


「お前たちはここで待機、逃げて来るゴブリンがいれば殲滅しろ」


 一緒に来た衛兵数人に待機を命じ、俺とエラムが馬から降りる。


「さてと、んじゃりますか、エラム遅れるなよ!」


「まかせて!君の背中ぐらいは守ってみせる!」


 エラムも久しぶりの魔物狩りでテンションが上がっているみたいだ。


 元々、ミシミとパーティーを組む前は、こうやってエラムと二人で魔物を狩っていたんだ。細かい打ち合わせなんかなくても、お互いの呼吸は分かっている。

 初めに俺が突っ込みスピードで攪乱して敵の意識を集めたところで、死角からエラムが力でなぎ倒す。多数を相手する場合に有効な手法だ。


「おらぁーっ!こっちだ!」


 走りながらわざと大声を上げ注意を引きつける。ゴブリンの目線が全て俺に集まったその瞬間、ドカンッという音と共に数匹のゴブリンが宙を舞う。今日のエラムは殺意マシマシだな。


 エラムの突進で浮足立ったゴブリンなど物の数ではない。次々と首や腹に剣を打ち込み倒していく。

 俺はそれほど力はないが速さには自信がある。どっしりと構えて敵と対峙するのではなく、移動しながら剣を繰り出すことで敵のバランスを崩し、防御の薄い部分に必殺の一撃を叩きこむ。冒険者時代にそういう戦闘スタイルを確立していた。

 それにしてもこの剣、見た目重視で作らせた割には使いやすく良く斬れる。これを作った鍛冶師は相当腕が良いな、後で褒美を出そう。


 エラムは俺の動きに合わせるように動きながら、盾でゴブリンを吹き飛ばし、倒れたところを短槍で突き刺していた。さすがは『鉄の猛牛』。


「うおーっ!すっげぇ!」


 離れて見ているテッドの歓声が聞こえた。コラコラ、あまり興奮するとゴブリンに気付かれちゃうよ?


「おっ!出て来たな」


 思わず嬉しそうな声が出てしまった。この群れを率いていた上位種の登場だ。普通のゴブリンよりはかなり大きい。2メートル近くあるな。どこで拾ったのか長めの両手剣を肩に担いで、一部金属で覆われた革鎧を纏っている。


「キングじゃないね、ゴブリンジェネラルってとこかな?強さの証明にちょうどいい相手だね」


 エラムもる気満々らしい。


「いくぞっ!」


 俺がジェネラルの正面から突っ込む。


「ガァァァーッ!」


 もの凄い殺気をぶつけてくるジェネラル、手下をやられて相当お怒りのようだ。だが俺だって領民を襲われて怒っているんだから、お互い様だよな。

 俺の接近するタイミングに合わせて両手剣を振り上げるジェネラル、このまま近づけば奴の剣の間合いに入った瞬間に真っ二つにされる。

 俺は奴の間合いの一歩手前で右足に力を込めて地面を強く蹴り、身体を左に逸らした。


 俺の変化に一瞬だけ固まったジェネラルに、真後ろを走っていたエラムが短槍と盾を掲げ突っ込んだ。一度動きを止めたジェネラルは対応できずにエラムの突進をまともに受けた。

 ゴンッ!と二つの巨体がぶつかる鈍い音がした。


「グウゥゥーッ」


 エラムの短槍が、ジェネラルの腹を貫いているのが見えた。普通のゴブリンならこれで片が付くのだが、そこは流石のジェネラル、倒れもせずに自分を貫いている短槍を左手で掴んでいる。


「エラムッ!」


 俺がそう叫ぶと、エラムは短槍から手を放し後ろに飛ぶ。


『腕力上昇!』


 俺は身体強化の魔法を唱えた。一定時間腕力が5割増しになる魔法だ。


「とりゃー!」


 動けなくなったジェネラルの首に渾身の一振り。バツンッ!という音と共にジェネラルの首が宙を飛んだ。


「うおーっ!やったー!デカいゴブリン倒したー!」


 後ろで見ていたテッドが狂喜乱舞しているのが見える。お前、さっきよりちょっと近づいているだろ、その場で待機って言ったよなぁ。


「グギャー!ギャギャ」


 残ったゴブリンが騒ぎ出す。親分やられてパニックになっている者、逃げだす者、もう統制はとれていない。

 こうなれば後は簡単だ。腰の引けたゴブリンを淡々と倒していくだけ。


 結局、ジェネラル倒してから20秒ほどで全滅させることができた。


「すげーっ!すげーよ!兄ちゃんたちすげーっ!」


 テッドが駆け寄りキラキラした目で俺たちを見つめていた。まあ気持ちは分かる。

 その興奮は、テッドの頭にエラムがゲンコツを落とすまで続いた。


「いてーっ!何するんだよエラムの兄ちゃん」


 涙目で抗議するテッド。


「待機するよう言われていたでしょ?どうしてこっちに来てるの?だいたい君は――」


 冷静に叱り始めたエラムさん、ちょっと怖いっす。俺はそっとその場を離れ、村へ向かった。




「オーラン男爵、ありがとうございます!」


 村を守っていた衛兵たちが駆け寄り、敬礼しながら礼を言ってくる。


「よく村を守ってくれた。彼らが無事なのは君たちのお陰だ。こちらこそ礼を言うよ」


 俺は笑顔で衛兵たちに礼を返した。


「オーランさま……」


 驚いたことに衛兵たちが急に泣き出した。あー、心細かったよね、ごめんねー。

 衛兵の後ろに集まっている村人たちの方へ目を向けると、泥や血で汚れている男たちが驚いた顔をしていた。


「みんな無事か?遅くなってすまなかった。よく頑張ったな。負傷者がいるなら手当をするから申し出てくれ。少しだがポーションも持ってきている」


「……うおーっ!オーランさまー!」「オーランさま最高ー!」「領主さま!一生ついて行きます!」


 なんか騒ぎ出してしまった。命の危機が去ってテンション爆上がりになってしまったようだ。


「ちょっ、ちょっ、落ち着いて!気持ちは分かるから」


「オーラン、またやらかしてるし……まあ、当初の目的は達したから良いんだけど」


 俺がわたわたしてると、テッドの説教が終わったエラムがなぜか呆れながらやって来た。その向こうで魂の抜けたテッドの屍が見えた。お疲れ、まあ元気出せ。

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