第11話 領内改革

 爵位継承の事務手続きも終わり、ミルトン男爵領に帰って来た俺たちは、いよいよ領内改革に乗り出す!


 なんて大袈裟な物ではないが、色々と手を付けないといけない問題が山積しているのだ。

 領地に戻ってすぐ動き出せるよう、俺とミシミ、レティス、エラム、ラジェルは帰りの馬車の中で、ミルトン領の今後について話し合った。


 ラジェルの調べによると、領内で何らかの不正、犯罪に関与している人間は、実に4割近くに上るらしい。


 まず人頭税。領民全員にひと月で大銀貨1枚を納める義務があるのだが、これを徴収しているのは各地区で決められた地区長、村では村長なのだが、その大半が不正を働いているようなのだ。

 例えば、ある地区には住民が40人住んでいるのに、地区長は35人と報告、月に大銀貨5枚の人頭税を着服しているというやり方だ。


 やり口は単純なものだが、不正だと証明するのはなかなか大変だ。だいたい住民からして、「うちには子供は3人だ」とか言いつつ4人いたり、「爺ちゃんは去年死にました」とか言いながら、実は家から出さないようにして生きていたりといった税金逃れを普通にしている。


 まあ、住民に関しては不正したくてしているわけではないのだろう。人頭税の負担が大きすぎるのだ。1人あたり月に大銀貨1枚、5人家族なら大銀貨5枚は、それだけで家計を圧迫する。

 それもあって、ミルトン領は捨て子が多い。孤児院がいつも満杯なわけだ。人頭税が払えないからと子供を売ってしまう親すらいる。


 他にも、通行税といってミルトナの町に入る際は、1人銀貨3枚を払わなければならない。これも地味に高い。外から町に来る人も減るし、住民も町の外になるべく出ないようになる。町自体が閉鎖的になってしまうのも無理はない。


 さらに、商業税といって商売をして利益を得ると、そのうちの3割を税金として払う仕組みも存在する。3割も取られたのでは利益のほとんどがなくなってしまう。まあこれも、商売人は売り上げを少なく報告して税金逃れをしているのだが。


 このように、色々な理由で税金として搾り取られるので、住民は息を殺すようにひっそりと生活しているというのが、我がミルトン領の実情なのだ。なんと素晴らしき我が故郷!


 しかも、その税金の責任者たる徴税官が税収の約一割をよそへ横流ししていたのだから始末に悪い。徴税官自身もかなりの額を着服していたようだし。

 そして止めに領主の妻は浪費家ときたものだから救いがない。



 俺たちはまず、この税金について手を付けることにした。

 手始めに領内全ての地区長と村長を男爵邸に集めた。


「今後は成人前、つまり15才未満の子供からは人頭税は取らない」


 俺がそう宣言すると、地区長たちは驚いた様子で口をポカンと開けていた。中には「コイツ頭大丈夫か?」みたいな目で見ている奴もいた。


「また、各地区、各村の住民の数を調べなおすよう命じる。これまで間違っていたことは罪には問わないが、調べなおした後に間違いが判明した場合は、担当者を厳しく処罰する」


 まあこれは、「これまでの不正は見逃してやるから、今後はするなよ。もしやったら分かっているよな?」ってこと。

 地区長たちはホッとした表情を見せながら帰っていった。



 次に通行税、これも廃止した。町の出入りぐらい自由にさせてやれ。

 これには一部の衛兵が不満そうな顔をしていた。この衛兵たちは、通行税の一部をくすねていたやからだろう。


 本当のことを言えば、悪質な不正をしていた奴らは全員鉱山送りにでもしたいところなのだが、それをするとかなりの住民がいなくなってしまうし、領主を怖がるようになってしまうかもしれない。

『まず領民に利益を与え、法を守るよう促す』これが馬車で話し合って出した基本戦略になる。


 あとは商業税、これも利益の1割に減らした。ただし売り上げ報告に誤りが判明した場合は、多めの罰金を科するとした。



 一連の決定を聞いた執事長のロイスが、税収が極端に減って男爵領の財政が破綻するのではと心配していたが、オルキット伯爵から無償援助という名目の賠償金ももらったことだし、税金を横流しする徴税官も浪費家もいなくなったのだから、当分はなんとかなるだろう。


 個人的には15才未満の人頭税撤廃はなんとしてでもやりたかった。俺と母さんが何よりも苦しんだのはこの人頭税だったからな。これで助かる子供も多いことだろう。

 実際、多くの領民がこの発表に喜んでいるとの報告を受けた。うむ、苦しゅうないぞ。


「パパ、しゅごいです」


 レティスに褒められたのが一番嬉しかった。パパ、これからも頑張るよ!






 さて、現在ミルトン男爵邸には、孤児院から来たテッドとルルタナが、冒険者の基礎を学ぶために滞在している。


 俺たちが王都に行って留守にしている間は、領兵たちに剣術を教わっていたが、最近ようやくエラムが時間に余裕が出来てきたので、庭で剣術の稽古をするようになった。

 仕事が終わらない俺は二階の執務室の窓からその様子を眺めている。仕事が終わらない……。



「うりゃーっ!」


 テッドはとにかく力任せに木剣を振り回す。体も12才にしては大きいので、いずれはパワータイプの剣士にでもなるのかもしれないな。


「えい!」


 ルルタナはとにかく非力だ。手に持った木剣の重さに振り回されている。以前試しに弓を持たせてみたが、引き絞ることが出来なかった。いやこれで冒険者は無理だろう。

 ゼエゼエと呼吸を荒くしているルルタナの丸まった背中が哀愁を誘う。


「ルルタナ、君は冒険者には向いてないかもしれないよ?」


 エラムも俺と同じように思ったようで、傷つけないよう説得を始めた。


「大丈夫です。がんばります……」


 うーむ、いくら頑張っても向き不向きはあるからな。


「でもね、今の君――」

「大丈夫です!魔法だってあるし!」


 エラムが更に説得を続けようとしていると、ルルタナがムキになって言い返した。


「魔法?ルルタナ、魔法が使えるの?」


 二人の向こうでテッドが「あちゃー」って顔をしている。


「……はい、使えます。黙っていてごめんなさい」


「どういう魔法?」


「防御魔法です。今は熟練度1の『魔小盾』しか使えません」


『魔小盾』は小さな丸盾くらいの壁を魔力で作る魔法だ。矢や剣などの物理攻撃を弾くことができる。


「防御魔法、守の権能を持っていたのか。ルルタナは『祝福者』だったんだね」


「お兄ちゃんに誰にも言うなって言われてたから……」


 ばつの悪そうな顔をするルルタナ。


「悪い人に知られるとルルタナが攫われてしまうかもしれないから、良い判断だったと思うよ」


「ごめんよ、エラムの兄ちゃん。信用してなかった訳じゃないんだけど」


 テッドも申し訳なさそうな顔をしている。


「ルルタナを守りたかったのだろ?さすがお兄ちゃんだな。偉かったぞ」


 そう言ってテッドの頭を優しくなでるエラム。


「ルルタナ、これからは防御魔法を中心に訓練しよう。今のルルタナの力では武器を持つのはまだ早い。魔法を鍛えた方が効果的だろう」


「はい!」


「テッドは今まで通り剣術の練習だ。テッドが剣で攻め、ルルタナが魔法で守れば、きっと二人は強くなれる」


「いよっしゃーっ!頑張るぜ!」


 おぉー、二人とも気合入ってるなぁ、俺も一緒に訓練したいぜ!仕事切り上げて庭に行くか!


「オーラン、まだ仕事が残っているのだから我慢してね。あとココ、間違ってるわ」


 隣で事務仕事をしているミシミから冷静にダメ出しされた。

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