第10話 戦争の裏側
「すまんな、こんな所で。今は城内がバタついておるのでな」
「いえ、こちらこそすみません。忙しい時に」
俺は今、爵位継承の手続きをするために、エルドラ王国の王城に来ている。城内はそれはもう豪華絢爛という言葉がピッタリな派手派手な作りで、そして無駄に何もかもがデカい。男爵邸も無駄に大きかったけど、こっちは桁が違った。
ここに来るまで本当に大変だった。継承の儀式のやり方を覚えたり、謁見のための服装を
もちろん俺だけじゃなくて、妻のミシミにもドレスを用意した。晩餐会とか呼ばれるかもしれないしさ。
俺もミシミも貴族とは無縁の生活だったから、ダンスも習ったし、歩き方も矯正されたよ。
準備を整え、王城にも知らせをやって、馬車で四日かけて王都に到着。ちなみに俺、ミシミ、レティス、エラム、ラジェルのいつものメンバーと、執事長のロイスにメイド2名と護衛の兵士が4名、馬車二台と騎馬で遠路はるばるやって来ました。
いよいよ国王様とご対面かと勇んで登城したんだけど、まあ皆さんお忙しそうにしてました。今は戦争中だし田舎の男爵になんて構ってられないよって感じ。王様との謁見とか、爵位継承の儀式などは全部省略。何枚かの書類にサインして手続き終了~。もちろん晩餐会なんかもなし。楽でいいけどね。でもミシミのドレス姿は見たかったな。
そんな訳で、いま俺はゴータック内務卿の執務室で書類にサインし終わって、貴族らしく優雅に紅茶を飲みながら世間話をしているところ。
目の前に座るゴータック内務卿は、いかにも政務に精通してますよって感じの目つきの鋭い40過ぎの小太りなオッサンだ。今も険しい表情で紅茶を口にしている。紅茶嫌いなのかな?
「城内の噂で聞きましたが、キンブレル帝国の皇帝が死んだというのは本当ですか?」
城内が慌ただしい理由はこれ、王国北部に侵攻していたキンブレル帝国の皇帝が亡くなったらしい。ここしばらく帝国軍の動きが鈍かったらしく、その原因を探っていたところ
「まだ確認が取れた訳ではないが、帝国軍の動きを見る限りは恐らく事実だと思う。実際、北部の戦線から帝国軍が撤退を始めている」
「それならこれで帝国は大人しくなりますよね?」
それは朗報ですな。俺も戦争に駆り出されなくて済む。
「まだ分からん、次の皇帝次第であろう。帝国は長年、我が国北部の鉱山から採掘される質の良いミスリルを欲しておったからな」
「諦めない可能性もあると?」
「ただ、皇帝はどうやら後継者を決めずに死んだらしい。なので新皇帝の座を巡って内戦が始まるかもしれん」
「うわっ、迷惑な話ですね」
「我が国にとっては悪い話ではない。内戦が始まれば我が国と戦をしている場合ではないだろうしな。しかもだ、三年前まで帝国の皇子がこの王都に留学しておってな、三男なので皇帝になるのは難しいかもしれんが、もしその三男が新皇帝の座を射止めれば、我が国にとっては一番都合が良い話になる」
「おぉーっ!それは期待できますね!」
「まあな。しかもその三男は我が国の王太子であるコール王子とも仲が良い。ご学友だったのだ。そうなれば我が国と帝国の間で協調関係が生まれる可能性も出て来る」
「国としてその三男を支援はできないのですか?」
「実は王太子もそう主張されておるのだがな、藪蛇になるかもしれんから迂闊なことはしない方が良いだろう」
そうかー、
「なんにせよ、これで卑怯者のリムレスを全力で叩ける!」
ゴータック内務卿の声が急に大きくなった。なんか怒ってる?
「卑怯者、ですか?」
「そうだ!リムレス王国は我らの信頼を裏切った!」
ゴータック内務卿の話によると、エルドラ王国の東に位置するリムレス王国の王太子が、二年ほど前にエルドラ王国のリーナ王女と婚約。これはリムレス王国の積極的な働きかけによるもので、完全な政略結婚だった。
リーナ王女はわずか14才でリムレス王国に嫁いで行った。だがリムレス王国は警備のためと称して国境沿いに過剰なほどの大軍を配備していた。エルドラ王国がその動きを掴んだ時には既に王女は国境を越え、リムレスに拘束された後であった。そしてリムレスはその大軍で一気にエルドラに侵攻してきたのだ。全て計画的だったのだろう。
そしてリムレス軍の侵攻と時を同じくして、北部からキンブレル帝国の侵攻が始まった。北と東、ほぼ同時に戦争状態になり、エルドラ王国は混乱した。王国軍の主力は東のリムレスとの戦線に集中していたため、北から侵攻してくるキンブレル帝国軍には、王国の北部に領地を持つ貴族たちが対処せねばならず、戦いは劣勢を極めた。
北部寄りに位置するミルトン男爵家に出兵の命が下ったのも、こういった背景があったからだ。その結果、ミルトン男爵家は当主と跡継ぎが戦死するという最悪の事態をむかえた。
「儂は最初から反対していたのだ!王女殿下はまだ14才だったからな。焦る必要はなかったのだ。儂だけではない、この婚姻に反対する貴族も多かった」
「反対する貴族が多かったのに、なぜ強行したのでしょうか?」
「キンブレル帝国が北部の鉱山を欲しておったからな。帝国に対抗するためにも、リムレス王国との関係を強固なものにしておきたかったのだ」
まあその気持ちは理解できる。北の帝国と事を構えるなら、他の国とは仲良くしておきたいものな。
「だがその思惑を逆手に取られたのだ。皇帝はリムレス王国に圧力をかけ、エルドラに侵攻するよう持ち掛けたのだろう。そういう意味ではリムレスは帝国に踊らされただけとも言える」
「うわー……」
「ここだけの話だがの、王女殿下の婚姻をまとめたのはジェストーラ宰相だ。宰相は焦っておったのだと思う。陛下はそろそろ王太子殿下に王位を譲ろうと考えておられるご様子。もし今、譲位がなされた場合、おそらく宰相も辞任せざるを得ないだろう。だからここで一つ大きな功績を上げておきたかったのではないかと儂は思っておる。変わらず宰相であり続けるためにな」
「……」
これ、迂闊に何か言うとヤバいかもしれん。たかだか男爵が一国の宰相を批判するとか、一発で首が飛ぶ。
「そういう意味では、オーラン男爵の御父上が戦死したのは宰相の失策のせいだと言えるかもしれんな」
またコメントしにくいことを仰る。でも俺はビラールや兄のニールが戦死したことを別に恨んだりしてないしな。二人の兄なんて顔も知らなかったし、ビラールにおいては言うに及ばずだし、宰相を恨む理由はない。
と言うか、この内務卿、色々説明してくれるのは良いんだけどさ、さりげなく宰相を憎むように思考誘導しようとしてないか?このおっさん、宰相のこと嫌いなんだな。
貴族同士のいざこざなんかに巻き込まれるのはごめんだな、もう用事も済んだことだしサッサと帰ろう。そんでなるべく王都には近づかないようにしよう。
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