第9話 勢い

「本当に久しぶりね二人とも。元気そうで嬉しいわ」


 マリエッタさんの変わらない笑顔に安心する。男爵邸に着いたときより帰って来た感があるな。


 マリエッタさんは昔からこの孤児院で孤児たちの世話をしている人で、孤児たちにとっては母親のような存在だ。近所の修道院に務めるシスターでもある。

 俺も母さんが亡くなった後、この人に文字の読み書きを教わったんだ。


「ご無沙汰して申し訳ありません。マリエッタさんもお変わりないご様子で安心しました」


 とても丁寧に挨拶をした。子供時代に世話になった人って一生頭上がらないよね。


「エラム、ちゃんと食べていますか?仕送りは本当に無理しなくて良いのよ?」


 マリエッタさんはエラムに心配そうな顔を見せた。エラムはずっと孤児院に仕送りしていたもんな。本当に大した奴だよ。当の本人は顎を押さえて痛そうにしているけども。


「大丈夫だよ、冒険者ってそれなりにお金を稼げるんだ」


 まあ金は稼げるがその分、出ていく金も多いんだよね冒険者って。武器や防具はもちろん、ポーションやその他消耗品に出費をケチると命にかかわる場合だってある。だからエラムは冒険者として一人前になっても節約生活をずっと続けていた。そうしないと仕送りなんてできなかったろう。


「う~っ……」


 エラムの隣で小さく唸っているのは、さっきエラムに頭突きをかましたコチルという少女。昔からエラムを本当の兄のように慕い、エラムの後ばかりついて回っていた子だ。

 エラムの顔を見て嬉しさが突き抜けてしまったのだろう、力の加減ができずに突っ込んでしまったようだ。恥ずかしいのか顔を赤くして俯いている。今はそっとしておいてやろう。




「それで、どうしたの急に。何かあったの?」


 俺たちが急に帰って来たことを訝しむマリエッタさん。


「それがね、今度ここにいるオーランが、このミルトン男爵領の領主になったんだよ。僕もオーランを手伝うことになりそうなんだ」


「……はい?オーランが領主さま?」


 あー、エラムさんよ、色々端折り過ぎだよ。マリエッタさんが混乱してるじゃないか。仕方ないから俺が補足してやるか。


「今まで領主だったビラール・ヴァン・ミルトン男爵が戦死したのは知っていますか?」


「ええ、それは聞いたわ」


「後を継ぐはずだった次男も戦死してしまったので、三男の自分が爵位を継ぐことになったのですよ。とは言え、領主の仕事なんて何をどうすればいいのか全くわかりません。なのでエラムと一緒に勉強していこうと思っています。エラムは頭がいいですからね、大いに助けてくれると期待しているんですよ」


「オーラン様がビラール様のお子なのは存じていましたが、まさかそんなことになっていたなんて……」


 俺に様付けし始めたな、そんな必要ないのだけど。


「まあ驚きますよね、本人も驚いているくらいですから」


「そうですか……手伝うことはエラムも承知してる話なのね?」


 マリエッタさんは気遣きづかわし気にエラムを見ている。


「いえ、実はさっき聞いたばかりです。孤児だった僕にそんなことは出来るわけないと言ったのだけど、オーランの中では決定事項だったようで、僕への意思確認はなかったですね」


「領主命令です。エラムに拒否権はありません!」


 少し不満そうなエラムを無視して強権発動。わはははっ、貴族の権力はこういう時便利なのだ。


「……そうなの、頑張ってね」


 エラムに憐れみの視線を送るマリエッタさん。大丈夫ですよ、そんな無茶させませんから。たぶん……。


「そんな訳で!マリエッタさんも期待しててください。この寂れたミルトン男爵領を豊かで住みよい土地に変えてみせます!エラムが!」


「僕なの!?オーランでしょ、そこは」


 わははははっ、期待してるよエラムくん。


「そうだ!この孤児院も新しく作り直しましょう。男爵家からの寄付も増額します。もう運営費に悩む必要はありません!」


「えぇっ!?オーラン様、いきなりそんなことを……」


 マリエッタさんが慌てているが俺は領主だからね。領内において俺の決定こそが最優先されるのですよ。……ふむ、そう考えると領主ってのも悪くないかも。


「大丈~夫!領主権限です!やりたいようにやります!」


 その場の勢いって大事だよね。ちょっと領主のコツ掴んだかも。



 マリエッタさんたちと今後のことについて話していると、またしてもガンッって勢いよく奥の扉が開いた。キミたち、その扉になにか恨みでもあるの?


「エラム兄ちゃん!」「エラムお兄さん」


「おぉー!テッド、ルルタナ、二人とも大きくなったね」


 駆け込んできたのはテッドとルルタナ。この二人は本当の兄妹らしい。テッドが4才のとき、孤児院の前で親に置いてけぼりにされ、二人で呆然と立っていたところをマリエッタさんが保護したんだ。

 俺たちが王都に行く前はテッド6才、ルルタナ5才だったが、6年ぶりに会った二人はだいぶ大きくなっていた。テッドはやんちゃ坊主、ルルタナは物静かな雰囲気かな。


「テッドは冒険者になりたいらしくて、最近は木剣ばかり振り回してるのよ、エラムからも何か言ってやってちょうだい」


 ため息をついて困り顔のマリエッタさん。


「そうなの?テッド、あんまりマリエッタさんに心配かけてはいけないよ」


「エラム兄ちゃん、俺も冒険者になってエラム兄ちゃんみたいにたくさん稼ぎたいんだ。だから今の内に特訓してんだ」


「そうかー、でも冒険者は大変だぞ?死んじゃうかもしれないぞ?そしたらルルタナが悲しむだろ、それに冒険者にならなくても稼ぐ方法はあるんだから無理しなくてもいいんじゃないか?」


 エラムが優しくテッドに諭す。さすがみんなのお兄ちゃん。


「無理なんかしてない!それにルルタナも一緒に冒険者になるんだ。二人でSランク冒険者になるって決めたんだ」


「え!?ルルタナも?」


「……うん」


「ルルタナ、無理してない?」


「……してない」


 エラムの確認に、視線を床に落とすルルタナ。


「テッド、無理やり妹を冒険者にしてはダメだよ、ルルタナにはルルタナの人生があるんだ。お兄ちゃんだからって勝手に決めてはいけないよ」


 無理矢理ルルタナにそう言わせていると思ったエラムが、テッドにお説教を始めた。


「ち、ちがうの!ルルはお兄ちゃんと一緒に冒険者になるの。そうしないとお兄ちゃんが死んじゃうから……」


「ん!?」


 あれ?うまく会話ができてないぞ?エラムも首を傾げている。


「あ、いや、ルルの言っていることは気にしないで。とにかく!俺たちは冒険者になるって決めてるから」


 テッドが慌ててルルタナの言葉を遮る。しかしそうか、2人は俺たちみたいな優秀な冒険者に憧れているってことだな。


「そうかそうか、二人とも冒険者になりたい意思は固いのだな。いよーし分かった!すべてこの領主であるオーランさまにまかせなさい!二人とも明日から男爵邸に来なさい。冒険者の基礎を教えてやろう!」


「オーラン!そんな簡単に」


「大丈夫だって、まだ先の話だし、戦い方を知っておくのは悪いことじゃないだろ?」


 不満そうなエラムに小声で伝える。どうせルルタナが13になるまでは冒険者にはなれないのだから、今結論を出さなくてもいいわけだし。


「オーラン兄ちゃん、ホントにいいの?」


「ああ、もちろん本当だ。みっちり扱いてやるぞ、主にエラムが!」


 ここでも領主権限発動!


「それも僕なの!?」


「わーはっはっはーっ、領主の言葉は絶対だからなっ!」


「オーラン……ちょっとキャラ変わってない?」


 エラムに睨まれた。







「オーラン、ありがとね」


 男爵邸への帰り道、少し照れたようにエラムが礼を言った。


「なんの話だ?」


「孤児院のこと、気にかけてくれて」


「俺も世話になったから当然だろ」


 マリエッタさんには笑っていてほしいからな。


「でもオーラン、さっきから気になっているのだけど、勢いよく話していればどうにかなる、なんて思ってないよね?」


「お、思ってない、よ?」


 エラムにギロッと睨まれた。


「はぁーっ……ならいいけど。孤児院の建て直しは使えるお金があるか確認してから決めてよね。領主なんだから、これからはちゃんと後先考えて言葉にしないとダメだからね!」


「はい、すみませんでした……」


 エラムに叱られた。もう勢いで決めるのはやめよう……。

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