第8話 孤児院

「オーラン様、ありがとうございました」


 ババアを部屋に押し込めてきた執事長のロイスにお礼を言われた。


「ありがとう?」


「ヒミーラ様のことにございます。先ほども申しましたが、あの方は当家に嫁いでからというもの、伯爵家の威光を笠にやりたい放題でした。ビラール様も強く言う事ができずに悔しい思いをしてきました」


「まあ、あの態度を見ればなんとなく察しが付くよ」


「当家がオルキット伯爵家に借金があったのも、元はと言えばあの女のせいです。アクセサリーや服を買い漁り、頻繁に舞踏会を開いてはそれらを自慢しておりました。おかげで当家の財政はひっ迫し、ビラール様は仕方なくオルキット伯爵に借財を重ねていたのでございます。しかも税金の横流しまで……本当に悪魔のような女にございます」


 とうとう「あの女」とか言い出したよ。相当腹に据えかねていたっぽいな。


「オーラン様のお母上のことも、ビラール様は屋敷に住まわせるよう言っていたのです。それをあの女が強引に自分の意見を通したのでございます。ビラール様は――」


「ロイス!悪いが母の件に関しては、その言葉をそのまま信じることはできない。たしかに母を追い出したのはあの女だったのだろう。しかし、当主が本気で反対すれば追い出されることはなかったのではないか?それにビラールは一度でも離れて暮らしていた母の元を訪ねたか?一度でも様子を見に行ってれば生活が困窮していたのは理解できたはずだ。つまりビラールにとって母はだったとしか思えない」


「それは……」


「ロイス、一度だけ言う。母のことでビラールを庇うようなことは口にするな。お前からその話は聞きたくない」


「か、かしこまりました……」


 少し怖がらせてしまったかな。でも苦しんで死んでいった母さんのことを思えば、今更どう言われようとビラールを許せるはずもない。

 それに、ロイスもその時この家にいたわけだから、全く関係ないとは言えないだろう。直接関与していなかったようなので責任を問うことはしないが、正直なところ心に引っかかっているのも事実だ。

 そんなロイスから言い訳じみた言葉を聞かされても、素直に信じることなどできはしない。


「とにかく、この件はこれまでだ。これからは男爵家当主として、領内の発展に努力していこうと思う。力を貸してくれ」


「も、もちろんでございます。粉骨砕身の覚悟でお仕えいたします!」


 両手をギュッと握りしめるロイス。いやそこまで覚悟しなくていいから。もういいお年なんだから、無理すると本当に砕け散ってしまいそうで怖いよ。





「あなたは大丈夫なの?」


 ロイスがやたら張り切って部屋を出て行った後、性悪女2人の処分についてミシミに報告することにした。終始心配そうな顔をしていたミシミは、全て聞き終わった後で一言だけそう言った。

 ミシミに過去の全てを話したことはないけれど、たぶんある程度俺の心の中が分かっていたのだろう。分かっていた上であえて知らないフリをしていてくれたに違いない。


「大丈夫、もう大丈夫だ。すべて終わった。お前にも心配かけたな」


 俺がそう言うと、ミシミは優しく笑ってくれた。ああっ、嫁が可愛い!


 危うくその場で嫁を押し倒しそうになった、こんな重い話をしている途中で押し倒すとか、情緒不安定にも程があるぞ、危ない危ない。


「コホンッ、あーところでミシミさん、一つ相談があるんですけど」


「なに?なにか問題でもあるの?」


「問題と言えば問題なんだけどね。レティスの名前についてなんだけど、この国の貴族って基本的に名前を伸ばすのでしょ。俺の場合『オーラン』、先代は『ビラール』とかね。伸ばした方が重みがあるとか言われているから」


「ああ確かにそうね。逆に平民で伸ばした名前を付けると罰せられるって聞いたことあるわ」


「実際に罰するかは知らないけど、慣習として残っているからね。んで、レティスの名前だけど、名付けたときは俺はただの冒険者だったから気にせず伸ばさない名前を付けたんだけど、今は男爵になったじゃん?レティスの名前を伸ばしたものにした方が良いのかなって思ってさ」


「うーん……別にいいんじゃない?今さらレティ―スとか呼ぶのも変だし。それにレティスはいずれもっと大きなものを背負うことになるのでしょ?だったら名前くらい軽いままでいいと思うの」


 ……確かにそうだ。レティスはいつか勇者を名乗ることになるのだろう。それこそ只人族の希望になる日も来るかもしれないのだから、名前くらい軽くていいか。


「だな。レティ―スは確かにないな。なんか間抜けな感じがするし」


 せめてレーティスだろうけど。


「今だから言えるけど、オーランも伸ばすでしょ。だから最初は少し怖かったのよ。なにか失礼なことを言ったら罰せられるかもとか思って」


「そうなの?その割には最初は結構冷たい態度を取られたような?……まあ俺も昔は偽名にしようかと考えたこともあったよ、俺は貴族の出だぞって自慢しているようでさ。実際絡まれたこともあったし」


「やっぱりそんなこともあるのね。どうして偽名を使わなかったの?」


「『オーラン』は母さんが付けてくれた名前だからな。やっぱり変えられないよ」


 母さんが『オーラン』と呼ぶ優しい声は今でもよく覚えている。偽名を使うとその記憶も消えてしまうようで怖かったんだよね。


「そっか。そうよね、オーランはオーランが一番しっくりくるもんね、私もその方が良いと思う」


 そう言ってニカッと笑うミシミ。あぁっ、俺の嫁はやっぱり可愛い!たまらんっ!




「オーラン、今ちょっといい?」


 どうやって嫁をベッドに誘おうかと思案していたら、タイミング悪くエラムが入って来た。


「ん?どしたエラム?」


「今からちょっと孤児院に行ってきたいのだけど」


「ああそんなこと、別に許可なんかいらないよ、ラジェルなんか好きに屋敷を出入りしてるし」


「そっか、わかった。じゃあ行ってくるね。夕飯までには帰ってくるから」


「わかったー……いやちょっと待って、やっぱり俺も行くよ。久しぶりにシスターにも会いたいし」


「いいの?当主としての仕事とか大丈夫?」


「まあ当分は勉強しなきゃ何も分からないからね。あ、エラムも一緒に勉強だぞ?」


「え!?僕も?」


 目をぱちくりしているエラム。


「当たり前だろ、エラムには領地経営を手伝ってもらうつもりなんだから」


「えーっ!?無理だよそんな、孤児院出身の僕に領地経営なんて分かるはずないよ」


 両手を突き出して拒絶するエラム。でも逃がしはしない、道連れにするに決まってるじゃん。


「ダメよエラム、オーラン一人で男爵家当主の仕事が務まるわけないもの。当然私も一緒に勉強するわ。みんなで頑張りましょ?」


 さすがミシミ、俺を支えてくれる良妻賢母の鏡だな。でも俺にだってちゃんと当主の仕事は務まりますよ?





 町に一つだけある孤児院は、老朽化して使われなくなった教会をそのまま使っている。なので広さは十分だが当時からかなりボロかった。


 6年ぶりに訪れたがやっぱりボロい。よく倒壊しないものだと感心してしまう。


「ただいまー」


 エラムが少し照れ臭そうにドアを開ける。院内は相変わらず子供たちの賑やかな声で溢れていた。


「お兄ちゃんだぁれ?」


 玄関近くにいた5才くらいの女の子が俺たちを不思議そうに見ていた。


「エラムって言います。マリエッタさんはいるかな?呼んできてくれる?」


 女の子の目線に合わせるように膝を曲げて話すエラム。


「わかったー!よんでくるー」


 奥の扉を体当たりするように開けて走って行った。


 しばらくすると、パタパタと誰かが走って来る音が聞こえ、バンッ!と勢いよく扉が開いた。あの扉、昔もよく壊れてたっけ。


「エラムッ!!」


「やあコチル、久しぶっ!」


 16、7才くらいの少女がエラムに走り寄り飛びついた。ゴッ!って少女の頭がエラムの顎に当たってエラムが倒れてしまった。あぁ、これはポーションが必要だな……。

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