第7話 復讐Ⅱ

「ハァ、まったく……急に『領主裁判権』などと言い出すので何事かと思っていましたが、ロイスが知恵を授けていたのですね」


 呆れたようにババアが溜息をついた。知恵を授けるとか、俺のこと猿か何かと思ってないか?


 俺とエラムにラジェル、それとババアにロイスは、応接室に移動して先ほどの寸劇について話をしていた。


「ここにいるラジェルがメナリスたちの情報を掴んできたので、ロイスに協力してもらいました。おかげで上手くいきましたよ」


 ラジェルの仕入れてきた情報を聞いた俺は、メナリスを追い込むために執事長のロイスに相談した。もちろんロイスがこの件について無関係であるとラジェルには確認済みだ。その中で『領主裁判権』というものを教えてもらったのだ。




 ラジェルからもたらされた情報は、俺にとっては驚天動地のものだった。母さんの友人で、いつも俺たちを気にかけてくれていたはずのメナリスが、俺たちの生活費の一部をくすねていたというのだ。


 5才のとき、俺が土の権能の祝福者であることが判明した。それ自体は喜ばしいことのはずだったが、自分の子が跡継ぎから外されるのを恐れたババアに、俺たち母子は屋敷を追い出され、男爵家所有の小屋に住まわされた。


 家賃こそ払う必要はなかったものの、生きて行くには食べなければならない。服だって必要だ。だが5才児を抱えて、しかも男爵の妾といういわく付きの女を雇ってくれる者はおらず、生活は困窮した。


 本来なら男爵家から月に大銀貨6枚が支給されていたはずが、メナリスと御者がそれぞれ1枚ずつ抜き取っていたために俺たちには4枚しか渡っていなかった。その中から人頭税として大銀貨を1人につき1枚ずつ支払わなければならなかったので、残るのは大銀貨2枚のみ。


 1人の人間の食費は一日で銀貨1枚、つまり一ヶ月で大銀貨3枚は必要と言われているのだから、どう考えても足りるわけがない。


 そのため母さんは昼は畑の手伝い、夜はほとんど寝ないで針仕事をして、足りない生活費を補填していた。


 そんな生活が三年も続き、母さんはみるみる瘦せ細っていった。そして三年目の冬に流行り病に罹って死んでしまった。


 結局、母さんはひたすら苦労を重ねて、何も報われずに死んでいった。その無念は想像を絶するものだったろう。呼吸が止まり、冷たくなっていく母さんの手を握りながら俺は悔しさに身を震わせ、憎しみを増していった。


 母さんの死後もレティスたちの抜き取りは続いた。


 ロイスに確認したところ、俺1人となったことで、男爵家からの支給額は大銀貨4枚になったそうだ。でも俺には大銀貨2枚しか届かなかった。人頭税で1枚消えるから、大銀貨1枚、銀貨にして10枚でひと月生活しなければならなかった。これがもし大銀貨3枚が手元に残っていれば十分に生活できたことだろう。




「いったいいつの間にそのような話を……まあいいでしょう、これでオーラン殿のこの家に対するわだかまりも晴れたことでしょうし、これからは男爵家当主としてしっかり務めてもらいましょう。とはいえ今のオーラン殿では分からないことだらけでしょうから、当面はわたくしが当主代行として領内の全てを取り計らいます。あなたは時間をかけて男爵家当主としての心構えや領地の運営方法などを覚えていけば良いでしょう」


 なんか一人で勝手にこれからのことを話し出すババア。蟠りが晴れただと?確かに必要以上に母さんを苦しめる意図はなかったかもしれない。メナリスたちの抜き取りがなければ、なんとか暮らしていけるくらいの生活費を出していたようだしな。でもな、そもそもババアに屋敷を追い出されなければ、俺と母さんはもっと平穏に暮らせていたはずなんだ。なのにその張本人が、全て解決だね!みたいな顔しているのが本当に腹が立つ。


「それと、正妻については私の実家でもあるオルキット伯爵家から迎えましょう。ちょうど亡くなったニールの婚約者がいます。その者で良いでしょう。近いうちに婚約の挨拶に伯爵家に参りましょう。もちろん私も同行します」


 ニールは戦死した次男のことだ。長男のルードレは生まれつき体が弱かったので、次男が次期当主になる予定だった。そのニールの婚約者を俺の正妻にすると言い出しやがった。


「ヒミーラ様、御当主はすでにミシミ様とご結婚されており、レティス様というお子様もおられますが?」


 律儀に説明するロイド。


「平民出の娘を男爵家の正妻になどできるはずはありません。ミシミとかいう娘は妾ということにして、屋敷の近くにでも住まわせれば良いでしょう」


 ……このババア、俺にあのクソ親父と同じことをしろと言いやがった。無意識の内に手のひらに石を生成させていたよ。もう少しで『石弾』打ち込むとこだった。


「ヒミーラ前男爵夫人。先の話をするのは早計に過ぎると言わざるを得ません。この男爵領には、まだ解決しないといけないことが残っています」


 自分が冷静になるためにも、少し当主っぽく話してみた。俺にだってこのくらいの言い方はできるのだよ。


「は?まだ何かあると?」


「はい。まずこれをご覧ください」


 俺は一冊の帳面をテーブルの上に置いた。


「これは?」


「この男爵領で徴収された税金の帳簿です」


「税金の帳簿?」


「ただし裏帳簿ですけどね。実はこの裏帳簿、領の徴税官の屋敷から見つかったものなのですよ」


「いったい何を言ってい――」


「こちらをご覧ください。我が領の税収の約一割が勝手に何処かに移されていることが分かります。いったい何処に行っているのでしょうね」


「な、何を……」


 あれ?ババアの顔が一瞬で曇ったぞ?なんでかなぁー?


「ああそうでした、この裏帳簿を持っていた徴税官は、ヒミーラ前男爵夫人が嫁いで来たときに一緒に伯爵家から寄こされた者だそうですね」


「さ、さっきから何を言っているのですか?こんな帳簿一つで何が分かると言うのです?」


 どいつもこいつも……どうしてそう往生際が悪いかな。


「分かりますよ、色々とね。もっと詳しく調査すれば、徴税官が何処にカネを移していたのかも分るでしょう。もちろん徴税官は身柄を拘束しています。聞けば答えてくれるかもしれませんよ?」


 怒りか緊張か焦りか、プルプル震え出したババアに俺は畳み掛ける。ミシミたちの為にも手加減は一切しない。


「徴税官が答えてくれないのなら、国の担当大臣に理由を話して尋問官を派遣してもらいましょう。そうすれば色々分かると思いますよ、例えば誰が指示したのか、とかね。ただそうなった場合、王様にも話が伝わってしまうかもしれません。俺としてはあまり大事おおごとにしたくないのですが、まあ仕方がないですよね」


 国が派遣する尋問官というのは、【心の権能】を所持し、精神魔法が使える者ということだ。精神魔法の『魅了』をかけられると、相手をとても親しく、好ましい人間と錯覚してしまうので、質問にペラペラ答えてしまう。拷問などよりよっぽど効果的らしい。


「ヒミーラ前男爵夫人もこの徴税官とは懇意にしていたとか。その辺のことも尋問することになるかもしれませんね」


 俺はそこで言葉を切り、「全部知ってるぞ」とババアの目をジッと見つめた。


 徴税官を尋問すれば、ババアの命令で税収の一割をオルキット伯爵家に送っていたことが判明するだろう。もっとも、ババアにそうするよう指示したのはオルキット伯爵だろうけどな。そこまで判明してしまうとオルキット伯爵も無傷では済まなくなる。娘の嫁ぎ先の税金を秘密裏に吸い上げていたのだ。信用は失墜するし、この先伯爵家と縁組を希望する貴族はいなくなるかもしれない。


「ぐっ、ぐうぅ……そ、そういえば最近、あまり体の調子が良くありません。当主も新しくなったことですし、わたくしもそろそろ隠居したいと考えておりました。オルキット伯爵家に戻ってしばらく静養したいですね」


 なるほどそう来たか。隠居して男爵領から出て行くので、これまでのことは不問にしろと?しかも実家の伯爵家に戻って悠々自適な生活をご所望ですと、そうですかそうですか。

 ハハハッ……させねえよ!!


「実は昨日、この裏帳簿のことをお知らせするためにオルキット伯爵家に使者を遣わしました。事が事ですので黙っている訳にはいきませんからね。使者として出向いたロイスが、伯爵からの手紙を預かってきましてね、その内容を今からお伝えします」


「いつの間に……」


「手紙の内容はこうです。税金の横領の報せに驚き且ついきどおっている。一切あずかり知らぬこととはいえ、該当の徴税官は当家から遣わした者故、当家で詳しく詮議した後、厳しく処断するので身柄の引き渡しを要望する。また、この件に関与していると疑わしき前男爵夫人については、当家とは縁が切れて久しい故、当家は一切関与せず。だそうですよ?」


「そんな……」


「これは困りましたね、伯爵家には戻れないようです。かと言ってこのままこの屋敷に住まわせるわけにもいきません。示しがつきませんからね」


「……今まで言う通りにしてきたというのに、最後の最後で見放されるのか……お父さま」


 俯き震えながら小声でブツブツ呟いているババア。


「そうそう、伯爵家は迷惑をかけた詫びとして、当家からの借財をチャラにしてくれました。さらに当家に無償援助も行ってくれるそうですよ。さすが伯爵、気前がいいですね」


 まあ口止め料だよね。これ以上伯爵家と事を構えるのは得策じゃないし、金銭で片が付くならその方が良いってロイスも言ってたからそうするけども。


「……わ、わたしは、どうなりますか?」


「さあーどうしましょうね。ロイス、こういう場合、普通はどうなる?」


「そうですね、ここは修道院などどうでしょう?エスパーレ修道院であれば、貴族家婦女子の受け入れに積極的だと聞いたことがございます」


 エスパーレ修道院とは、犯罪や不義をしでかした貴族の婦女子を受け入れている修道院らしい。規則がとても厳しく、質素な食事と不自由な生活に耐えられずに、毎年何人も脱走者が出ているが、全て捕まって連れ戻されているらしい。今回の件を打ち合わせしているときにロイスが嬉々として教えてくれた。


「エスパーレ……あの、できれば他の修道院の方が……」


 エスパーレ修道院と聞いて、さすがのババアも慌てている。そんなに有名なのか、一度見てみたいなエスパーレ修道院。


「よし、ではエスパーレ修道院に行ってもらおう。良かったですね前男爵夫人、これでゆっくり亡き先代の供養ができますね。あそこは食事も健康的だと聞いています。きっと長生きできますよ」


 長生きして質素で不自由な生活をたっぷり楽しんでくださいね。


「あなた達を追い出したことは謝りますから、エスパーレだけは勘弁してほしいのですが……」


「ヒミーラ前男爵夫人、先ほどのメナリスと同じようなことを仰らないでください。それにメナリスの鉱山行きと比べればまだマシじゃないですか?なんならメナリスとご一緒しますか?」


 俺がそう言うと諦めたように黙ったよ。鉱山送りよりはまだマシだもんな。


「ロイス、さっそくエスパーレ修道院に連絡してくれ」


「かしこまりました。すぐにでも使いの者を出します」


 口元がニヤついているロイス、喜びが隠しきれていない。


「ロイス、私を裏切るのですか?」


 そんなロイスをババアが睨みつけた。


「これまで長きにわたり伯爵家の威光を笠に着て、ビラール様に高圧的に接してこられたこと、まさかお忘れではございますまい?まして此度は税金の横流しです。到底許されることではございません。それに奥様は今もオルキット伯爵家の三女という肩書を優先されているご様子、であればなおのこと私が忠誠を捧げるべき対象ではございません」


 そう言ってニヤリと笑うロイス。目は全く笑ってないので怖さ倍増。「ヒッ!」と短く悲鳴を上げるババア。やっぱりロイスって役者っぽいんだよな。


「しばらくの間は自室で謹慎ってことでいいだろう。ロイス、連れていけ」


 動こうとしないババアを無理矢理立たせ部屋を出ていくロイス。ババアの二の腕を引っ張り上げる動作に侮蔑と憎しみが籠っているように見えたのは俺だけだろうか。



「はぁー……これで終わりだ。もうこれで過去のことは忘れよう。二人とも、こんなことに付き合わせてすまなかったな」


 ゆっくりと息を吐きだし、エラムとラジェルに謝った。


「僕はただ見ていただけだから。でもラジェルはさすがだね。たった一日で色々調べ上げてさ、その証拠まで持ってきてしまうのだから」


「いやーそれほどでもあるかな。ラジェル様にかかればこの程度は朝飯前ってね♪」


 エラムの賛辞に照れるでもなく応えるラジェル。まあ実際、今回の二つの事件はラジェルがいなければずっと闇の中だったろう。その場合、俺はメナリスに騙され続け、ババアには頭が上がらない生活を強いられていたかもしれない。

 いくら各地の情報屋と親しいといっても、メナリスの嘘とババアたちの横流しの情報を一日で掴んでくるなど、国の諜報部隊にも無理ではなかろうか。国の諜報部隊ってのがどんなのかは知らんが。

 とにかく、ラジェルには本当に感謝だ。


「ラジェル、今回の件は必ずお礼するから」


「期待してるよー、でもまあそこまで大変じゃなかったから金貨3枚くらいで良いよ♪」


 税収の1割が毎年消えていたのだから、金貨3枚なら安いものだな。

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