第6話 復讐

「ハァ~、なんか聞いてた通りの人だったね。まさに貴族の奥様って感じ」


 エラムが身体をほぐしながら苦笑いを見せる。エラムも緊張していたらしい。


「厳しそうな人で正直怖かったわ。私、上手くやっていけるのかな……」


 ミシミの顔色が悪い。ミシミを怖がらせるとか万死に値する。


「レティスは大丈夫だったか?」


「ねたふり、してた」


「そうかー、寝たふりしてたのか賢いな。パパもそうしたかったよ」


 なんかもうね、現実逃避したい気分だよ。


 とりあえず今日のところは状況説明だけで詳しいことは明日以降、ということになった。俺たちはそれぞれ与えられた二階の客室に案内されたが、エラムがすぐ俺たちの部屋にやって来た。


 話題の中心は当然ババア。


「オーラン、あの人どうするの?先代当主の奥様ってこういう場合、家を出たりするのかな?」


「さあ、それが良く分からないんだよ。俺って貴族の教育とか全く受けてこなかったからさ、貴族の慣例?慣習?とかサッパリなのよ」


 エラムの疑問は当然だな。あのババアはこれからもこの家に住むのだろうか。ミシミじゃないけど上手くやっていける自信がない。


「あの人の実家ってどこ?オーランが当主になったら実家に帰ってもらったら?」


「『邪魔なので実家に帰ってください』『そうですかわかりました』って、素直に帰ると思うか?」


「思わない、ってかあの様子だとオーランを思い通りに動かそうとするよね」


「だよなぁ、早めに何とかしないと本当にそうなりそうで怖い」


 ババアの実家なんて知らんしな。後でメナリスにでも聞いてみるか。この家の人間で味方と呼べるのはメナリスだけだな。


「なんにしてもこれから大変そうね」


 ミシミが疲れた顔でぽつりと漏らした。


「「「ハァ……」」」


 三人同時に首をガックリと落す。なんかもう王都に帰りたい……。



「オーラン、居るー?ちょっくら町に出てくるね。明日の朝には戻ってくるからー♪」


 ノックもなく開かれたドアの隙間から、ラジェルが首だけ差し込んで言いたいことを言ってドアを閉めていった。あいつ本当にマイペースだな。







「いやー!大漁大漁!いいネタいっぱい仕込めたよ♪」


 翌朝、俺たちだけで朝食を食べていると、満面の笑みを浮かべたラジェルが帰ってきた。


「お帰りラジェル。朝飯は?」


「食べる。それよりオーラン、色々情報仕入れてきたよ。いやー!叩けばいくらでも埃が出てくるねここ。後で聞かせてあげるから覚悟しておいてね」


 なんだよ覚悟って、聞くのがちょと怖いのですが。






 二日後、俺は屋敷にいる全員を一階大広間に集めた。例外はラジェルと御者のカラル。

 俺は大広間の中央で右手を腰に当てて偉そうに立っている。後ろにはエラムが従者のように控えていた。


 ミシミとレティスは二階の客室に残ってもらった。今から俺がすることを見て欲しくなかったからだ。


「いったいどうしたと言うのです?急に皆を集めて」


 ババアが不満そうな顔を隠しもせず言った。他人の命令や指示に従うのが嫌なのだろう。


「まず初めに確認したい。ヒルミラ先代夫人、王家から爵位継承の承認を受けた俺は、今から男爵を名乗ることができるのですね」


 ババアの不満を無視して話を始める。


「……そうですね。正式な継承は一度王城に出向いて手続きをしなければなりませんが、許可は下りていますので男爵を名乗っても問題ありません」


 俺が急に爵位うんぬん言い出したので、少し驚いた様子のババア。


「そうですか。では今から領主としての権利『領主裁判権』を行使します。よろしいですね?」


「は!?いったい何を……」


 急に難しい事を俺が言い出したのでババアが更に慌てている。そんなババアを放っておいて、俺はメイドたちの中にいるメナリスに話しかけた。


「メナリス、昨日も言ったが、お前には幼少時代に本当に世話になった。母も最期までお前に感謝していたぞ」


「そ、そんな滅相もございません。たいしてお力になれなかったことを今も悔やんでおります。あの時の後悔を晴らすためにも、新しい旦那様に誠心誠意お仕えする所存にございます。奥向きのことは何なりとこのメナリスにお任せください」


「そうか、それは頼もしいな」


 俺の言葉に嬉しそうに微笑むメナリス。まあ当主からの覚えがめでたければ、大きな顔ができるし何かと美味しい思いもできるだろうからな。気持ちはわかるよ、気持ちは。


「ところでメナリス、お前は昔、俺たち親子に男爵家から支給されていた生活費を運んでくれてたよな?」


「は、はい、そうでございます……」


 メナリスの顔が一瞬で曇った。あれぇー?どうしたのかなぁ?


「知っての通り、俺たち親子はギリギリの生活を送っていた。毎月わずか大銀貨4枚しか支給されなかったからな。更にそこから人頭税として大銀貨2枚が徴収されていたので、実質大銀貨2枚で一ヶ月食い繋いでいたんだ」


 俺の言葉に、より一層顔色を悪くするメナリス。


「おや?それは変ですね。大銀貨4枚とおっしゃられましたか?男爵家からは毎月大銀貨6枚が支給されていたはずですが?」


 執事長のロイスが首を傾げながら発言する。すこし演技臭い。ロイスの発言で顔が引きつり始めるメナリス。


「いやいや、俺たちは毎月大銀貨4枚しか受け取っていなかったぞ。メナリス、そうだよな?お前は毎月大銀貨4枚を母に渡していたよな?」


「あ、いえそれは……」


 ガタガタと震え出すメナリス。


「メナリス、どういうことですか?計算が合いませんが?」


 ロイスがメナリスに詰め寄る。どうでもいいが、もう少し自然に話してくれないものかな。身振り手振りが大袈裟で、まるで舞台俳優のようなんだけど。


「あっ!いえ、それはきっとオーラン坊ちゃまの思い違いでしょう。私はちゃんと大銀貨6枚をお渡ししていましたから」


 そう来るか、素直に認めればいいものを。


「ほう、そうか。俺の勘違いだと言うのだな。では母が亡くなると毎月大銀貨2枚を俺に渡していたと記憶しているのだが、それも俺の勘違いか?」


「は、はい。そうでございます。オーラン様はまだ幼かったので……」


「そうかそうか勘違いか、そうかそうか……ラジェル!連れてこい!」


「はいはーい♪」


 大広間の外に待機していたラジェルが、御者のカラルの襟首を掴んで引き摺りながらやって来た。すっごく楽しそうにウッキウキな顔してやがるなラジェルの奴。


「メナリス、ここにいるカラルが全部白状したぞ。お前とカラルで大銀貨1枚ずつを毎回抜き取っていたことを」


 ぐったりしているカラルは抵抗する様子もない。


「なっ!う、嘘よ!嘘です!私はそんなことしていません。きっとカラルが盗んだんです。その罪を私になすり付けようとしているだけなんです!」


 口元を歪め、極限まで見開かれた目が血走っている。人間って切羽詰まるとこんな表情になるんだなー。


「……いい加減にしろよ?袋から出して俺たちに大銀貨を渡していたのはお前だろうが。もう全部分かっているんだよ。母さんが病に倒れたときも、ロイスは中級ポーションをお前に持たせたと言っている。でもお前が俺に渡したのは下級ポーションだったよな?道具屋で中級売って下級を買いなおしたよな、差額は全部お前の懐の中だよな」


 もういい加減止めを刺してやろう。


「そ、そ、そ……」


「中級ポーションを飲んでいれば、もしかしたら母さんは助かったかもしれないのに……なぁメナリス、お前、母さんが死んだときどう思った?少しは良心の呵責ってやつにさいなまれたか?」


 たぶん今の俺は、怒りと憎しみで酷い顔をしているだろう。ミシミたちがこの場にいなくて良かった。


「わ、わ、わたし……」


 もう言い訳ができないと観念したのか、メナリスの声が小さくなる。


「ロイス、貴族の財産を盗んだ者の処罰は普通どうなる?」


「そうですな、通常ならまず死罪かと。しかも今回の件は長期に渡り、且つ被害額もかなりの額になります。なんと罪深いことでしょうか!斬首はまず免れませんな」


 いやだからロイスさんよ、セリフっぽい言い回しをやめてくれませんかね。せっかくのシリアスな雰囲気が台無しになってしまうので。


「あぁっ、そんな……」


 メナリスが膝から崩れ落ちた。


「平民が貴族に対して罪を犯したのです、一族も同罪として罰せられることもありますな。そうなると並べてはりつけになりますかな」


 ロイスが追い込む追い込む、ノリノリだな。


「も、申し訳ありません!どうかお慈悲を、どうかぁぁぁ!」


 膝をつき、神に祈るかのように手を合わせるメナリス。だが全てが遅い、遅すぎる。


「お前が謝罪すべきは俺の母だからな。もうこの世にはいないしな。何ならお前もあの世に行って謝ってみたらどうだ?」


 顔を近づけ聞いてみる。俺も大概だな。


「あぁぁぁぁっ!」


 あまりの絶望に倒れこむメナリス。


「まあ領主になって早々死罪を適用では、領民も怖がるだろうからな、死罪にはしないよ」


 一旦希望の光を見せてみる。


「あぁりがとうございますぅぅぅー」


 倒れた体勢のまま、顔だけこちらに向けて涙を流すメナリス。色々な汁が出てて汚い。


「ただし、犯罪奴隷として鉱山に行ってもらうけど」


 助けるわけないだろが。自分が今までやってきたことを考えてみろってんだよ。


「えっ!こ、鉱山……嫌!それだけは嫌です!どうか鉱山だけは、どうかっ!」


「ダメだ。鉱山が嫌なら死罪だ」


「嫌ーっ!鉱山はいやーっ!嫌だ嫌だ嫌だー!」


 口から泡を飛ばしながら首を振り続けるメナリス。周りにいたメイドたちも、そんなメナリスから距離をとって汚物でも見るかのような蔑んだ目を向けている。


「衛兵!この女を連れていきなさい!」


 メナリスに指を差し、ロイスが大声で衛兵に命じた。いや指を差すのはいいんだけどさ、そのキレッキレな動きは何なのよ。頼むからここを劇場にしないでくれよ。



 メナリスがここまで鉱山を嫌がる理由は、鉱山の仕事が危険で汚くきついからに他ならない。とくに犯罪奴隷として送られた者は扱いも酷いので、二年は生きられないと言われている。


 まあせいぜい苦しむがいいさ。


 全てを諦めたようにぐったりしている御者のカラルにも鉱山送りの裁決を伝え、この場は解散となった。




 ――母さん、俺たちを苦しめていた奴らは、ちゃんと報いを受けさせるからね。

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