第5話 ミルトン男爵家

「ちょっと嫌らしい言い方になるけど、もしオーランが本当に男爵になれるのなら、なっておいた方が良いと思うよ。だって貴族だよ?普通はなりたいと思っても簡単になれるもんじゃないし、危険と隣り合わせの冒険者を続けるより安全で経済的にも安定するし、なにより貴族になれば、レティスちゃんが勇者だとバレても、守れる可能性が高くなるんじゃないかな」


 実家から呼び出しを受けた件について、エラムとラジェルを緊急招集して会議を行っている。これまでの経緯を二人に説明すると、レティスのためにも男爵になるべきとエラムが言った。


「守れる可能性、高くなるか?領地持ち貴族と言っても下級貴族だぞ?」


 ミルトン男爵家は、小さな村が二つと、中規模な町が一つあるだけの、吹けば飛ぶような下級貴族だ。住民だって二千人もいないだろうし。


「それでも貴族には違いないよ。ただの冒険者と男爵家当主とでは、言葉の重みも信頼度も違ってくる。取れる手段もきっと多くなるはずだよ」


 そう、なのか?上級貴族やそれこそ王族から見れば、男爵も平民もあまり大差ないと思っていたのだけど……。


「ミシミはどう思う?」


「私はあなたが何者であろうと構わないわよ?でもそうね、レティスを守れる可能性が高くなるのなら男爵になって欲しいかも」


 真っ直ぐ俺の目を見て話すミシミ。なんかミシミの方が俺より覚悟決まってね?女はいざという時強いよね。


「まあどっちにしても行ってみないと分からないんじゃない?別の奴に男爵継がせるから継承権を放棄しろって話かもしれないしさ」


 相変わらずお気楽そうなラジェルが、体を反らし両手を頭の後ろに組みながら天井に向かって話をしている。まあでも実際その可能性もあるか。あいつは息子である俺のことは全く眼中になかったしな。俺に継がせるくらいなら、分家の誰かに継がせたいと考えてもおかしくはないか。


「それもそうだね。とにかく一度実家に行ってみようよ。もちろん僕も行くよ、オーランだけじゃ良い様に言いくるめられてしまいそうだし」


 心配してくれるのは嬉しいけど言い方よ。俺ももう大人だし、そんな簡単に言いくるめられたりしないよ?にしても俺をまるで信頼しちゃいないなエラムは。


「んじゃ俺も付いて行こうかな。なんか楽しそうだし。ついでに向こうの家の情報も探ってあげるよ。弱みとか握っておけば色々有利でしょ?」


 ニヤリと笑うラジェルの悪い顔。元が美形なだけに迫力があるな。斥候職だけあってラジェルは情報収取も得意だ。全国各地の情報屋とも親しいらしく、役に立つことから立たないことまで様々な情報を持っている。



 実家から来た使者は、俺ひとりで帰ると思っていたらしく、五人で帰ると知って驚いていた。用意された馬車の座席に俺とミシミが並んで座り、ミシミの膝の上にレティス、向かいにエラムとラジェルが座って、いざ故郷ミルトナに出発。


 使者としてやって来た兵士二人は騎乗して馬車に並走している。ちょっと草臥くたびれてはいるが、ちゃんとした金属鎧を着けているから一応騎士っぽい。強さはまぁそれなりってとこか。俺とエラムなら余裕で倒せるだろう。冒険者という職業柄、目の前にいる人間の強さは自然と推し量ってしまう。


 道中、少しでも実家の様子を探ろうと、御者のカラルという男と話をするが、あまり詳しいことは分からなかった。


「いやぁでも助かりましたよ、奥様から何が何でも連れて帰るよう命じられていたものですから。帰らないと言われたらどうしようかと思っていました」


 奥様……あの女か。これはミシミにも内緒にしていることだが、冒険者として経験を積んで、いつか強くなったら父親とその正妻を殺しに行くつもりだったんだ。母さんをさんざん苦しめた報いを受けさてやろうと思ってね。


 だから一度は顔を見ておこうと、13才になって王都に出発する前に実家に寄ったんだよ。近い将来殺すことになる相手の顔を覚えておこうと思ってさ。あの時の二人の冷たい眼差しは今でもよく覚えている。「いつか殺してやるから待ってろよ」って、別れの挨拶しながら考えてた。まあミシミと結婚するときに、復讐なんて考えは捨てたけどね。



「しかしオーラン様、見違えるほどご立派になられましたね。覚えてはいらっしゃらないでしょうが、私は昔からミルトン家の御者をしていたのでオーラン様とも何度かお会いしているのですよ」


「そうなのか……すまんな、子供だったのであまり覚えていないんだ」


 昔の俺を知っているのか、なら俺たち親子の状況も知っていたのだろうな。なのになんでそんな笑顔を向けてくるんだ?あの頃はいい思い出か?そういう意味ではお前も敵だな、今度はよく覚えておくよ。


 ……ダメだな、実家絡みの話になると、どうしても殺伐とした気持ちになってしまう。ミシミたちのために、もうそういうのは忘れようと決めたのにな。



 生まれ故郷のミルトナは、王都から北に馬車で四日。今回は赤ん坊が一緒なので、馬車の速度を落として走らせたので六日もかかってしまった。レティスは普通の赤ん坊と違って言葉が理解できるから、大人しくしてくれたのでだいぶ楽だったけど。




 六日目の午後、ようやくミルトン男爵邸に着くと、執事やメイドたちが玄関前に整列していた。


「「「「「おかえりなさいませ」」」」」」


 使用人たちが一斉に頭を下げる。見事なまでに揃っているな、これ練習しているのか?にしても『おかえりなさいませ』か。帰ってきたなんて微塵も感じないのだけどな。


「お久しぶりでございます、オーラン坊ちゃま!」


 オーラン坊ちゃまなんて今まで一度も呼ばれたことなかったので驚いたよ。列の中から声の主を確認すると見覚えのある顔があった。


「メナリス?メナリスか!?」


「はい!覚えていて下さったのですね、嬉しゅうございます!」


「忘れるわけがないだろ!あの時は本当に世話になったな」


 俺に声をかけたのは、メイド服を着た三十代後半くらいの女性。名前をメナリスといい、母さんの友人だった人だ。俺たちが男爵家を追い出された後も変わらずに俺たち親子に接してくれた唯一の知り合いだった。


「ご立派になられましたね、カレラも喜んでいることでしょう……」


 瞳を潤ませ懐かしそうに俺を見上げるメナリス。


 男爵家から支給されていた生活費を、月ごとに届けてくれたのがメナリスだった。いつも母さんを元気づけてくれていたし、なるべく早く男爵家に戻れるように働きかけるとまで言ってくれた。ただのメイドにそんな働きかけが出来るわけもないが、母さんが少しでも希望を持てるように気遣ってくれていたのだろう。


 それに古着や古靴なども、どこからか手に入れて俺たちに渡してくれたんだ。俺たちが何とか生活できていたのはメナリスのお陰だった。母さんも死の間際までメナリスへの感謝を口にしていた。


「メナリスも元気そうだな。少しも変わっていない」


 これはちょっと嘘だ。記憶の中の彼女より幾分太って見える。中年太りってやつかな。でもまあ元気そうで安心したよ。


「メナリス、場をわきまえなさい。コホンッ、失礼しました。わたくしは執事長のロイスと申します。」


 白髪の老人が、わざとらしい咳払いで旧交を温めていた俺たちの間に割って入ってきた。なんか厳しそうな人だな、叱られたメナリスが萎縮してしまった。


「オーラン様、奥様がお待ちです、どうぞ中へ」


「……わかった。メナリス、またあとでな」


 これ以上話しているとメナリスにも迷惑がかかりそうだな、ここは大人しく執事長に付いて行くとしよう。会話を中断されてちょっとムカついたけど。


 久しぶりの男爵邸。5才まではここで育ったはずだけどほとんど記憶にない。子供の体だったからか、やたら大きかったという印象があるだけだ。いや、今見てもやっぱり大きいなこの家。男爵って皆こんな大きな屋敷に住んでいるのか?王都の下級貴族ってもっと慎ましく生活していたはずだけど。


「大きな屋敷だね」


 俺と同じことを考えていたのか、エラムが感嘆の声を上げた。


「この土地は元々王家の直轄地でした。四代前のミルトン家当主が隣国との戦争にて功績を挙げたため、爵位とともに領地を賜りました。この屋敷も元々王家所有のものだったのです」


 執事長が少し気分良さそうに解説してくれた。四代前って、ひい爺ちゃんってことか?ひい爺ちゃん頑張ったんだな。


 無駄に大きな玄関に足を踏み入れると、無駄に広い廊下、無駄に高い天井、そして無駄にカーブしている階段が見えた。案内されるまま歩いていると、舞踏会でも開けそうな無駄に広い大広間が見えた。更にその奥には無駄に装飾された扉があった。どうやら応接室らしい。


 応接室のソファーにあの女が座っていた。冷たい眼差しは相変わらずだな。その顔を見た瞬間、怒りで腹の中が熱くなるのを感じたが懸命に抑えた。冷静に、冷静に。


「……久しぶりですね、ずいぶん大きくなって見違えました。どうしているか心配していましたよ」


 女は表情をまったく変えずに話し始める。心配してた?こんな事態になるまで俺のことなんか完璧に忘れてたろあんた。


「ご無沙汰しております。奥様もお変わりないようで安心しました」


 なるべく他人行儀に挨拶する。しかしだいぶ老けたなこの女。まあ息子二人が相次いで死んだ上に、夫まで危篤とあっては老けて見えるのも無理はない。もうババアだな、今からババアと呼ぼう。


 その後、こちらの同行者を紹介したが、ミシミとレティスを紹介しても眉一つ動かさず頷くだけのババア。俺の家族なんかに興味はありませんかそうですか。


「さて、これまでの経緯は迎えの者から聞いていると思いますが、少し状況が変わりました。我が夫、ビラール・ヴァン・ミルトンが十日ほど前に亡くなりました」


「は!?亡くなった?」


「そうです。既に葬儀は済ませました。そういう訳ですのでオーラン、あなたは男爵位を継ぎなさい」


 いきなり命令かよ。このババア、なんでこんなに偉そうなんだ?……しかしあの男が死んだのか。あの男のせいで母さんがどれだけ苦労したことか……せめて一発殴っておきたかった。


「本来なら庶子であるあなたが男爵家当主になどなれるはずもないのですが仕方ありません。すでに国には文官を派遣して、爵位継承の承認を得ています」


 このババア、本人を目の前にして「仕方ない」とか言いやがった。喧嘩売ってんのか?というか俺の意思とか完全に無視してるよな。

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