第4話 妻として、母として

 Side ミシミ



 私はミシミ。王都在住のCランク冒険者オーランの妻です。私自身もDランク冒険者ですが、出産と育児のため一時休業中です。


 私の両親は行商人でした。馬車に商品を積んで村から村を渡り歩きあきないをしていました。幼かった私は祖母の家に預けられていたので、両親に会えるのは年に数えるほどでした。


 そして私が10才のときに両親が行方知れずになりました。行商人にはよくある話です。野盗か魔物に襲われたのだろうということでした。


 14才になり、私は冒険者になりました。祖母は反対したのですが、魔物や野盗を狩る仕事をしたかったのです。


 冒険者になったばかりで、右も左も分からない私に声をかけてくれたのがオーランでした。少し濃いめの茶髪に茶色の瞳、すっきりした目鼻立ちで顔はまあまあ良かったのですが、表情が乏しく不愛想な感じでした。そう言ったわけで第一印象はあまり良くなかったのですが、パーティーを組もうと言ってくれる人が他にいなかったので、仕方なく了承しました。あっ、このことはオーランには内緒にしておいてくださいね。


 出会いから2年後には付き合い始めていました。まあ、オーランが私を意識しているのは最初から分かっていました。私の方も2年の間に情が湧いたというか絆されたというか……まあそんな感じで付き合い始めました。実際のところオーランは優しく、いつも私を気にかけてくれましたので、付き合うならこの人かなぁと思ってはいましたし。


 お腹に赤ちゃんがいると判ったとき、オーランは少し複雑な顔をしていました。もっと喜んでくれると思っていたのですけど。でもそれはオーランの生い立ちが影響しているので仕方がなかった思っています。おそらく、自分が本当に父親になっても良いのだろうかとか考えていたのだと思います。


 オーランの父親は、小さいながらも領地を持つ男爵様、オーランの母親はその家に勤めていたメイドだったそうです。


 本妻が二人目の子供を身籠っているときに男爵が遊び半分で手を付けて出来たのがオーランでした。オーランも4才くらいまではその男爵家で養育されていたのですが、『祝福者』であると判明した途端、本妻から母親共々追い出されたそうです。

 本妻の二人の子供は祝福者ではなかったので、男爵がオーランに家督を継がせると言い出すのを恐れたのだと、母親の友人が言っていたそうです。


 男爵家から毎月一定のお金を貰っていたらしいのですが、食べて行くのがやっとで普通の平民と比べてもかなり貧しい暮らしだったそうです。その母親もオーランが8才のときに亡くなり、それ以降空きっ腹を抱えて一人で生きて来たとオーランは苦笑いしながら話してくれました。


 そのせいか、オーランは冒険者にしては身体が小さいです。孤児院で育ったというエラムの方が身体が大きいくらいです。もう少し大きくなりたかったとオーランもたまにボヤいています。


 半年前にレティスという娘を出産しました。可愛い子です。妊娠したと知ったとき微妙な顔をしたオーランも、今では娘にデレデレです。


 娘を産んでしばらくして、「もう大丈夫かな」と呟いたエラムが急に頭を下げてきました。私を利用していたからと。


 訳を聞いたところ、オーランは冒険者としてある程度強くなったら、父親とその妻に母親の復讐を考えていたらしいのです。本人から直接聞いたわけではないそうですが、エラムがいくら誘ってもパーティーを組もうとはしなかったのがその証拠だと言ってました。


 相手は男爵です。復讐の成否に関わらず、オーランはお尋ね者になり、捕まれば処刑されます。そうなるとパーティーメンバーにも累が及ぶかもしれません。罪に問われる可能性だってあります。そうならないためにオーランはソロで冒険者を続けていたのだろうとエラムは言っていました。


 それにオーランは一度も将来のことを話さなかったそうです。どんな冒険者になりたいかとか、こんな大人になりたい、こんな生活をしてみたいなど、自分の未来について一切語らなかったそうです。まるで自分には未来がないと知っているかのように。エラムとしても、復讐をするつもりなのかと本人に聞くこともできずに悩んでいたそうです。


 そんな時に私が現れたそうです。オーランが私に惹かれていると感じたエラムは、私が他の冒険者に狙われていると嘘の情報をオーランに伝え、守りたいのならパーティーを組めばいいと説得したと言っていました。パーティーメンバーにさえなれば、遅かれ早かれ私たちが恋人になるであろうことは簡単に予測できたらしいです。


「きみとレティス、守りたい人が二人もできたオーランは、もう復讐なんて考えていないだろうからね。でも結果的にミシミを利用していたのは事実だから、いつか謝らなければならないって思っていたんだ」


 真剣な表情で頭を下げる夫の親友に、私は心からの感謝を伝えました。今までオーランを守ってくれていたのは間違いなく彼でしょう。もしかしたら、一緒に故郷を出て冒険者になったのも、オーランが心配だったからなのかもしれません。


 オーランが本当に復讐を考えていたのか、本人に聞いたわけではないですし、これからも聞くつもりはありません。オーランの中で決着がついているならそれで良いのです。




 その後しばらく育児に専念していたのですが、最近どうも気になることができました。娘のレティスのことです。


 子供を育てるのは初めてなので確信はなのですが、どうもおかしい。生後数か月で早くも私の言っていることを理解しているようなのです。もちろん変なことを言っているのは分かっています。自分の子供が賢すぎるなんて、親の欲目にしても度が過ぎていると。でもそうとしか思えないことが度々あるのです。


 オーランに相談してみたところ、半笑いの顔でまともに取り合ってくれませんでした。少しムカつきました。でもエラムは私と同意見でした。やはり賢すぎると感じていたようです。さすがエラムです。


 はっきりさせようと、娘に聞いてみたところ、本当に喋り出しました。これまで生きてきて一番驚きました。しかも勇者だそうです。まあ勇者と言われてもいまいち現実味はないですが。


 それと……本当の娘はお腹の中で既に死んでいたようです。レティスはその死んだ胎児に魂を移されたと言っていました。レティスの前では耐えましたが、全身の力が抜けて倒れそうでした。その後、夫と二人で一晩中泣きました。


 とはいえ、今のレティスも私の娘に違いありません。もう一人の娘のことは心に深く沈めておくことにします。



 それからしばらくして、オーランの実家から突然ご使者の方がやって来ました。なんでも北のキンブレル帝国との戦争に出征されていたオーランの父、ビラール・ヴァン・ミルトン男爵が、大怪我を負ってしまい危篤状態にあるらしいのです。


 しかも、一緒に出征なされていた次男のニール様も戦死なされたそうです。長男のルードレ様は生まれつき体が弱く、ずっと寝たきりだったそうで、去年お亡くなりになっていたそうです。


 つまりミルトン男爵家は、庶子であるオーランが爵位継承権第一位になったそうです。ビラール様が亡くなりオーランが爵位を継がなかった場合、分家の誰かが継ぐことになるそうで、それはそれで色々と問題があると、ご使者の方が仰ってました。詳しいことは平民の私にはよく分かりませんが、とにかく大変なことになってしまったようです。


 現在、私たちの暮らすエルドラ王国は、東の小国リムレス王国と、北の大国キンブレル帝国との間で戦争状態にあります。元々はリムレス王国が仕掛けてきた戦争で、戦端が開かれたらキンブレル帝国もエルドラに侵攻すると密約が成されていたとのことです。二国同時に相手にせねばならないエルドラ王国は劣勢にあると聞いています。国を守るのは貴族の義務ですので、男爵であるオーランの父親も戦に参加していたのでしょう。


 実家から大至急戻るように言われたオーランは何とも言えない顔をしていました。「どうしたらいい?」と珍しく弱気な表情を見せる夫に「あなたのしたい様にすればいいわ。無視してもいいし、一度帰ってもいい。私たちはあなたに付いて行くだけだから」と私は応えました。


 ご使者の方に明日まで待ってもらうようオーランは返事をしました。幼少期にさんざん苦しめられた実家です、簡単に答えが出なくても無理ありません。


 私にできることは、オーランがどのような決断をしても慌てないように心構えと旅の支度を完璧にしておくことだけです。

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