第2話 娘は転生勇者
驚いて言葉に詰まった俺たちを前に、レティスは言葉を続ける。
「あたし、ゆうしゃ、です。ぜんせ、きおく、ありましゅ。ごめんなしゃい」
レティスは少し喋りにくそうにしながらも目に涙を溜めてそう言った。ちょっと待って、いま勇者って言った?冗談……なんかじゃないよな、そうか、勇者か……。
勇者――、古い書物や物語の中でしか登場しない、魔王を倒すために神に選ばれた存在。よりにもよってレティスがその勇者に選ばれたのか。ちょっと頭が付いて行かないな。
こんなにも可愛い赤ん坊が魔王を倒す?あまりにも現実離れしすぎだろ。
「どうしてごめんなさいなの?」
ぼんやりしている俺をよそに、母親のミシミとレティスの会話は続く。
「しんだ、たいじの、からだに、たましい、いしょくした、から、ほんとうの、こどもじゃない、かもです」
死んだ胎児の身体――レティスのその言葉を聞いたとき、自分の心臓がドクンッと跳ねたのが分かった。隣にいたミシミからもヒュッっと息をのむような音が一瞬聞こえた。
「……バカなこと言わないで、あなたは私たちの子供よ。それだけは何があっても変わらないわ。そうよね?あなた」
ミシミの碧い瞳が俺を見ている。その表情はいつものミシミだ。だが瞳の奥が揺れていることに俺は気づいてしまった。
「そうだぞ、レティスは大事な大事な俺たちの娘だ。謝る必要なんてどこにもないぞ」
俺はできるだけやさしい笑顔を向けた。
「ありがと、おとぅしゃん、おかぁしゃん……」
話をするのはまだ負担が大きいのだろう。疲れたようでレティスはそのまま眠ってしまった。その寝顔はごく普通の赤ん坊だった。
「いやぁ~驚いた!」
嬉しそうなラジェルの声がデカい。
「うん、さすがにビックリだよ。でもこれで説明がつく。歴代の勇者も別の世界の記憶を持ったまま生まれてきたらしいからね、喋れるのも当然だ。ああでもどうしよう!こんなことが本当に起こるなんて。見てよ、手の震えが止まらない!」
エラムも珍しく興奮しているのか声が大きい。レティスが眠ってしまったようなので、俺たちは隣の部屋に戻った。
「問題はこれからどうするかだね」
興奮しながらも、今後のことを考え始めたエラム。さすがに切り替えが早いな。
「ん~っ、とりあえず今夜のことは4人だけの秘密ということにしておいたほうが良いんじゃね?」
「そうだね、勇者が生まれたなんて広まると大騒ぎになるだろうし。国に知られたら間違いなく連れて行かれるだろうからね」
エラムとラジェルが今後のことについて話し合っているが、あれ!?今聞き捨てならないことをエラムが言ったぞ!?
「レティスが連れて行かれる?なんでそうなるんだ?」
レティスは俺の娘だ。当然俺とミシミが育てるに決まっている!そんな勝手なこと許すはずないだろ。
「だって勇者さまだよ?勇者が生まれたってことは、魔王も生まれていて、いずれ戦う宿命にあるってことじゃない?当然、国の偉い人はレティスを囲って、勇者としての教育を施すと言い出すはずだよ」
そう言われればそうかも知れない。過去この世界では、これまでに勇者は4人誕生している。そしてそのいずれもが、魔王を倒すために別の世界から来たという記録が残っている。そしてそれぞれその時代の魔王と戦い、ある者は勝利し、またある者は敗北している。確か二勝一敗一引き分けのはずだ。
一人目の勇者が歴史上最初の魔王を倒し、二人目の勇者は二代目の魔王に敗れて死亡、その二代目魔王を三人目の勇者が倒して、四人目の勇者が三代目魔王と相打ちになったはず。
特に二人目の勇者が敗れた後、魔王率いる魔族が、俺たち
つまり、勇者は只人族の希望なのだ。何としてでも魔王に勝ってもらわなければならない。だけど――。
「エラム、ラジェル、今日のことは絶対に秘密にしてくれ。レティスを手放すなんて考えられない」
「……わかったよオーラン。でもカティラはどうする?」
カティラは俺たちパーティの回復役だ。本職は神殿に仕える神官で、神官としての仕事がないときだけパーティーメンバーとして活動している。レティスが生まれたときに立ち会ってくれた神官がこのカティラだ。
「カティラは神殿の人間だからな。このことを知ってしまうと、神殿に報告しなければいけないだろう。黙っているしかないな」
レティスが勇者と知って報告しなければ、後でなにかの罪に問われるかもしれないしな。迷惑はかけられない。
いずれ公表しなければならないかもしれないが、本人もまだ赤ん坊だし、なによりも俺とミシミが手放すなんて考えられなかった。
「そうだよねー、俺もレティスちゃんの成長を近くで見ていたいから賛成だよ」
一人気楽そうにラジェルが言った。
興奮冷めやらぬ様子の二人が帰った後、俺とミシミはテーブルに向かい合っていた。
「やっぱりあの時に……」
ミシミの言う『あの時』とは、妊娠九ヶ月を過ぎた頃、ミシミのお腹の子が急に動かなくなったときがあったんだ。それまではミシミが痛がるくらいに動いていたのに。当時は心配していたのだけど、しばらくしてまた元気に動き出したのでホッとしたのを覚えている。今考えると、あの時に本当の俺たちの娘は死んでいたのかもしれない。
「ごめんなさい、あなた……」
「なに言っているんだ、謝ることなんてないぞ」
「でも……」
震えるミシミの肩に手を置いた。気の利いた言葉が出てこない。
「レティスに俺たちが悲しんでいるなんて知られてはいけないよな。きっと気に病むだろうし。レティスは俺たちの娘だ、それだけは何があっても変わらない。それでいいじゃないか」
その夜、俺たちは隣の部屋にいるレティスに聞かれないよう声を殺して泣いた。二人で泣きながら産まれてこれなかったもう一人の娘の冥福を静かに祈った。
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