第1話 嫁と娘は宝物

「あの子、やっぱりちょっと変かも……」


 俺の名前はオーラン、19才。エルドラ王国の王都在住のCランク冒険者だ。


 今日のクエストは王都南門から10キロほど行った所にある草原に出没していたオークの群れの殲滅。今の絶好調なオーランさまにオークごときが敵うはずもないからね。そりゃあもうサクッと殺ってやりましたとも。なんかね、娘が生まれてからというもの心身ともに調子が良いのですよ。


 冒険者ギルドでクエスト達成の手続きを済ませ、心地よい充実感と少しの疲労感を抱えながら王都の外れにあるボロ長屋に帰宅。子供も生まれたし、もう少し広い家に住みたいなぁ、とか居間でぼんやり考えていたら、妻のミシミがなにやら深刻な顔をしておかしなことを言い始めた。


 話の内容は、半年前に産まれた我が家のスウィートエンジェルことレティスちゃんが普通じゃないかも、というもの。


 妻のミシミと出会ったのは俺が14の時。吸い込まれるような碧い瞳が印象的な子だった。腰まである栗毛色の髪を一本に縛り、冒険者にしては小さく華奢な身体は庇護欲をそそられた。耳から顎にかけてのラインは、薄く小さな唇も相まって神が創りたもうた芸術作品だと思ったものだ。当時は気付かなかったが、あれは一目惚れだったのだろうな。


 友人の後押しもあって、出会って間もなくミシミとパーティーを組むことになった。俺が剣士で前衛、ミシミは弓術士で後衛、一緒に故郷を出た友人の槍士を加えた3人で冒険者パーティー『よそ者の宴』はスタートした。3人とも王都出身ではなかったから『よそ者』だ。『宴』はなんで付けたのだろう?語呂が良かったから?


 そうして一緒に活動するうちにどんどんミシミのことが好きになって、16で告白したんだ。つきあい出した翌年には妊娠が判明してそのまま結婚。俺は一生独身だろうと思っていたのだけどな。人生は何があるか分からないものだね。


 8才で母親を失い、天涯孤独に生きて来た俺にとってミシミは唯一の家族で命より大事な宝物だった。


 そして半年前、宝物がもう一つ増えたんだ。最愛の娘レティスちゃん、俺の天使。初めて娘を抱っこしたとき俺は人目もはばからず鼻水たらしながらおんおん泣いた。


 だってさ、こんなにも小さくて愛くるしく、それでいて幸せな気持ちにさせてくれる存在がこの世にあるとは想像もしていなかったんだ。


 回復役として出産に立ち会っていた神官が、不細工な顔して泣きじゃくる俺を見て大笑いしていたが、今となってはいい思い出だ。


 そのとき俺は誓った。この子を命懸けで守る。そして誰よりも幸せにしてみせると。


 それから半年、その気持ちは色褪せるどころか日増しに強くなっている。今ではミスリルやアダマンタイトより硬いに違いない。




「気のせいじゃないのか?普通に可愛いと思うけど?」


 そんな愛しい愛しいレティスちゃんが変なわけあるものか。


「今は可愛いとかは関係ないの。あの子、こちらの言う事を理解している気がするのよ」


 可愛いは関係ないらしい。とても大事なことだと思うのだが……。


「いやいや、あの子はまだ生後半年にもなってないんだぞ?いくら頭が良くても言葉を理解するのは早すぎだろ。まあ確かに賢そうな顔をしてはいるけども」


 可愛い上に賢いとか最強だな。


「無茶苦茶言っているのは分かっているわ。でもそうとしか思えないの。いつも周囲の様子を伺っているみたいだし……オムツ交換していると、私に申し訳なさそうな顔をするのよ?今日なんかペコリって頭下げたのよ?」


「気のせいだろ。オムツ交換で母親に『申し訳ねえ』って頭下げる赤ん坊が何処にいるんだよ。たまたま頭を動かしたのがそう見えただけだって」


「んーっ、でも……」


 納得していない様子のミシミ。右手で顎を触りながら眉間にシワを寄せている。「そんな仕草も可愛いよ」とか今言ったら怒られるかな?



 ミシミからの相談を受けていると、玄関の扉がキィッと開く音がした。


「ラジェルが来ましたよー♪、レティスちゃんは今日も元気かなぁ?」「お邪魔します」


 玄関から2人分の男の声が聞こえた。陽気というか軽そうな声の方は、最近パーティーに加入した斥候職のラジェル、Bランク冒険者だ。俺の7つ上の26才で、スラっとした長身と銀色よりの金髪が眩しい端正な顔をしたモテ男だ。


 妊娠したミシミがパーティーから抜けたため弓術士を探していたところ、斥候職だが弓も得意ということでパーティーに入ってもらった。


 以前からうちにはよく遊びに来ていたが、最近は毎日のように娘の顔を見に来ている。娘がラジェルの顔を見慣れてしまって、面食いにならないか懸念される今日この頃だ。


 もう一人の男は、生まれ故郷のミルトナで知り合い、冒険者になるべくこの王都まで一緒に来た幼馴染のエラム、俺と同じCランク冒険者。同い年のくせに俺より10センチも背が高く、筋肉モリモリのマッチョマンだ。短槍と盾を両手に構え敵に突進していくその姿は、誰が言い出したのか『鉄の猛牛』の異名を持つ。俺?俺にはそんな格好の良い二つ名はないよ。別に羨ましくなんかないよ?


 んで、このエラムが先ほど話したミシミとパーティー組もうか悩んでいた俺の背中を押してくれた友人だ。


 俺と初めて会った当時、ミシミはたちの悪いパーティーに目を付けられていて、いつ襲われてもおかしくない状態だった。当時の俺はパーティーに入る気がしなくてずっとソロで活動していたんだ。エラムとはよく一緒にクエストを受けたりしたが正式なパーティーではなかった。あくまでもソロ同士が協力してクエストをこなしているだけだった。


 そんな時にミシミの状況を知り、なんとかしてやりたいと悩んでいた俺に「パーティーを組んでオーランが守ってやればいいじゃないか」と、あっさり言い放ったのがエラムだ。あの時のエラムの後押しがあったからミシミといま所帯を持てているし、レティスという世界一可愛い娘にも会うことができた。こいつには足を向けて眠れる気がしない。


 実際、エラムは大した奴だ。今も稼ぎの大半を自分を育ててくれた故郷の孤児院に送り続けている。そのため自分の鎧さえ満足に補修できずボロボロの状態なのだが、本人は気にする様子もない。そのボロボロの鎧を見た冒険者たちがバカにしてきても、ハハハッと笑って受け流している。なんと言うか器がデカい。素直に尊敬できる奴だ。




「ちょうど良かった。あなたたちもレティスのこと、ちょっと変だと思わない?」


 自分の家かのように入ってきた2人に同じ話をするミシミ。


「ん!?あ~確かにレティスちゃんは普通じゃないよね」


 ラジェルが珍しく険しい表情を見せる。あれ?ラジェルもミシミと同じ意見なのか?


「……やっぱり、ラジェルもそう思うわよね?」


「もちろん!レティスちゃんは普通なんかじゃない!異常なほど可愛いよねっ!」


 パチッとウインクをかまし目元からキラッと星を出すラジェル。大丈夫、ラジェルはこっち側だ。いつものラジェルで安心した。


「ラジェルもそう思うか!実は俺も可愛すぎるのではないかと思っていたんだよ!」


「だよねーっ!ウェ~イ!」


 ハイタッチを交わす俺とラジェルを冷めた目で見るミシミ。そんな「ダメだこいつら」みたいな目で見ないでください。


「……エラム、あなたは?レティスに違和感とかない?」


 俺たちがあてにならないと思ったのか、エラムに視線を向けるミシミ。


「……実は少し前から普通の赤ん坊とは違うんじゃないかって思っていたんだ。つまりその、賢すぎるって」


 エラムは孤児院で育ったから赤ん坊の世話には慣れている。ミシミもそんなエラムを頼りにしているんだよね。俺よりも……。


「そう!賢すぎるのよ、こちらの言っていることが全部理解できている気がするの」


「……二ヵ月くらい前、帰り際に『バイバイ』ってレティスに挨拶したんだ。そしたらレティスが右手を小さく左右に振っていたんだよ。そのときはただ可愛いなぁと思ったけど後で気付いたんだ、僕は手なんて振っていなかったって。僕が手を振っていたなら真似をしただけだと思えたけどそうじゃなかった。ならなんでレティスは手を振った?生後四ヵ月の赤ん坊が『バイバイ』の仕草を知っているなんて、ちょっとおかしいよね?」


 ミシミとエラムがなんか分かり合った顔してウンウン唸っている。


「気にしすぎだと思うけどなぁ。じゃあ聞いてみれば?こちらの言っていること理解できてますかー?ってさ」


 そんな二人にちょっとだけジェラシーを感じた俺、半笑いで呷ってみる。


「わかったわ。じゃあ聞いてみましょう」


 俺の適当な言葉を真に受けたミシミ。いやホントに?




 そんなわけで隣の部屋に行って、大人4人でレティスの顔を覗き込む。ぞろぞろ入って来た俺たちを見てキョトンとしているレティス。そりゃそんな表情になるよな。


「……レティスにちょっと聞きたいことがあるのだけれどいい?」


 一度深呼吸をしたミシミは、レティスが普通に理解できるものとして話しかけている。レティスはキョトンとしたまま。


「あなた、本当は私たちの言っていること理解できてるでしょ?もしかしてもう話せるんじゃないの?」


 うんまあ、これ知らない人が見たら頭のおかしい母親が赤ん坊に話しかけている図だよね。生後半年の赤ん坊にそんなこと真顔で聞くか普通。レティスもそんな母親の顔を見たせいか、今までになく目を大きく見開いている。


「大丈夫、心配しなくてもいいの。お母さんはあなたの味方よ。何があっても驚かないから本当のことを話してくれない?」


 可愛いお目目を見開いていたレティスの唇が次第に震えてきている。あっこれ泣き出すかもしれん。母親のこんな真剣な表情見たら怖いよね。


 泣きだしたらパパがあやしてやらねばと構えていると、予想に反してレティスはゆっくり口を開いた。


「おかぁしゃん、ごめんなしゃい」


「「「…………しゃ、しゃべったーー!?」」」


 俺たちはひっくり返った。

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