勇者の父親は寿命が短い~家族を守りたいなら強くなれと言われた俺は最強を目指す~
一ノ瀬 六葉
プロローグ
「そっちに行ったぞ、レティス!」
仲間の鋭い声が聞こえる。総毛立つような殺気を全身に浴びながら私は一人で敵を迎え撃つ。この一瞬の緊張感がたまらなく好きな私は、間違いなくこの世界の住人なのだろう。
私たちは今、大陸で最も東に位置するイズミ王国の辺境の村にいる。
少し前に大型の魔物が村人を襲ったらしく、たまたま近くに来ていた私たちが討伐することになったの。
周りの木々をなぎ倒しながらそいつは現れた。コカトリスと呼ばれている有名な魔物。鶏の頭にドラゴンのような胴体と翼、ウネウネと動く蛇の尻尾を持っていて気持ちの悪い見た目ね。石化能力もあるから、一般人には対処が難しい魔物でもあるわ。
「とりゃー!」
気合を入れて剣を振り抜くと、狙った首ではなく、頭に当たってしまった。結果、コカトリスの頭が吹き飛んだ。斬ったのではない、力が入り過ぎて頭が爆発するように四散してしまったのだ。
我ながら力が強すぎる気がする。身体強化魔法とか使う必要もなかった。もう完全に人間辞めてるんじゃない私?
「頭を吹き飛ばして仕留めるなんて、さすがレティスね。でもその気の抜けた掛け声はもう少し何とかならないの?」
仲間が笑顔で褒めてくれてるけど嬉しくない。これじゃあ私、本当にお嫁に行けなくなるかも。もうすぐ24よ?この世界じゃ完全に行き遅れって言わる歳なのに。
だいたい私は勇者だから強いのは当たり前なのよ。だって魔王を倒し、この世界に平和と安寧をもたらす存在だもの。
私は前世の記憶を持って生まれた。それもこの世界じゃない『地球』と呼ばれる星の日本という国で生きていた記憶。
そこで私は中学生だった。前世で死にかけたときに、光の権能神・ヴァシュレーさまに呼ばれてこの世界に転生させられた。
ヴァシュレーさまは
私は普通の人より強くなれる身体に造り変えてもらったのよ。だから強いのは当たり前なの。
でもね、今でこそ無敵だけど、レベルが低かった頃はパパが守ってくれたの。
ここだけの話、『勇者』の称号に本当に相応しいのはパパだと私は思っている。もちろんパパはこの世界の普通の人間だった。勇者とか使徒とかの肩書なんて持ってないごく普通の人間。
でもその普通の人間であるパパこそが、私の中では最強で最高なの。
パパは、普段は友達とバカなことばかり言ってヘラヘラ笑っているけれど、大事なものを守るための戦いに臨んだときは誰よりも頼もしかった。
自分より遥に強い敵にだって臆することなく立ち向かっていた。その雄々しい背中を思い出すと、自分もそんな存在でありたいと勇気が湧いてくるの。
……そうね認めるわ、私は立派なファザコンよ。さっきは嫁に行きたいみたいなこと言ったけど、実のところ私は今までに結婚したいと思ったことはないの。
だって仕方ないじゃない、パパより格好良い男なんて見たことないんだもの。
パパは格好良かった。
強大な敵と命懸けの戦闘を繰り広げ、何度も傷つき、大事な仲間を失い、それでも諦めずに戦い続けるパパは最高に痺れたわ。そんなパパの背中を見て育ったんだもの、ファザコンにだってなろうってもんよ。まあこっちの世界にファザコンなんて言葉はないけどね。
それに転生した当初は、この世界の独自ルールにとても戸惑ったわ。
今ではすっかり慣れたけど、この世界の生き物は『レベル制』なのよ。魔物はもちろん人族にも『レベル』が存在していて、たくさん敵を倒してレベルを上げると強くなれるの。まるでゲームよね。
例えば地球だったら、一生を武術の習得に費やしたとしても、素手で熊やライオンを倒せないでしょ?
でもこの世界でならレベルをある程度上げれば倒せるようになるの。具体的に言うと、レベル20くらいになれば地球の熊程度なら素手で倒せるようになると思う。レベルアップ時のステータスの伸びが多少悪くてもね。
剣や槍などの武器を使えるならレベル15で十分。魔法も使っていいのならレベル10あれば片手間で倒せるわ。
ちなみに私はレベル35。普通の人間はレベル30ぐらいが上限と言われているから、かなり高い方になるわね。
それに私は勇者だから、生まれつき沢山の権能を持っている。あ、権能っていうのはね、権能神から与えられる特別な能力のこと。私は生まれつき5つの権能が使えたのよ、勇者だからね。普通の人は持って生まれたとしても1つだけ。2つ持っていたら大騒ぎになるくらい。
権能を持っていると、その系統の魔法が使えるようになるの。例えば『火の権能』なら火魔法、『力の権能』なら身体強化魔法とかね。後はレベルが10上がるごとに1つ新しい権能を授かることが出来るわ。つまり私の場合は生まれ持った5つと、後から授かった3つで計8つの権能を持っているの。たぶんこれ人類では最多のはず。
そんなわけで私は今、勇者として仲間たちと共に魔物を倒しながら旅をしているの。どこかにパパよりイイ男がいないかなぁと考えながら――。
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「姫さま、お時間にございます」
侍女のサーラが
「わかりました、参りましょう」
いつもより重いドレスのため少し歩きにくいですが、それもまた嬉しいものです。
「姫さま、本当にお美しい……サーラは嬉しくて嬉しくて……」
「サーラ、このような日に泣いてはいけません。それに私はサーラの笑った顔が好きなのです。笑って式を見ていてくださいね」
「姫さま……」
これまでサーラには本当にお世話になりました。側仕えとして私が小さい頃から、それはもう真面目に働いてくれていました。両親との仲が希薄な私にとっては誰よりも信頼できる大切な友人です。
私が隣国に人質として軟禁されていたときでさえ、片時も私から離れることなく守ってくれました。
「サーラ、これまで本当にありがとう。今の私があるのも貴方が側にいてくれたおかげです。感謝しています」
私は式場に向かう廊下でサーラに伝えました。先ほど泣かないよう言ったはずなのに、サーラは口に手を当て、目から涙をポロポロと零してしまいました。
神殿騎士により両開きの扉が開け放たれると、目の前に私が長年恋焦がれた方が微笑みを浮かべて立っていました。ついにこの日を迎えることが出来るのだと実感が湧いてきます。
約二年の間、私は隣国で人質生活を強いられました。サーラ以外は誰とも会えず、話すこともできず、ただひたすら耐えて待つしかなかった日々。
ようやく解放されたと思ったら、今度は誰もが腫れ物に触るかのような態度を私にしてきました。そして私は知りました。城内で私について低俗な噂が飛び交っていることを。
初めて知ったときは、悲しみと怒りで叫び出したいほどでした。幾夜も泣き続け、その果てに私は潔白を証明するために自死さえ考えていました。
そんな時です、あの方に出会ったのは。
あの方は家族を守りたい、ただその一念で行動していました。自身も心に深い傷を負ってなお、その真っ直ぐな瞳は力を失っていませんでした。
私は思いました。こんなにも大事にされている奥様や娘さんは、どんなに幸せなのだろうと。
いえ、違いますね。本当はとても強い嫉妬を覚えたのです。私は実の親にすら見捨てられているというのに、どうしてこんなにも愛されている人がいるのかと。
今思えば、その時から私は恋心を抱いていたのでしょう。そしてその想いは日を追うごとに大きくなっていました。王女としては間違いであると判ってはいましたが、私は我儘を貫きました。
その結果が、現在私の目に映し出されている光景なのです。
今日から私も彼の家族になります。彼に守られ大切にされる存在。
長い間、嫉妬と羨望の眼差しで見ているだけしか出来なかった、私にとっては何にも代えがたい特別な存在。
もちろん、守られるだけの女になるつもりなど毛頭ありません。これからは彼を支え、彼の願いが叶うよう共に戦ってゆく所存です。
なのでミシミさま、もう少し笑顔をお見せ下さい。さっきから無表情で少し怖いです……。
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