第4話(正平視点)

『進路希望調査用紙』には、とりあえず前回の模試でB判定をもらっていた私立大学を書いて提出した。強豪と言われるほどでは無いが、陸上部員は多く、一昨年はたしか箱根駅伝の学生連合に名を連ね、復路を走っていた者がいたはずだ。特段そこに行きたいわけではないが妥協はできるレベル。もし夏の大会の結果が芳しくなく、スポーツ推薦が受けられなくても大学で陸上を続ける道が閉ざされるわけではない。両親に金銭的苦労をかけることへの後ろめたさ、申しわけのなさがないではないが、それは競技の進退とは関係なくかかる金であるから、そう思い悩むことでもないだろう。去就を決めるのは四年後でも遅くはあるまい。


――という消極的な思考が走りに出てしまっていたらしい。四月に新任コーチとしてやってきた男に、痛いところを突かれた。


「妥協や迷いを抱えたまま走っているようでは次の大会もまた、県大会止まりになるだろうね」


彼の名は東海林――珍しい名前である。当然正平は羨望を抱いた――といい、齢は三十七歳。専門は? と訊かれれば、十種競技の選手であったから専門はあってないようなモノだ、と自己紹介では述べていた。身体の線もどちらかと言えば細く色白な上に飄々としているから、すわ、たいしたことないやつ! と判じかけたところ、思いもよらぬ情報がどこからともなく飛びこんできた。彼はなんと、大学時代は日本代表候補に選ばれるほどの実力者であったらしい。正平はモチロン訝しく思い、試すような心持ちで東海林の名を調べたところ、代表候補だけが参加できる強化合宿の写真が数多く出てきて、そのなかには現在オリンピックの解説をしている元日本代表選手と彼がいっしょに写りこんでいるモノもあったので、これはもう疑いようがなかった。大学三年次の頃、大きな試合の直前に膝十字靭帯を断裂したことで引退を決めたと言う。リハビリをしても以前と同じフォームで走れなくなったのだ。たしかに実際走るのを見させてもらったが、脚運びのリズムが骨董品のメトロノームのように一定ではなかった。しかしそれでも、正平は年齢の倍する東海林に適わなかったのだが。


「せっかく出場しておいて昨年と同じような結果――いや、あるいは、それ以下の結果に甘んじてもよいと考えているのなら、佐藤君はむしろ出場そのモノを辞退するべきだと思うよ」あたたかみのない微笑を浮かべ、東海林は淡々と言った。「そんな気持ちで出走したところで、きっと颯太君には勝てないだろうからね」


東海林の言うとは、県西の高校に通う正平と同級生のスプリンターのことである。颯太とはなんとなく脚の速そうな名前であるが、何を隠そう前回の県大会の覇者が彼なのだ。茨城県から関東大会に駒を進められるのは上位六名までだから、颯太に勝てる――少なくとも匹敵する――くらいの実力がないと正平の望む将来の期待は達成が難しいと言わざるを得ない。だから今夏の目標を『打倒・鈴木颯太』と掲げてはいるのだが、件の県大会決勝では二蹴り分近い差をつけられての惨敗だった。タイムにすればコンマ数秒の差であるが、百メートル走の世界において二蹴り分という差は驚くほどに遠い。既に一年近くが経った今でも目を閉じればレース前、空砲が鳴らされる前のクールな表情をした颯太の顔が思い浮かぶ。他者を寄せつけない、強者としての風格がそこにはあった。おそらく彼には先しか見えていなかった。正平を含めたライバルたちはまるで眼中になく、ただ自己の研鑽、いかによいタイムでゴールラインに突っこめるのかしか頭になかったはずだ。颯太はあらゆる意味で正平にとって一番近い才能人であるが、その一番近い距離との差がこれほどあるのか、とまたひとつ、正平の心には凡百の烙印が押されたような思いに捉われるのである。


「本当に欲する結果があるのなら全身全霊でそれを獲りにいくべきだよ」と東海林は言う。「ロードレースを想像してごらん。転倒をおそれて補助輪つきの自転車で出場するような選手はひとりもいない」


彼の言うことはもっともである。が、しかし、と正平は思う。補助輪を外せるだけの実力があってこそ、人は自信を持って漕いでいくことができるのだ。自信というモノは柱である。どのような柱もそれを支える基盤がないことには立つことができない。そして大抵の人間はその柱を支えられるだけの頑強な基盤がなく、寄る辺ない漫然とした高望みがあるばかり。結果、モノゴトが差し迫った時に妥協点を見定めなくてはならないわけで、かと言って妥協することを潔しとしないのならば、自信をつけるために実力を向上させる努力をする他に道はない。しかしながら哀しきかな、いくぶん向上させたところで背中を追う才能人たちには届かない。努力をしているのは何も凡人だけではないからだ。才ある者が努力を怠らないからこそ、才能人は天才と呼ばれる稀有な存在になり得るのである。となるとまた正平のようなその他大勢は自尊心を損なうこととなり、補助輪の根元――そのボルトが緩んでいやしないかと汲々とする日々が続くのだ。


かく言う東海林、辛辣な言葉をこともなげに吐く割(くせ)にコーチに就任して早四週間、正平に対してだけ技術的な指導の一切をしてくれていない。佐藤君はテクニカル、フィジカル云々の前にメンタルをまずどうにかしないとね、というのが彼の主張であるが、高校生活最後の大会はもう二ヶ月とすこし後に迫っているのだ。こんな状況で精神がひとところに落ちつくはずもなく、「ますます走りがわるくなっている」と言われ、実際タイムも自己ベストにすら届かない。そのため心中にはまた分厚い鉛雲、暗澹たる思いで身を引き摺るように日々を送る正平であった。


「きっと、勘違いをしていると思うんだけど」と東海林は言う。「天才なんてのはね、ほんのひと握りしかいないんだよ」

「そんなのわかってますよ」正平は口内のねばつきを吐き棄てるようにぞんざいな口調で返した。「よくわかっていますとも。そして僕が決してそちら側の人間でないということも」

「それはまだなんとも言えないな。遅咲きの天才というのはどの世界においても突然現れるモノだから」


正平は夏の局地的に訪れる豪雨を思い浮かべる。そのエネルギーは凄まじく、そして甚だ迷惑だ。たしかに凡百から見れば天才というのはほとんど天災と同じようなモノかもしれない。


「そりゃ俺だって」と東海林は続けた。「早くから天才と称される存在には羨望を抱いたものだけどさ」

「何を言っているんですか。日本代表候補ですよ? コーチだって才能人の名声を恣にしていたクチでしょうに」

「ほら、やっぱり勘違いをしている」東海林は何故か、嬉しそうに言う。「高校時代、同学年でも三人、百メートル走でどうしても勝てないやつらがいたんだ。大学に入ってみたら三学年歳上の先輩にまたトンデモない人がいてね、そこで短距離走の世界でやっていくのは無理だと悟った。だから俺は十種競技に転向したんだよ。バランスよく器用なのは認めるけれど、競技ごとのトップ選手には国内ですら適わない。俺は、俺が何かの才能に恵まれていると思ったことは一度もないよ」


正平は何も言わず顎を引いた。肯いたわけではない。俯き、心のなかで、でも、と言う。才能に恵まれた人がみな、その才能に対し「これは才能だ!」と自覚しているとは限らない。それに事実、東海林は誰が見たってわかる結果を出していたじゃないか。天才とはほとんど結果のことなのだ。才能があるだけでは決して天才とは呼ばれない。才能とは見つけられるのもかわからない宝の地図では意味がなく、結果を残せるだけの才能を持つ者が天才と呼ばれるようになるのだ。遍く天才と称される者は、たとえ一瞬であろうと何かしらの結果を出している。さらりと言ってのけた高校時代の成績を取ってみても正平のそれとは正しく雲泥の差と言えよう。東海林自身がどのような自己評価を下しているにせよ、正平の目には「彼は才能人である」という色眼鏡が既に創りあげられてしまっている。


「佐藤君たちの世代に五人の才能人スプリンターがいるとして」と東海林は続ける。「たとえば五年後、彼らが現役で走っていられているかと聞かれたら、それはわからないよね。実際俺より速かった三人のうち、大学卒業した後で選手を続けたのはひとりもいないんだ。つまりね、どれほどの才能に恵まれていようと、イコールその道で成功者になれるってわけじゃない。そしてそれは、逆もまた然りなんだよ。正しい努力を、強い意志と健全な肉体を用いてやり通すことができたなら、たとえ現在天才と呼ばれていない者にだって、道を究めることはできるはずだと俺は思う」そこで一旦言葉を切り、東海林は正平の顔をまっすぐ見据える。やわらかな、しかし芯のある声で「大学は、陸上で行きたいんだろう?」と言う。「顔に書いてあるよ。それに、迷いに充ちた走りにもね」


正平は黙して肯く。「でも――」

「こわいんだね?」


いささかの躊躇の沈黙を挟んだ後で正平は「はい」と言った。「また、たいした結果を残せないんじゃないかと思うと」

「それは正しい恐怖だ。こわがれない人に夢を語る資格はない。畏れを抱けない者は改善すべきところを見つけられないものだから。こわがる自分をこそ、君は信じなければならないんだ。自分すら信じられない者が、いったい他の何を信じられる? 人を信じることも、世界を信じることも、自分との関わりや所属を感じていられるからこそ信じられるんだ。自信というモノは自身を信じる強度のことで、それを創るのは能力でも経験でもない。ましてや相対的になされる評価でもない。それを創れるのは君自身の心だけだよ。自信さえ身につけられたなら、夢のひとつやふたつ、叶えることは決して難しいことじゃないんだ」そう言って東海林は自分の膝をぱんっと叩く。「まぁ、俺が言っても説得力は薄いだろうけど。でも、大きな挫折を二度味わっている俺にだって、見ての通り元気でやってる。その時はモチロンへこんだけれど、意外とそんなに後悔はしてないもんだよ」


この日も結局、技術的な指導はまったくされなかった。自宅に帰った後、「カウンセリングを受けに、僕は部活に行ってるわけじゃあないんだ」と正平は呟いた。「そりゃ僕だって、保険なんかかけたくないさ」

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