死が2人を分つ

与那城琥珀

第1話

「お前、記憶なくしたって本当!」


 病室のカーテンが勢いよく開いた。そこから顔を出した同級生くらいの男の子は僕の事を凄く心配したような表情で、目には少しばかり涙が浮かんでいる。黒髪黒目で端正な顔立ち。両耳には黒いリングのピアス。

 僕の友達?


「えっと、うん……君は?」

「……覚えてねーのなんか気に食わねーから教えてやんねー」


 そういった彼は少し不機嫌そうだった。

 今の僕には彼が誰だか分からない。忘れてしまった彼は僕自身とどんな関係だったのだろうか。


「お前も意識戻ったばっかで色々大変だろ。今日は帰る。お前が俺の事思い出すまで何度だって来てやる。だから自分の頭で思い出せ」

「うん、ありがとう」

「礼を言うまでもねーよ。またな」

「うん」


 夜、僕はずっと考えていた。今日病室に来た彼は一体誰なのだろうか?自分の事について何も語らずに帰ってしまった彼は僕の記憶が戻るまで何度でも来るって言ってくれたけど、彼は一体何者なのだろうか?僕のクラスメイトと名乗る人も何人か来たけど、誰の顔も思い出す事が出来なかった。

 寝ようかな。まだ眠くないけど、する事ないし。明日が少し楽しみだな。あの子が来てくれるから。今日は昨日より気持ちよく寝られるかもしれない。


「はよ。お前もう起きてんの?相変わらず早起きだな」

「夜更かししてないせいかな。目が覚めちゃうんだ」

「そうか、お前らしいな。あ、そーだ。今日はお前に話あんだった」

「話?」

「うん」


 中1の時お前と海行ったんだよ。そん時、海の水掛け合って遊んだんだけど、日焼け止め塗ってなかったせいで、俺もお前もめちゃくちゃ日焼けしたんだ。夏休み明けにあった友達から二人してめっちゃ笑われた。すんげー些細な事だけど、俺はこの出来事がすんげー嬉しくて。すんげー楽しかった。お前にこの記憶がないのは分かってるけど、こんな事があったんだって知ってて欲しかった。今日はそれだけ、そろそろ人くっかな。それじゃまたな。

 これだけ告げて彼はいそいそと帰っていった。こんな早朝に来ると思ってなかったから格好を気にする余裕なんてなかったな。寝癖、凄い……こんな格好で彼と話してたと思うと少しばかり恥ずかしくて体温が上がったのが自分でも分かった。


「高橋さん。検温の時間です」

「は、はいっ!」


 声、声裏返った……びっくりした…


「顔赤いですけど、何かありました?」

「い、いえ、何も!ただ寝癖がすごかったから……」

「あははっ、気持ちよく寝れましたか?調子の方は?」

「はい、分からない事が多いけど、少しずつ思い出せてるような気がします」

「それはよかった。早く記憶が戻られると良いですね」


 看護婦さんはいつも優しく僕に声をかけてくれる。何にも分からなくなってしまった僕に日常生活の一部を思い出させてくれたのは彼女だ。今日は家族が面会に来るって言ってたっけ。

 数日間意識を取り戻す事なく眠り続けた僕を家族は心配して、目が覚めるまで毎日見舞いに来てくれていたらしい。目が覚めて数日経った頃から両親は仕事もあり、あまり来れなくなると言っていたが、弟と妹は毎日会いに来てくれる。こんなに愛してくれる家族に恵まれた僕は凄く幸せだと思う。


「凪、あまりお見舞いに来れなくてごめんね」

「いいよ。父さんも母さんも忙しい、でしょ?僕は大丈夫だから」


 家族とは他愛もない話をして過ごした。過去の自分がどうだったかなんて気にしないで、今の自分を信じて生きなさいと。

 母さんも、父さんも、弟も、妹も記憶が早く戻るようにって色々な事を教えてくれる。少しずつだが、戻りつつある記憶は完全に元に戻るのだろうか?という不安も拭えない。最初目を覚ました時、ここが何処だかも、自分が誰なのかも分からなかった。不安まみれの僕を支えてくれる家族は凄く大切な存在。


「なぁ、自分の名前、分かるよな」

「うん、高橋凪」

「なんて呼ばれてたか覚えてる?」

「覚えてない……」

「そっかぁ」


 彼は少しばかり悲しそうな顔をした後、いつもの様に俺と彼との話を聞かせてくれた。その話を聞くうちに元の僕がどんな性格で、どんな風に生活していたのかも何となくだが分かってきた。思い出せそうな感じは全くしないけど。


「なぁ、今日はどんな話がいい?」

「君の一番大切にしている記憶がいい」


 そう、何度聞いても教えてくれなかった彼と僕の一番大切な記憶。一緒に買い物に行った話や、映画に行った話、遊園地に行った話などは聞かせてくれたのに、その記憶はどれも一番じゃないと言う。


「うーん、それは自分で思い出して」

「う…ん」

「じゃぁ、俺ん家に泊まりにきた時の話は?」

「それがいいっ!」


 泊まりに来た日、お前と俺は夜遅くまでゲームをしたり、話をしたりして過ごしたんだけど、寝るのが遅くなり過ぎて二人して寝坊したんだ。急いで学校に行ったから、朝のHRには間に合ったんだけど、授業中二人して居眠りして怒られた。ポンコツすぎて笑えるよな。後で母さんに何で起こしてくれなかったの?って聞いたら起こしたのに二人とも起きなかったんでしょって言われて言葉に詰まった。あの時はすんげー恥ずかったんだ。

 ケラケラと笑いながら楽しそうに彼は言った。


「凄い、楽しそう」

「まだまだ先が長いだろ?楽しい思い出なんて今からでも沢山作れる筈だ」

「そう、だね」

「じゃ、俺帰るから」


 すぐに帰ってしまうけど、毎日彼と話す時間が楽しみだった。

 次の日もまた彼は僕の病室に来てくれた。


「そういや、記憶をなくす前の事、どれくらい聞いてんの?」

「N校2年生で五人家族。妹と弟がいる。それと僕には恋人がいて、交通事故に遭って。僕を庇った恋人だけが死んだ……」

「……」


 彼は笑ってるのに…悲しそうに見える…今彼は何を思って、何を考えているの?

 っ……!?涙……なんで。僕は何か忘れちゃいけない事を忘れてる?分からない。だけど、凄く悲しくて……


「え?」

「なぁ、俺の事思い出した?」


 いきなり抱きしめられてどうして良いか分からない。だけど、凄く落ち着く。


「っ……わかんなっ、けど……けど、君の腕の中が凄く…落ち着く。そして凄く幸せだって体が言ってる」

「そっか、お前の記憶に俺がいなくても、お前自身の体が俺の事を覚えててくれた。それだけで俺は嬉しいよ」


 なんで、なんで……思い出せない…分かる気がするのに、分からない。


「なぁ、もしお前の恋人が死ぬならお前と一緒がよかったって言ったらお前は一緒に死んだか?」

「俺はその恋人が大好きだったんだと思う。だから記憶がある僕だったら一緒に死んだ。そっちの方が幸せだったと思うから」

「っ……!なぁ、凪、最後に……いや、」

「……っ!」

「俺の名前、なんだと思う?今のお前なら分かる?」

「……うっ、うぅっ……ふぅっ……う、ん…うん分かるよ。分かる。驪妃斗りひと、りとだよね」

「よかった。お前に忘れられたまんまじゃ、俺は満足できねー」

「りとっ!」


「お前の一番知りたがってた事教えてやるよ。一番大切な記憶」


……あの時あの場所に偶然居合わせた。一番大切で一生忘れる事のない奇跡の出来事。


「凪と出会った日」

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死が2人を分つ 与那城琥珀 @yonasirokohaku

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