5 髪飾りとパンケーキ
その後、アルとアズライトは手を繋いだまま、王都の大通りを歩いていた。
そうしていると、ちらちらとこちらを見る視線を感じる。
注目の原因はアズライトだ。彼は背丈も大きいし、容姿も整っているので目立つのである。
そんなアズライトと手を繋いで歩いているとなると「あの子は誰?」と言う感じで、アルも注目されてしまうのだ。
普段であれば、服装さえ変えてしまえばアルは目立たない。
顔立ちも愛嬌はあるが派手さはなく、言ってしまえば地味な方なので、聖者の装いをしていなければ人混みに紛れて「一般人です」と素知らぬ顔が出来ていた。
今だってアルが聖者であると気付いた者は少ない。なので、その辺りは良い。
問題はアズライトである。
(この人、私と手を繋いで歩いていて、大丈夫なのかな)
アズライトはロック家の嫡男だ。彼の年齢を考えても、そろそろお見合いとか、そう言う事を考える歳なのではないだろうか。
アルはアズライトの交友関係は知らないが、そういうお相手が出来るか、作ろうとした時に、こうしてアルと手を繋いでいる今の状態はよろしくない。
結婚予定の相手が見知らぬ女と手を繋いで歩いていた、なんて話が耳に入ったら、まとまる話もまとまらなくなるだろう。
幾らアルとアズライトがそういう関係ではないとしても、これは彼の将来的に大変な問題である。
なのでアルは握られた手をくいくいと引いて、アズライトを呼んだ。
「アズライト、そろそろ手を離しましょうか」
「えっダメですか?」
とりあえずそう提案してみたら、アズライトからとても悲しそうな顔を向けられてしまった。
「ダメではないですが、いらない誤解を生みますので」
「誤解とは?」
「ロック家の嫡男にお見合い相手が来なくなりますよ、という話です」
「ああ! ご心配ありがとうございます! ですがそのような相手は必要無いので大丈夫ですよ」
「そんな事はないような」
先ほどまでの表情から一転して、にっこりと機嫌の良さそうな笑顔になったアズライト。
こうまで言っても手を放してくれる気はないらしい。何ならさっきよりも強く握られてしまったので、アルは「うーん」と唸った。
ちなみにアルは手を繋いで歩く事は好きだ。
アルが六歳で聖堂にやって来た頃に、タルクや年上の神官達が、親元を離れて寂しがるアルの手を握って、あちこち連れ歩いてくれたのが嬉しかったからである。
なのでアズライトと手を繋いで歩くのも嫌ではないのだが、それはそれとして彼の将来が心配になる。
(もしもの時のために、何か良い感じの理由を、今のうちに考えておかねば)
よし、とアルが決意していると、
「……あ! 見てください、アル様! あの髪飾り、アル様に似合いそうです!」
アズライトが足を止め、近くの露店の商品を指さした。
露店のテーブルの上には、青い宝石のついた星と花の意匠の髪飾りが置かれている。この青い宝石はラピス・ラズリだろうか。
「似合うかどうかは分かりませんが、綺麗な髪飾りですね」
星と花のモチーフは、精霊を描く際に良く使われている。
その理由は、星と花が精霊の生まれに関係しているものだからだ。精霊は、夜に属する者は星から、昼に属する者は花から生まれるとされている。
ちなみに聖堂に所属している聖者や神官達が身に纏う衣装も、星と花のデザインが入っていたりする。
「あの、すみません。これを一つください」
綺麗だなぁと思って見ていたら、アズライトがその髪飾りを購入していた。
その髪飾りは女性物のデザインだ。たぶん誰かへプレゼントでもするのだろう。
アズライトもそういう相手がいるならば、やはり手を繋いで歩いている場合ではない。そう思いながら見ていると、
「アル様、これ、プレゼントです。御髪につけさせていただいても?」
会計を済ませて髪飾りを受け取ったアズライトが、アルにそれを差し出しながらそう言った。
えっ、と思ってアルは目を丸くし、ややあって首を傾げる。
「ええと、私にですか? いただく理由がありませんよ?」
「お休みの日にアル様と出かけられたお礼です!」
出かけたと言うか、ついて来てくれたという方が正しいのだが。そしてお礼ならば自分がする方なのではないだろうか。
そう思い、どう答えたものかとアルが言葉に詰まっていると、目の前のアズライトから元気がしゅるしゅると萎んで行くのが見て分かった。
「……ダメですか?」
「……ありがとうございます。嬉しいです」
こんな顔をされては断り辛くて、アルは小さく笑いながらそう答えた。
ちなみにアルは装飾品はほとんど持っていないので、嬉しい事は嬉しい。
(……のだけど、本当にアズライトは大丈夫なのかなぁ)
彼の将来が心配である。しかし、 アルのそんな心配など知らないアズライトは「やったあ!」と言って、ぱっと笑顔になる。
それから「失礼しますね」とアルの髪に手を伸ばして来た。
ややあって、少しの重さを頭に感じる。
「ああ……やっぱり、このラピス・ラズリの髪飾り、アル様によく似合う」
アズライトはうっとりした顔でそう言った。
「ああ、本当だね! お嬢ちゃん、よく似合っているよ。お兄ちゃんセンスがいいなぁ」
ついでに露店の店主までそんな事を言ってくれた。たぶんこちらはリップサービスだろう。
しかし褒められるとやはり嬉しくなってしまう。ついつい笑顔になったとたんに、アルの耳と尻尾がぽんっと現れた。
……今のアルは本当に単純である。
そんなアルを見てアズライトは嬉しそうに微笑むと、
「さ、次へ行きましょうっ」
と、再びアルの手を握り、アズライトは歩き出した。
どうも本日のアズライトの中では、アルと手を繋いで歩くのは決定のようだ。
(まぁ、いいか)
お世話になっているアズライトが楽しそうならば。
そんな事を思いながらアルは彼の隣に並んだのだった。
◇ ◇ ◇
一通り買い出しを済ませた後、アルはアズライトと一緒にカフェへやって来ていた。
ラパンと言う名前のアズライトおすすめの店だ。
「ここね、パンケーキが美味しいって聞いていたんです。ずっとアル様をご案内してくて」
店に入りながらアズライトはそんな事を教えてくれた。
興味津々に店内を見れば、あちこちのテーブルに、様々なパンケーキが乗っている。
なるほど、これは楽しみである。うきうきしながらアルはアズライトと一緒に、店員に案内された席に着いた。
「アル様、どれを頼みます?」
「私、この苺のパンケーキにします!」
「ああ、美味しそうですね。では私は……このパンケーキにします」
アルは大好きな苺を、アズライトは少し悩んでベリーを注文した。
そう言えば、一緒に食事をする時もアズライトはベリーの入ったデザートを、食後によく食べていた気がする。
もしかしたら好物なのかもしれない。
お世話になっているお礼に、今度、美味しいベリーのお菓子を探してみよう。
アルがそう思いながら、アズライトと話をしつつ待っていると、しばらくして注文したパンケーキが届いた。
一目見ただけで分かるくらいふわっふわのパンケーキ。そこにアルの分は苺が、アズライトの分はベリーがたっぷり乗っている。
わあ、とアルが目を輝かせると同時に、獣の耳と尻尾が出た。何なら尻尾はちょっと揺れている。
「食べましょう、アズライト!」
「はい、アル様」
「では、精霊に感謝を」
「精霊に感謝を」
食事の前の祈りを捧げた後、ナイフとフォークでパンケーキを小さく切り分ける。
ナイフが、まるでパンケーキに吸い込まれて行くような、柔らかな感触だ。
おお、と感動しながら、アルは切り分けたそれをフォークで刺して、ぱくりと一口。
「~~~~!」
ほっぺたが落ちそうなくらい美味しかった。
こんなに美味しいパンケーキを食べたのは、人生で二度目かもしれない。
ちなみに一度目はタルクが作ってくれたパンケーキだ。聖堂に来たばかりの頃、家族と離れた寂しさで、夜にこっそり泣いていたアルに、タルクが焼いてくれたのだ。
あの時のパンケーキは優しい味がしたなぁ、なんて思いながら、アルはもぐもぐと食べ進める。
見た目は結構量が多かったのに、口上りが軽くて、これならばあっと言う間に食べてしまいそうだ。
「…………?」
そうしていると、ふと、アズライトがこちらを見ている事に気が付いた。
彼は楽しそうにアルが食べている所を見ている。
おや、と思って、アルは一度手を止めた。
「アズライト、冷めてしまいますよ?」
「あ、はい! ……こう、見逃すのはもったいないなって」
「パンケーキ、見た目も綺麗ですものね。もったいない気持ちは分かります」
「あ、いえ、そうじゃなくて……」
アズライトの言葉の意味が分からず、アルは首を傾げる。
何を見逃すのがもったいないのだろうか――そう考えながら、アルは自分のパンケーキへ目を落とし、ハッとした。
そう言えばアズライトは先ほど、パンケーキを注文する時に少し迷っていた様子だった。
そして今の視線だ。
もしかしたらアズライトは、苺のパンケーキにするか、ベリーのパンケーキにするか迷っていたのかもしれない。
ならば今見ていたのは「苺のパンケーキ、良いなぁ」という視線だったに違いない。
「アズライト、フォークをお借り出来ますか?」
「え? あ、はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
アルは自分のフォークを一度置いて、アズライトからフォークを受け取る。
そしてそれとナイフを使って、まだ口をつけていない場所を綺麗に切り分けた。
それから、その切り分けたパンケーキに苺を乗せてナイフで刺し、アズライトへ差し出す。
「え?」
「苺のパンケーキも美味しいですよ。一口どうぞ」
「…………っ!」
するとアズライトの顔がとたんに真っ赤になった。
彼は見た事がないくらいあたふたしながら「えっ、えっ」とアルとフォークを交互に見ている。
それを見てアルは「あれ?」と思った。
タルクや神官達がよくそうしてくれたので、ついつい、そんな調子でやってしまったが、もしかしてこれは一般的には恥ずかしい類の行為だったのだろうか。
(は、早めに食べてくれないかな……!)
しかし差し出した手を引っ込めるのも難しい。
こうなったら力尽くで食べてもらうしかない。
なのでアルは、
「あーん!」
と勢いで押す事にした。何故かアズライトの顔がさらに赤くなる。
しかし、ややあってアズライトは、ぎゅっと目を閉じながら、
「あ、あーん……」
と口を開けた。
よし、今だ!
そう思ってアルは彼の口にパンケーキを突っ込んだ。
やり切った、これで大丈夫だ。アルがそう達成感を感じている前で、
「~~~~!」
アズライトは、ここに枕でもあったら頭を打ち付けていそうな勢いで悶えていた。
◇ ◇ ◇
同時刻。
カフェ・ラパンの、アル達から離れた席から、彼女達の様子を眺めている者達がいた。
オーガスタ・フランムとドミニク・フランムである。
「何でここで鉢合わせするのよぉ……!」
声を潜めながら、オーガスタは頭を抱えた。
彼女達はアル達が来る少し前に、買い物を終えてカフェにやって来ていたのだ。
二人の前にはバナナのパンケーキと紅茶のパンケーキが置かれている。
「ま、ここのパンケーキは美味しいからねぇ。デートにはおすすめだって本に書いてあったし、アズライトはそれを見たんじゃない?」
「まだデートってところじゃないでしょうよぉ……! 後をつけたみたいになっちゃっているから嫌なのよぉ……!」
「先に着いたの僕達でしょ。……ん、パンケーキおいし~♪」
困り顔のオーガスタとは正反対に、ドミニクは機嫌良く自分が注文したパンケーキを食べている。
「この紅茶の風味がいいよねぇ。あんまり甘くなのも最高」
「あんた甘いのが苦手なのに、どうしてパンケーキだけは好きなのよ」
「柔らかいから」
「…………」
味と言うか、食感が大事なのだろうか。
そんな事を思いながら、オーガスタも気持ちを落ち着けるために、自分が注文したパンケーキを食べた。
バナナに掛けられたチョコレートのソースがまた良い味をしている。
「ん、美味しい……。こんな戦々恐々とした気持ちじゃなければもっと美味しい……」
「姉さんって心配性だよね。もっと気楽に考えたら?」
「あんたが考え無し過ぎるのよ。そのせいで幾つトラブルを起こしたと思っているの?」
オーガスタが睨むと、ドミニクはわざとらしく肩をすくめてみせて、
「その度に解決してくれた姉さんに感謝しているよ」
なんて言った。まったく反省している人間の態度ではない。オーガスタは深くため息を吐いた。
「感謝するのは良いけど、そもそもトラブルを起こさないでよ」
「それは約束出来ないな。だって僕、トラブルを起こすつもりで行動していないもの」
「あんたね……本当にやめなさいよ? いい? 絶対よ?」
そう言いながらオーガスタはパンケーキを食べる。
ドミニクは「ハイハイ」と流しながら、ちらりとアルとアズライトの方を見た。
「…………」
それから、にんまりと口の端を上げると、パンケーキの一切れを口に放り込んだのだった。
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