4 休日とお出かけ


 アズライトが聖騎士になってから、しばらく。

 最初の内は、一緒に仕事をする事に少々緊張していたアルだが、慣れてくれば少し周りが見えるようになっていた。

 主にアズライトの周囲の事に関してだが。


 その中で一番良く分かるようになったのが、アズライトは、やはりモテるという事だ。神官達から聞いて知ってはいたが、実際に見るとなかなかすごい。

 一緒に行動をしていると、かなりの頻度で女性から、黄色い声援を送られているのだ。


「きゃー、アズライト様ー!」

「アズ様ー、こっち向いてー!」

「アズライト様の靴跡……靴跡……」


 たまに変な声も混ざるが、大体はそんな感じだ。

 さすが将来有望な騎士様である。

 一緒に同行していてもその状態だから、一人の時はさぞ大騒ぎになっている事だろう。


 なんて事を思いながら、アルは一人で王都を歩いていた。

 今日は仕事ではなく休日なのだ。聖者にもお休みの日はあるのだ。

 とは言え、実は聖者に休みが出来たのは、ごく最近の事だったりする。昔は聖者にも神官にも休みが無かったのである。


 それに変化が起こったのはタルクが聖堂長に就いてからだ。

 彼が「人間、休みがなければ死んでしまいます。この人殺し」と訴えた事で、聖堂の者達にも週に一度の休日が出来たのである。

 その当時はアルはまだ聖堂に勤めていなかったのだが、その頃から聖堂にいる神官曰く、休日が出来た日はまさにお祭り騒ぎだったそうだ。

 それだけではなく、タルクは聖堂の者達が働きやすいようにと、色々と改革してくれている。

 そんな事情もあって、聖堂の者達は皆、タルクの事をとても尊敬していた。

 もちろんアルもそうだ。


 さて少し話が逸れたが、そういう事情でアルにもお休みがある。

 なので今日は聖者ではなく一人のアルとしてお出かけである。

 とは言えアルが聖者である事は事実なので、身の安全を考えて、王都を離れるとか、治安があまり良くない裏通りに行くとか、そう言う事は出来ない。

 休日に行けるのは王都内だけ。それ以外の場所へ行くなら聖騎士に同行して貰うのが必須なのだ。

 他の聖者達も休日に遠出をする場合は、聖騎士が付き添う事があるらしい。


(遠出はしてみたい気持ちはあるけれど、休みの日までアズライトに付き合ってもらうのもな~)


 聖者が休みの日と言う事は、必然的に聖騎士も休みなのである。

 二者の休みはセットになるため、せっかくアズライトも休日なのに、アルに付き合わせるのは忍びない。

 それに王都内でも十分休みを満喫できるので、別にいいかともアルは思っている。


(さて、今日は何をしようかな。まずは買い出しを……)


 そんな事を考えながらアルは、鞄から手帳を取り出し、ページを捲る。

 今日買いたいのは石鹸にハンドクリーム、それからブラシだ。

 普段使っているブラシはあるのだが、それとは別の、動物用のブラシが欲しいのである。理由としては呪いで出てしまう獣の耳と尻尾だ。この耳と尻尾、わりと長い時間そのままなので、どうせなら手入れ用のブラシがいるかなぁと思ったのである。

 耳と尻尾とはいつまでの付き合いになるかは分からないが、周囲からは結構好評なので、いつ触られても大丈夫なように、触り心地が良い状態にしておきたいのだ。


(動物用のブラシ、いつも行く雑貨屋にあるかなぁ)


 なかったらなかったで、他の店を探しに行くまでである。

 よしっとアルが気合いを入れて歩いていると、


「アズライト! やだ、偶然ね!」


 聞き覚えのある名前を呼ぶ声が耳に届いた。

 思わず足を止めて、声のした方へ顔を向ける。

 するとそこにはラフな装いのアズライトと、燃えるように美しい赤色の髪をした男女の姿が見えた。


(あれは確かフランム家のご姉弟)


 貿易商フランム家。この国で二番目にお金持ちだと言われている商人の家の子供達だ。

 家長とはアルも仕事で何度か会った事がある。

 アズライトと一緒にいるのはその家の姉弟だ。

 姉の名前がオーガスタ、その一つ下の弟の名前がドミニクだったはずだ。


(確かオーガスタさんはアズライトと同い年だっけ)


 ロック家も有名だから、フランム家とも交流があるのは納得である。

 なるほどなぁと思いながら「さて、買い物買い物」とアルがその場を離れようとした時、


「あっ! アル様!」


 とアズライトがアルに気が付いた。

 おや、と思って足を止めて再びそちらへ顔を向けると、アズライトがとても嬉しそうな顔で、アルの方へ駆け寄って来る。


「アル様! お休みの日に、アル様とお会い出来て嬉しいです! こらからどちらへ?」

「こんにちは、アズライト。日用品の買い出しに行く途中ですよ」

「そうでしたか! では、私がお供いたしますね!」


 するとアズライトはそう言って、アルの隣に並ぶ。

 えっと思ってアルは目を丸くした。

 これは偶然出会ったから気を遣われているのだろうか。そう思って、アルは慌てて首を横に振る。


「いえいえ、一人で行けるから大丈夫ですよ。アズライトはちゃんとお休みを満喫してください」

「アル様と一緒に過ごす事が、私にとっての一番の休みの満喫方法です!」


 しかしアズライトは胸に手を当ててにっこりと微笑んだ。

 これはどうしたものだろう。アルは少し悩みながら、アズライトが来た方向へ顔を向ける。

 そこではオーガスタが面白くなさそうな顔で、ドミニクは興味津々と言った様子で、こちらを見ていた。


「……お友達と一緒だったのでは?」

「いえいえ、ただの知人ですよ」


 アズライトはあっさりそう言い切った。その言葉が聞こえたようで、オーガスタが軽くショックを受けた顔になる。

 この男、気さくそうに見えて意外と対人関係はドライなんだろうかと、アルは軽く衝撃を受けた。


「さあ、行きましょうアル様!」


 どうしたものかと少し悩んでいると、アズライトはお構いなしにアルの手を取って歩き始める。

 こうなってしまうと足を止めているわけにもいかないので、アルは「いいのかなぁ」なんて思いながら、それに続いたのだった。




 ◇ ◇ ◇




 一方その頃。

 遠ざかって行くアル達の背中を、オーガスタとドミニクは見つめていた。


「アズライト、まさに忠犬って感じだねぇ」


 緩くウェーブのかかった短い赤毛をかきあげて、ドミニクは楽しそうにそう言う。

 新しい玩具でも見つけたような顔だ。ニヤニヤと笑う彼の顔を見て、オーガスタは肩をすくめる。


「そこがアズライトの良い所よ。でも、面白くないわ。……まぁ、あそこまで分かりやすいくらいに好いているなら、つけ入る隙まったく無いじゃない。あーあ」


 オーガスタはアズライトの事が恋愛的な意味で好きだ。

 だから彼の事はよく見て来たし、好かれたいから自分なりに調べてもいる。

 そうして分かったのが、アズライト・ロックは、基本的に他人にそこまで興味がない男だという事だ。


 アズライトは他人に対しては紳士的な振る舞いはするし気さくだ。

 けれども彼と他人の間にはいつも一定の距離がある。

 その一定の距離を、アズライトは自分からその先へ足を踏み入れる事や、他人に踏み込ませる事は、オーガスタが知る限りこれまでに一度も無かった。


 それがアル・トロップフェンに対してはアレである。

 彼女の何がアズライトの琴線に触れたのかはオーガスタは知らないが、アレを見てしまった以上、自分には勝ち目がないのは理解が出来た。


(あーあ。私がアズライトの、そういう初めてになりたかったんだけどな。さようなら、私の恋心)


 ハァ、とオーガスタはため息を吐く。

 ……ただ、まぁ、あのアズライトの様子を見てしまったら、好かれたら好かれたで面倒そうだな、とも思ったけれど。

 彼女も大変ね、なんてオーガスタが感想を抱いていると、


「ん~、でも僕、気になって来ちゃったかなぁ、あの二人の事」


 ドミニクがそんな事を言いだした。

 その言葉にオーガスタはぎょっと目を剥く。


「趣味が悪いわよ?」


 注意も兼ねてオーガスタはそう言う。

 オーガスタの弟は、少々――というか、かなり男女間の色恋沙汰でトラブルを起こすタイプなのだ。

 しかも理由は「面白そうだから」というとんでもなく自分勝手なアレである。

 それでオーガスタもフランム家も、これまでに何度も彼の尻拭いで大変な目に合っているのだ。

 なのに、この弟と来たらちっとも反省していない。これでも少しは大人しくなったと思ったのに、コレである。


「他人が気に入っているモノって、奪いたくならない?」

「趣味が悪いわよ。っていうか、やめなさいよ、ドミニク。さすがにそろそろ庇い切れないわ。次に何か大事を起こしたら、お父様が勘当するって言っているわよ」

「アハハ、ごめんごめん。冗談だよ、冗談」

「どうだか……」


 へらりと笑うドミニクを、オーガスタは軽く睨む。


(これはあの二人に近付けない方が良いわね……)


 オーガスタは嫌な予感を感じた。絶対にこいつは諦めていないと思ったからだ。

 失恋は確定したっぽいけれども、それでも好きな相手から嫌われたくはない。

 ついでにロック家と聖者に手を出して騒動を起こそうものなら、フランム家にどんな罰が与えられるか考えただけで恐ろしい。


(私が何とかしなくては……! とりあえず、あの二人をしっかりくっつけたら良いのかしら? いや、待って、何か私、とってもかわいそうじゃない!?)


 好きな相手の恋路を応援する、なんて言葉だけなら美談なのだが。

 そんな何とも言えない寂しさを感じつつ、


「とりあえず買い物するわよ、来なさい!」

「え~? 荷物持ち~?」

「そうよ! あとでパンケーキ奢ってあげるから!」


 オーガスタは弟を引っ張って歩き出したのだった。

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