3 治療院と尻尾
聖騎士アズライト・ロック。
代々騎士を輩出しているロック家の嫡男で歳はアルより二つ年上の十九歳。
整った容姿と気さくで紳士的な振る舞いで、女性から人気の騎士である。
――と言うのを、アルは神官達から教えてもらった。
「素敵ですわね、アズライト様!」
「ええ! これでアル様も安心ですわ!」
彼女達はきゃあきゃあと、楽しそうにそんな事を言っていた。
確かに見た目は格好良いし、聖騎士と認められるくらいだから、きっと腕の立つ騎士でもあるのだろう。
(……だけど微妙に心配なのは何故だろう?)
タルクの表情が微妙だったのが、気になっているのかもしれない。
そう思いながらアルが手帳を開いて、本日のスケジュールを確認していると、
「おはようございます、アル様!」
元気な声でアズライトが出勤して来た。
彼は聖堂に住んでいるアルと違って通いである。
なので仕事が始まる少し前に、こうしてやって来てくれるのだ。
「おはようございます、アズライト」
「ああ、今日もアル様にお会い出来て嬉しいです……!」
……しかし、毎回そんな感じで大袈裟に言うものだから、アルは少々恥ずかしい。
たぶんリップサービスの類だろう。
「アズライト、毎日、こんなに早くなくても大丈夫ですよ。騎士団の方でもお仕事があるでしょう?」
「いいえ。アル様より優先しなければならない仕事などありません」
胸に手を当てて、にこりと微笑むアズライトの姿は、絵本に描かれる理想の騎士のそのものだ。
その笑顔にアルはほんのちょっと圧倒されて、軽く仰け反った。
朝日みたいに眩しい。ここまで笑顔が輝く人間も珍しいなとアルは思った。
「それにアル様の聖騎士にしていただいたのは、私が自分で申し出た事なのです。ですから中途半端な事は出来ません」
「え? そうなんですか?」
「はい!」
アルが目を丸くして聞くと、アズライトはしっかりと頷く。
てっきり騎士団からの指示だと思っていたから、これは意外だった。
(あれかな。人狼の呪いを解いた件で、気を利かせてくれたのかな)
そのくらいしかアルには理由が浮かばないので、律儀な人だなぁと思った。
まぁ、本人が嫌なら適当な所で辞めるだろう。
何と言っても将来有望なロック家の人間だ。いつまも聖騎士をやっている事はないだろう。
(短い付き合いになるかもしれないけれど、その間は仲良くやれたらいいな)
そんな事を思いながら、アルはアズライトに手帳をを見せた。
「アズライト、今日の予定です。よろしくお願いいたします」
「ありがとうございます。……なるほど、結構しっかりと詰まっていますね」
「そうですねぇ。昼食が仕事の合間の少しの時間になってしまいそうですが、大丈夫ですか?」
「私は問題ありません。ですがアル様が心配ですね……簡単に食べられる物を手配します」
一通りスケジュールを確認すると、アズライトはアルに手帳を返してくれた。
その時に聞こえた言葉にアルはぎょっと目を剥く。
「えっ、そこまでしていただくわけには」
「これも私の仕事です。ご安心を」
「そ、そうなんです……?」
聖騎士の仕事って大変だなぁと思いながら、アルは周囲に目を遣る。
すると少し離れた場所に聖堂長のタルクの姿を見つけた。
彼はアルと目が合うと、首をゆっくり横に振る。
……どうやら聖騎士の仕事ではないらしい。
アルが何とも言えない気持ちになってアズライトを見上げると、
「さ、頑張りましょうね、アル様」
なんて、とても良い笑顔で言われてしまったのだった。
◇ ◇ ◇
少々思う所はあったものの、特に困る事でもないのでアルは気にせず、仕事場所へと向かった。
今日は聖堂ではなく、王都の治療院で解呪を行う。
ここには病気や怪我で様々な者達が入院をしている。その中に解呪を必要としている者がいるのだ。
事前にもらっていた情報では、解呪を必要としているのは子供が一人と大人が一人だ。
何でも、触れると呪われる道具に、子供がうっかり触ってしまったらしい。
その呪いは触れた者に軽い火傷を負わせるモノで、痛みで泣き出した子供を助けようとした大人もそれに触れて、呪われてしまったという事だ。
二人は治療院で傷の手当はされているが、呪いが身体に残っているため治りが悪い。
そこでアルの出番というわけである。
その呪いは、アズライトに掛けられた人狼の呪いと比べると、比較的軽めの呪いだ。
しかし、だからと言って慢心してはいけない。
先日の失敗を思い出し、アルは丁寧に丁寧に祝福の力を使う。
その結果、いつもよりは時間が掛ったが、呪いを綺麗に解呪する事が出来た。
「ありがとー、聖者様!」
「ありがとうございます、聖者様!」
「いえいえ」
満面の笑みでお礼を言われて、アルが嬉しくなった。つられてぴょこんと耳と尻尾が出る。
(可愛い……)
(癒し……)
そんなアルの耳と尻尾を見て、治療院の人々がほっこりとした顔になる。
最初は人狼の呪いという事で怖がられるかなとアルは思っていたのだが、思いのほか好意的に受け止められていた。
まぁ、アズライトが張り切って「危険はないです!」と説明していたおかげかもしれないが。
「ねぇねぇ、聖者様。尻尾触っていい?」
そんな事を考えていると、解呪したばかりの子供がそう聞いて来た。
子供の目はアルの尻尾に釘付けになっていた。何となく、ひょい、と尻尾を動かしてみる。すると子供の顔が、尻尾を追いかけて動く。
とても可愛らしい。
その様子を見て、アルは小さく笑うと、
「ええ、構いませんよ。どうぞどうぞ」
と快諾する。すると子供はワッと笑顔になって、アルの尻尾を触った。
「ふさふさ……」
「あっあっ、いいなぁ。聖者様、私も! 私も!」
「私も触りたいです!」
そうしていると他の子供達も集まって来た。
入院しているため、娯楽に飢えているのだろう。
こうなれば一人でも二人でも一緒である。
「ええ、もちろん!」
「やったー!」
頷くと子供達はぴょんと跳ねて、アルの尻尾に群がって来た。
皆、程よい力加減で尻尾を撫でたり握ったりしている。
たまに尻尾を動かしてやれば、子供達はきゃあきゃあ言いながら楽しそうに笑い声をあげていた。
そうやってしばらく相手をしていると、
「皆、そろそろお薬のお時間ですよ」
と治療院の治療士が子供達を呼びに来た。
子供達は名残惜しそうだったが「はーい!」とアルから離れて行く。
「ありがとー、聖者様!」
「また来てね、遊んでね!」
「ええ、また遊びに来ますね」
「約束ね!」
子供達は嬉しそうに笑うと、手をぶんぶん振って治療士について行った。
アルは手を振り返しながらそれを見送ると、さて、と立ち上がる。
「それでは、次へ行きますか」
そう言ってアズライトを見上げた。
するとそこで、彼が何とも言えない表情を浮かべている事に気が付いた。
おや、と不思議に思ってアルは首を傾げる。
「アズライト、どうしました?」
「えっ!? あっ、いえ、その……」
「?」
「……いえ、申し訳ありません。その……尻尾を触らせていたな、と」
アルが聞けば、アズライトからはそんな答えが返って来た。
今の子供達との事だろうか。
「ええ、思ったより好評で良かったです。子供に大人気。羨ましいでしょう!」
「…………」
彼の表情が柔らかくなるかなと、冗談混じりに言ってみたが、アズライトの顔は先ほどと同じだ。
アズライトが何を考えているか分からず、アルは少々固まる。
そうしてしばらく見つめた後、
「……眼差しの意図をはっきりと」
とりあえず、言葉で聞いてみる事にした。
表情や雰囲気から心情を察せられるほど、アルはアズライトと長い付き合いではないのだ。
聖堂長タルクからも「分からない事があったら、恥ずかしがらずに聞いてくださいね」と言われている。
なのでアルはそれを実践した。
するとアズライトは少し視線を彷徨わせた後、
「私もアル様の尻尾を触りたいです」
観念したようにそう言った。
「セクハラ……」
「ですよね……」
思わず出た言葉にアズライトは肩を落とした。
子供に触らせるのと、自分と同年齢以上の異性に触らせるのでは、少々心構えが変わって来るのだ。
――しかし。
あまりにもがっかりした様子だったので、アルは少し悪い事をした気持になって来た。
もしかしたらアズライトは動物が好きなのかもしれない。
うーん、とアズライトを見上げながら、アルはそっと尻尾を動かし、彼の足に巻き付かせてみた。
「!!」
すると、ぴくり、とアズライトが反応する。
彼は、わ、わ、と慌てながら、アルを見て来た。
アルが、にこっと笑って見せると、アズライトは感極まった様子で、そろそろと尻尾へ手を伸ばす
そして驚くくらいに優しい手つきで、アルの尻尾を触った。
「……!」
とたんに、ぱっとアズライトの顔が輝く。
そのまま尻尾を撫でるアズライトを見ながら、アルは何ともむずかゆい気持ちになりつつ、
(これはちょっと時間が掛りそう。終わったら次の場所まで、うん、走れば良いかぁ)
なんて事を考えていたのだった。
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