2 聖騎士と専属


 騎士の呪いを解いた後、アルは慌てて聖堂へと戻った。

 身体の状態を調べる『診断』を得意とする聖者タルクに、自身の状態を診てもらうためだ。


「聖堂長様っ」

「はい、大丈夫ですよ。アル、落ち着いて」


 聖堂で一番年配の聖者であり聖堂長も務めるタルクは優しくそう言うと、アルの顔の前に手を掲げて力を使う。

 タルクの手から、ふわりと白い光が放たれてアルを包んだ。


「……これはやはり、人狼の呪いですね。ですが、そこまで酷くはなっていません。何事もなければ放っておいても、あなたの中にある精霊の力で自然に解呪されるので、問題はないでしょう」


 少しして『診断』を終えたタルクはそう言った。

 その言葉にアルはホッと胸を撫でおろした。

 聖者は自分自身にその祝福の力を使う事が出来ない。タルクも解呪は出来るが、アルほど得意とはしていないのだ。そして解呪を得意とする聖者は、今はほとんどいない。

 なので、もし呪いの状態が悪ければ、牢屋にでも何でも放り込んでもらい、被害を抑えるしかないのである。

 だからタルクの言葉に何とかなりそうで良かったとアルは安堵した。

 しかし同時に、じわりと申し訳なさが胸の内に広がって、


「ももも申し訳ありません……ッ」


 とアルは謝った。

 聖者の力を必要とされ向かった先で、解呪を失敗してしまい、自分が呪いを受ける事となってしまったのだ。

 下手をすると、この聖堂の評判を落としかねない事態である。

 評判が落ちれば寄付金も減る。国の援助も減る。そうなれば、日々必死に仕事をする仲間達の生活が苦しいモノとなってしまう。


「アル、大丈夫ですよ」

「聖堂長様、こうなったらアルは旅立ちます。この国のあちこちを歩き、片っぱしから解呪をして回って、王都の聖堂の者ですと宣言してきます」

「アル、アル。落ち着きなさい。そのような事をしなくても大丈夫です」

「でも聖堂長様……!」


 どうしよう、どうしよう、とおろおろし始めた時、アルは尻の当たりに違和感を感じた。

 尻の辺りの服が膨らんでいる。

 あっと思って頭に手を当てれば、獣の耳が出ていた。


「あああ~……!」

「おや、可愛らしい。どうやらアルの感情が動くと、出てしまうみたいですね」


 アルが頭を抱えていると、タルクは楽しそうに笑ってそう言った。


「聖堂長様ぁ……」

「フフ。言ったでしょう、大丈夫だと。強い負の感情が出ない限りは、呪いが強くなる事はありませんよ」


 タルクはそうも続けた。

 強い負の感情と言えば、怒りや憎しみ、恨み、恐怖などがそれに当たる。

 解呪と言う仕事から、アルは色んな呪いを見て来たが、呪いの多くはそう言う負の感情から生まれていた。

 なのでアルは、なるほど、と頷く。


「が、頑張ります……」

「まぁ、アルならば大丈夫だと思っていますけどね」

「そうですか?」

「ええ。……フフッ」


 話をしていると、タルクが小さく噴き出した。

 特に面白い言葉言っていないのだが、どうしたのだろうか。


「聖堂長様?」

「いえ……耳が、アルの言葉に合わせて動くので、可愛くて」

「えっ!」


 そう言われてアルは慌てて、両手で頭に生えた耳を抑えた。

 触った時には、耳はピーン、と立っていた。

 幾ら顔や言葉で隠しても、これでは感情が耳で駄々洩れである。

 これはまずい。口では何を言っても、耳と尻尾でバレバレになってしまう。

 先ほどとは違う焦りを感じながら、アルは助けを求めるようにタルクを見上げる。

 しかし―――、


「大丈夫です。時間が解決してくれますよ」


 返って来たのはそんな無情な言葉だけだった。




◇ ◇ ◇




 ――とは言え、タルクの言葉は正しかった。

 最初の頃は耳と尻尾にあたふたしていたものの、慣れてしまえばどうと言う事はない。

 もちろん感情の変化によって現れる耳と尻尾で、自分の考えている事がバレバレなのは困ってしまうが、


「わあ、可愛い」

「アル様、アル様。撫でて良いですか?」


 という感じで、同僚の神官達から大人気なのは、正直そんなに悪い気がしなかった。

 小さい頃から良くしてくれている神官達が喜んでくれているし、時間が経てばこの呪いも解けるので、まぁ良いか。そんな事を思いながらアルが日々を過ごしていると、


「アル、少し良いですか?」


 聖堂長のタルクに声を掛けられた。

 顔を向けるとタルクは一人ではなく、騎士服を着た人物と一緒にいた。

 おや、と思いながらアルはタルクの所へと向かう。

 近づいて顔を見ると、タルクにしては珍しく、ほんの少し困ったような表情をしている。


「はい、何でしょうか聖堂長様」

「ええ。実は……あなた専属の聖騎士が決まりました」

「えっ」


 そう言われてアルは目を丸くした。

 聖騎士と言うのは聖者に仕える騎士の事だ。

 聖者はその役割から、求められれば、この国のあちこちに派遣される事が多い。

 しかしその道中は様々な危険が潜んでいる。先日のような人狼などの異形に襲われる危険以外にも、聖者を攫って他国へ売り飛ばそうと考える輩も少なからずいる。

 だからこそ聖者の安全を守るために、専属の騎士が就くのだ。その名称が『聖騎士』である。

 大体は騎士団の中から選ばれるが、今までアルにはその聖騎士がいなかった。

 その理由は、アルがほとんど王都の外に出られないからである。


 アルは王都や王都近郊で呪われた者の解呪を、ほぼすべて一人で対応している。

 そのため各地を回っている時間がない。だから遠くの者達には王都の聖堂まで来てもらって解呪をしていた。

 そういう事情で王都の外へ出る事はほぼないため、今まで聖騎士が就いていなかったのである。

 一応、聖者の参加が義務付けられている行事等では、タルクや他の聖者の聖騎士がまとめて守ってくれているので、問題はなかったのだが。


(お、おおお……初めて……!)


 いなくても困らなかったが、いてくれたらいてくれたで嬉しい。

 実の所アルは、聖騎士と仲良く話している聖者達を見て、ちょっと羨ましいなと思っていたのである。

 わあ、とアルが喜んでいると、その感情に合わせて耳と尻尾がポンッと生えた。

 ちなみに今は尻尾も外へ出るようになっている。神官達が「それをしまうなんてもったいない!」と言って、尻尾がするりと出るような服にアレンジしてくれたのだ。

 なので今のアルは耳と尻尾が、他の者達からしっかり見えるようになっている。


「アル、尻尾が揺れていますよ」


 タルクから苦笑混じりにそう言われてしまった。

 こればっかりは無意識で出てしまうのでどうしようもない。

 そうしていると、隣の騎士がくすくすと笑う声が聞こえた。

 艶やかな黒髪を持った青い瞳の、整った容姿をしている騎士だ。


(あれ……?)


 何となく見た事があるような気がする。

 そう思いながらアルが見ていると、


「アル。この方はアズライト・ロックさんと言います」

「アズライト……あっ! 先日の人狼の呪いを受けた騎士様のお名前だ!」

「アル」

「ハッ! 失礼しました」


 思ったままを言葉にしたら、タルクからやんわりと注意されてしまった。

 おっと、とアルは慌てて手で口を覆う。

 するとアズライトは楽しそうに笑いながら首を横に振った。


「いいえ、お気になさらないでください。改めて、アズライト・ロックと申します。先日は大変お世話になりました」


 アズライトは胸に手を当ててそう名乗ってくれた。

 慌ててアルもスカートの裾を摘まんで、


「こちらこそ、お役に立てたなら何よりです。アル・トロップフェンと申します、アズライト様」


 そう挨拶をする。聖者と言う仕事柄、上流階級の人間とも接する機会があるので、粗相をしないようにと、ある程度の礼儀作法はタルクから叩き込まれているのだ。

 ……まぁ、先ほどのようにポロッとボロは出てしまうのだが。


「アズライトと呼び捨てにしていただいて結構ですよ。私はアル様のための聖騎士なのですから」

「いえいえ、そんな。騎士様を呼び捨てだなんて……」

「どうぞお気軽に、アズライトと」

「いえ、アズライト様」

「アズライト、と」

「…………」


 色々と角が立たないように断ろうとしたのに、アズライトは一歩も引く様子がない。

 笑顔で、何ならちょっと圧を感じるくらいの勢いで、彼は呼び捨てにして欲しいと訴えかけて来る。


(こ、困った……!)


 どうすれば良いのかとタルクへ目を向けると、彼は軽く首を横に振って肩をすくめた。

 諦めろという事らしい。タルクがダメならアルが何を言っても無理である。

 うー、うー、とアルはしばらく唸った後で、


「……わ、分かりました。よろしくお願いします、アズライト」


 と折れた。とたんにアズライトの顔が輝いて、


「は! よろしくお願いいたします、アル様!」


 と元気な声が返って来た。


(何故だろう、前途多難な気配を感じるのは……)


 気のせいであって欲しいなと思いながら、アルはアズライトの顔を見上げたのだった。

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