呪われ聖者と忠犬騎士

石動なつめ

1 聖者と人狼


 聖者と呼ばれる者達がいる。

 精霊の王達から愛され、その証として『祝福』と言う不思議な力を与えられた、一握りの神官の事だ。

 聖達はその祝福を用いて、傷を癒し、毒を浄化し、呪いを解き――多くの者達を救っていた。


 その日もまた一人の神官が、水を司る精霊の王から祝福を授かった。

 彼女の名前はアル・トロップフェン。銀色の髪に青い瞳をした、精霊の泉を守る一族の一人娘である。




 ◇ ◇ ◇




 その日アルは王都に建つ聖堂で、いつも通り聖者の仕事をしていた。

 精霊の王――その中でアルは、水を司る王からから授かった祝福の力を使って、だ。

 癒しや、解毒等、色々と出来るが、その中でもアルが一番得意としているのが『解呪』だった。

 今いる聖者の中には解呪を得意とする聖者は少ない。なので王都や王都近郊の呪いに関する仕事は、すべてアルが行っていた。


 この仕事を始めて気付いたのだが、呪いを受ける者は意外と多い。

 もちろん呪いの大きさには色々あって「足の小指をクローゼットの角にぶつけ続ける呪い」等の小さなモノから「相手を呪い殺す」類のモノまでさまざまだ。

 手順を踏んで相手を呪う者はもちろんいるが、実際は悪意を持って相手の不幸を願ったものが結果として呪いになった、という者の方が多い。

 多くの者達には知らないが、世の中は意外と呪い呪われに満ちているのである。


「聖者様、急患です!」


 そんな事を考えながら仕事をしていると、聖堂の礼拝堂に、一人の騎士が飛び込んで来た。

 騎士の身体のあちこちには深い爪痕が残っている。何か獣のようなモノに襲われたのだろうか。

 わっ、と思ったアルはアルは駆け寄ると、祝福の力で彼の傷を癒した。


「あ、ありがとうございます……!」

「いえいえ。どうなさいましたか?」


 傷の痛みが消えたためか、強張った顔が少し和らいだ彼に、アルはそう聞く。

 すると彼は「実は……」と事情を話し始めた。


「騎士の一人が、王都内に紛れ込んでいた人狼の対処を行っていた際に、呪いを受けてしまったのです」


 人狼とは狼の姿にも人間の姿にもなれる、半狼半人の異形の事だ。

 普段はそのちょうど中間の、二本足で立つ狼の姿を取っている事が多い。

 知性があり会話も出来るし、服や装飾品で自分を着飾ったりもする。

 かつて人狼相手に商売を行っていた人間もいたくらいだ。


 ――しかし幾ら知性があっても、人狼は分かり合えるような相手ではない。


 人狼がそんな振る舞いをするのは全て、人間エサを狩る為に必要な事だからだ。

 彼らの主食は肉。特に人間の肉を好んで食べている。

 人を騙し、陥れ、残忍な手段で狩りをするのが人狼の特徴で、この国のあちこちで被害の報告が上がっていた。


 そんな人狼だが、まだ一つ厄介な特徴がある。

 それは絶命する時に、自身を殺した相手へ、自らと同じ人狼に変化させる呪いを掛ける、という事だ。

 この呪いを掛けられた者は人狼の姿へと変化し、理性を失い暴れ回る。最初は人間に戻れるが、夜ごとに人狼の姿へ変化し。

 それを何度も何度も繰り返して精神を壊し、やがて心まで本物の人狼となってしまうのだ。


(――ただ、対処は出来る呪いではあるんですが)


 人狼は呪いを掛ける時には相手に噛み付く

 相手の身体いに突き立てた牙から、呪いを身体に染み込ませるのだ。

 なので、そこさえ気を付けていれば、人狼の呪いは回避できる。

 人狼の対処に当たっている騎士達もそれは当然理解しているはずなので、恐らく、何かしらのイレギュラーな事態が起きたのだろう。

 そんな事を考えながら、アルは解呪に必要な杖を引っ掴むと、騎士や神官達と共に大急ぎで現場へ向かった。




 ◇ ◇ ◇




 騎士に案内されて向かった先は、王都の裏通りだった。

 王都の中では、あまり治安が良くないとされるそこで、一匹の人狼が暴れ回っている。

 黒色の艶のある毛並みと青い瞳を持った人狼だ。その周囲を騎士達がぐるりと取り囲んでいる。

 人狼の身体に騎士服の残骸が引っ掛かっているのを見て、あれが呪いを掛けられた騎士だろうかとアルが考えていると、


「アズライト! おい、しっかりしろ!」

「戻って来い、アズライト!」


 剣を構えた騎士達が、人狼から一定距離を保ちつつ、呼び変えている声が聞こえた。

 その人狼に少しでも理性が残っている事を願っているのだろう。

 しかし人狼は彼らからの呼びかけに何も反応をしない。

 ただ、フー、フー、と荒い息をし、鋭い牙の見える大きな口の端からボタボタと涎を垂らしているだけだ。


(これは良くない)


 人狼と騎士達を見ながらアルはそう思った。

 理由は騎士達が流している血だ。激しい戦いがあったようで、騎士達の腕や足に出来た傷から、血が流れ落ちているのだ。

 その血の匂いが人狼をより興奮させている。


(多少強引でも、解呪をしてしまった方が良い)


 解呪には幾つか方法があるが、この様子を見る限り、力尽くでも早めに何とかしなければ、ここから飛び出して王都の人間達を襲う危険性がある。

 そう判断したアルは、杖を握った手に力を込めて、彼らの方へ近づいた。


「お待たせしました、聖堂の者です」

「っ、ありがたい!」


 アルが声をかけると、その場にいた騎士達の視線がこちらへ集まる。

 それと同時に人狼の目もアルに向いた。

 違う匂いが混ざった事で、新たな獲物・・の登場に気が付いたようだ。

 アルを見た人狼はべろり、と舌なめずりをした。


(どうやらとしてお眼鏡に叶ったようで)


 美味しそうだとこちらへ意識を向けられている内は、他の者達への危険は減るだろう。

 何よりであると思いながら、アルは片手に持っていた杖で、カツン、と石畳を叩いた。すると杖の底から、青い光が幾重も現われ、波紋のように広がり始める。

 これがアルが水の精霊の王から授かった祝福の力だ。

 

「解呪を始めます」


 アルはそう言うと、両手で杖を握り直した。

 そんなアルに向かって人狼は、ぐるぐると唸りながら近づいて来る。


「お前達、聖者様をお守りするぞ!」

「こちらへ近付けさせるな!」


 それを見て騎士達は直ぐに、人狼とアルの間に立って、壁となってくれた。

 判断も行動も迅速だ。ありがたい事この上ない。

 自分もこうでありたいものだと思いながら、アルは杖を軽く掲げる。

 すると波打っていた青い光が、今度は人狼に向かって帯のように伸び、その身体に巻き付き始めた。


「――――水を司る精霊の王の御名において」


 アルは小さく祈りの言葉を唱える。

 その言葉に呼応するように、人狼の身体に巻き付いた光の帯から、バチバチと青い火花が爆ぜ始めた。

 アルの祝福の力と、騎士の身を蝕む人狼の呪いが拮抗しているのだ。


(呪いの力が、なかなか強い)


 そうは思ったが、けれどもアルも負ける気はしない。

 杖を握る手に力を込めて、


「呪いを解く力を、ここに!」


 もう一押しと言わんばかりに、祝福の力を叩き込む。

 ――次の瞬間、

 パァン、

 と人狼の身体に巻き付いていた光の帯が、大きな音と共に弾けた。


「ッ!?」


 今までアルが解呪をしてきた中でも、見た事のない反応だ。

 アルが息を呑んだその瞬間、その光が、力が、アルの中に逆流してくる。


(しまっ――――)


 祝福の力がアルの身体に戻る。

 それと同時に、それ以外の何か・・・・・・・もまた、入って来たのを感じた。

 くらり、と一瞬眩暈がして、アルは石畳に膝を着く。

 それを見て同行してくれた神官がアルに駆け寄って来た。


「アル様!」

「だ、大丈夫、です……」


 彼女を心配させまいと笑ってそう返す。

 そのまま視線を人狼に戻すと、ちょうど同じ目線の先に、ほぼほぼ全裸の男が倒れているのが見えた。


「アズライト、大丈夫か!?」


 騎士の一人が男に向かって駆け寄って行くのが見えた。

 その名前は、彼らが人狼に向かって呼びかけていた名前だ。

 少々不可解な現象は起きたが、どうやら解呪は成功したらしい。


「良かったぁ……」


 アルがホッと安堵していると、


「あ、あの、アル様……」


 同行していた神官が、何だか気まずそうな雰囲気でアルを呼んだ。


「どうしました?」

「あの、その……耳……」

「耳?」

「尻尾も……」

「尻尾?」


 神官は、アルの頭や尻の当たりを交互に見ながら、おろおろした様子でそう言った。

 動揺しているようで、その言葉は今一つ要領を得ない。

 よく分からないが、頭に何か載っているのだろうか?

 アルは首を傾げながら、彼女が視線を向けていた自分の頭へ手を伸ばした。

 ――するとそこには、

 ふさり、

 と何だかとても柔らかくて触り心地の良い、ふわふわした感触があった。


「ん?」


 何だろう、今の感触は。

 おや、と思ったので、アルは今度は自分の尻の当たりに手を伸ばした。

 スカートの、ちょうどその辺りが何やら膨らんでいる。

 あれっと思いながら手を動かすと、裾の当たりに、

 ふさり、

 と再び同じ感触があった。


「…………」


 嫌な予感がして、アルは恐る恐るそこへ目を向ける。

 するとスカートの裾から、銀色をした獣の尻尾の先が見えていた。

 尻尾。

 もしかして、頭にあるのも同じだろうか。

 アルは緊張しながら神官へ顔を向けて、自分の頭を指さした。

 神官は神妙な顔で、こくり、と頷く。


「うわーーーーっ!?」


 直後、アルは思わず叫び声を上げたのだった。

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