断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました 3
「やはり散らすには惜しいな。俺が王となれば、お前を男子に戻し、我が近衛の騎士として迎えてもよいが?」
それは破格の条件ではあったが、レティシアは迷うことなく「お断りします」と再び返した。
もはや言葉はいらないと察した、両者は剣を構える。赤銅の獅子の公爵の体躯は天井をつくばかりであり、たいしてのレティシアはその背の半分とは言わないが、細く儚く見えた。二人の見た目からすれば、勝敗ははじめから明らかに思えるほど。
最初の一撃の激突で、レティシアはその衝撃に顔をしかめた。やはり獅子の剣は重い。狐である自分は種族的にも、体格的にもまた劣る。お前の剣は巧みではあるが、重さはまったくないと、大叔父にも散々注意された。
まともに受ければ力負けするのは、初めからわかっていた。レティシアは剣にまとわせた風の魔法で、その力を拡散させて受け流しただけでなく、びきびきと公爵の足下を凍らせ、身動きできないようにしようとする。
「ほう、多少はやるか。小手先の術など私には通用しないぞ」
じゅうっとその氷は溶けて水になるどころか、たちまち湯気となって消えて行く。銀狐であるレティシアが風と水の魔法を使えるのに対して、獅子である公爵は炎の強力な魔法を持つ。己の身体を発熱させて、氷をとかすなど容易いことだ。
だけでなく。その赤銅色のたてがみのような髪を振るえば、炎が飛んでレティシアが後ろにかばう、小さな王に飛ぶ。
危ないと、とっさにレティシアは跳んでさがりながら、風魔法で薄い膜を作って小さな王を、その炎の玉から守る。
しかし、公爵はそれで攻撃の手を緩めることはなかった。相手が弱者であっても、己の猛攻をそそぐのが獅子とばかり、その剣がロシュフォールの白く小さな顔に迫る。
それもレティシアは、彼を抱いて跳んでかばうことで間一髪よけた……つもりだった。
「っ……!」
左の顔半分に灼熱の感覚が走った。片方の視界が真っ赤に染まり、次に黒く塗り潰されたように失われる。
ギイの剣先がレティシアの顔半分と左目をかすめたのだ。遅れて顔の半分がぬるりとしたもので覆われる。細いあごから滴る血が、白い下着を赤く染める。
「レティシア!」
さけぶ少年の声にこの方は自分の名を覚えていたのか?とぼんやり思う……暇はなかった。
少年を抱いて跳んだレティシアを追い掛けるかのように、ギイの一振りがうなり飛んだ、その剣圧だけで小さな少年の身体には、致命傷だろう一撃が飛んだのだ。
とっさにレティシアはロシュフォールの身体を突き飛ばして、その衝撃を自分の身体で受ける。床に転がりしたたかに打ち付けられた。
全身に走る痛みを堪えて、よろよろと立ち上がると「レティシア!」ともう一度名を呼んで、ロシュフォールが駆け寄ってくる。
その小さな王を背後に庇い、レティシアはこちらにゆっくりとやってくる、ギイに向かい剣を構えた。剣がひどく重く感じる。
「あきらめてはなりません」
その小さな声は後ろにかばう王に対してだった。
「私を盾にして、少しでも時間を稼ぐのです」
援軍は絶望的かもしれない。ギイこそ、この国の全軍を率いる将軍であり、近衛も彼に従っている状態なのだ。それでも……。
「王であるあなたは、生きることが役目です」
「……もういい」
レティシアの後ろから横に出るロシュフォールを「危険です、後ろに」と言いかけて、レティシアは異変に気付いた。
自分の剣を持つ手に添えられた彼の手が炎のように熱い。いや、それだけでなくこれは子供の手の大きさだろうか?
力一杯握り締めていたはずの己の手から剣がするりと抜き取られる。自分の前に歩み出た光り輝く彼の姿に、レティシアは片方だけの蒼の右目を見開いた。
十歳ほどの小さな子どもの姿ではなく、光をまとった彼は、レティシアと同じほどの背丈となっていた。いや、まだまだドンドン大きくなっている。
ぶちぶちと布のひき裂かれる音。子供用に仕立てられた豪奢な王の衣装が破れて、下からのぞくのはかがやくばかりの若馬のようなはりのある白い肌。広い背中に、すらりと伸びた腕に脚。ほどよく筋肉のついた至高の彫刻家が刻んだ彫像のような姿だ。
くるくる巻き毛の首が見えるあたりで切りそろえられていた髪も伸びて、肩に着くほどの長さになる。まさしく獅子のたてがみがごとく、太陽の金色に輝くそれ。
背を向けられているレティシアには分からなかったが、神像のように美しく整った青年の顔。その二つの双眸は髪と同じく黄金色で、ひたりと驚愕の表情のギィを見据えた。
「馬鹿な、今さら力を解放したというのか?遅いわ!剣の使い方もわかるまい!」
ギイの振り上げた剣は、がきりと受けとめられた。炎の力を込めた目の前の相手の肩口から胴を切り裂くはずの一撃だった。だが、それは相手の持つ片手一本の剣によって受けとめられていた。
剣はまばゆいほどの黄金の光に輝いていた。びりびりとはしるのは雷だ。獅子の力は炎であるが、真の王族はさらに光の魔力を持つ。
ぱちりと光の剣に稲妻が再び走り、重ねたギイの剣に亀裂がびしりと走り砕け散る。
そして、その瞬間ごうっとうなった、ロシュフォールの剣がギイの身体を切り裂いていた。彼がそうするつもりだった、肩から胴に。
痛みも苦痛もない。ただ「馬鹿な……」という表情でどうっとギイの巨躯が仰向けに倒れる。周りの近衛の騎士達は動かない。それに「ひざまずけ」とロシュフォールが告げる。「僕……」と言いかけて「俺」と言い直す。
「俺が王であり、この戦いの勝者だ。従い頭を垂れろ」
それは先ほどまでの甲高い少年の声ではなく、朗々と響く若々しい男の声だった。彼らは一斉にひざまずいた。
獅子を王に頂くこの国では、力こそ正義だ。もはや、勝敗は決した。
そしてロシュフォールは後ろを振り返り、床に倒れているレティシアに駆け寄り、抱き起こした。
「レティシア!レティシア!しっかりしろ!」
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