断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました 2
最近流行の二つの胸の膨らみの上半分をさらすような、そんなはしたないドレスではなく、胸元をきっちりおおった古くさいドレスの胸元のボタンを外し、胸の二つの詰め物も放り投げて、レティシアは真っ平らな、どこからどう見ても男の胸をさらした。
「はあああああああっ!?」とドミニクは目玉がこぼれそうなほど目を見開く。広間にいた貴族達も同じような表情であるし、今の今まで、まったく関心なさげにしていた、ロシュフォールもまた、その子供らしい大きな黄金の瞳を丸くしてこちらを見ている。
「さて、ドミニク様。男である私が、その殿方達をどうやって誘惑したのです?あげく、どこをどう逆立ちして神様の摂理に反して、子供を身籠もれたと?」
形勢は一気に逆転して、ドミニクとその後ろに下僕のようにしたがう貴族の子息達は、青くなって口をぱくぱくさせている。それでもしぼり出すように「男でありながら、女の姿で世間を騙していたなど……」と言っている者もいる。
たしかにそれで国王の愛妾として王宮にあがろうとした、レティシアの罪も重いが、あらぬ罪をでっち上げてレティシアを陥れようとしたドミニクとその取り巻きの罪とてもどっこいだ。
しかし、この場をどうやっておさめるべきか?という、気まずい沈黙が満ちた広間の静寂を破ったのは、大勢の足音に広間の赤と金で彩られた両開きの扉が乱暴に開かれる音。
乗り込んできたのは赤い近衛の制服を着た騎士達と、それを率いている壮年のギイ・ドゥ・テデスキ公爵。王族の証である獅子の耳と尻尾を持つ、赤銅色のたてがみのような髪と顔の下半分を覆う髭生やした堂々たる体躯の男だ。椅子から思わず飛び降りたロシュフォールが「叔父上?」と声をかける。
「このような茶番をいつまで続けるつもりだ」
それは獅子の吠えるような声であった。そしてロシュフォールをギイはひたりと見すえた。
「とっくに成人している年齢だというのに、子供の姿のまま、政を大臣や貴族共のおもうがままにさせ、次の王を成すという義務さえ果たさぬ偽幼君などいらぬ!
ロシュフォール、お前にたいした憎しみはないが、一つの玉座には一人しか座ることは出来ぬ!その命、この俺の手で刈り取ってやろう!」
国王に剣を向けるなど反逆罪だ。だが、腰の剣を抜き放ち、大股で歩み寄るギイの行く手を遮る者などいない。どころか、誰一人、王を守らず着飾った貴族達は逃げまどう。大広間のすべての入り口を押さえた公爵配下の近衛の兵士達に槍をむけられて、みな青ざめ固まっているが。
そんな中、すっ……と動いたのはレティシアだった。彼は己に風の魔法をかけて滑るように、公爵の後ろに従う、狼の耳と尻尾を持つ騎士の一人から腰の剣を抜いて奪い取った。
その騎士があわてて、手を伸ばすがこれを容赦なく剣の腹でたたき伏せた。ゴキリと嫌な音がしたから、骨が折れたのだろう。騎士がうめいて腕を抱えてうずくまる。
他の騎士達がレティシアの前に立ちはだかろうとするが、これを剣に魔力をのせた一振りでかまいたちを起こす。突然の突風と、腕や顔を見えない鋭いカミソリの刃で肌切られて、その痛みに彼らはひるむ。致命傷ではないが、すきを作るには十分だ。
レティシアはドレスの下の木枠のパニエの重さなど全く感じさせない動きで跳ぶ。我先にと逃げ惑う貴族達が誰一人守ろうとしなかった、ロシュフォール。幼い姿の王の前に立つ。
恐怖で涙で潤んだ大きな黄金の瞳と、レティシアのどこまでも冷静で清んだ蒼の瞳が重なったのは一瞬だった。
彼はくるりと小さな王をその背にかばうようにして、向き直った。近衛の騎士達を後ろに引き連れて、自分達の前に立つ、赤銅色の獅子の公爵に。
「誰もが自分の王を捨てて逃げ惑う者の中、残ったのは娘……いや、青二才一人か?」
ギイの赤銅色の瞳が、レティシアのドレスのはだけた胸元を見てから、また白いその顔に戻る。威圧感のある獅子の瞳の視線を、レティシアは鏡のような蒼の瞳で跳ね返した。
「たった一人、その頼りない王を守ろうとする気概はみとめてやる。命は助けてやるから、そこを退け」
「お断りします」
レティシアは即答した。背後にかばったロシュフォールが少年の甲高い小さな声でつぶやく。
「お前、殺されるぞ。どうして、僕などかばうんだ?」
「あなたが王だからです」
レティシアが一瞬振り返って告げ、そして、目の前の男に向き直った。
彼にとってはそれ以外の理由などなかった。この幼い子供の容姿をした者は王であり、貴族である自分は彼を守る“義務”がある。
父でも母でもなく、唯一、敬愛する人物である大叔父は言っていた。
「おのれの誇りに殉じて死ね」
と。
ならば、レティシアは自分の誇りに従う。誰もが見捨てたこの子供の姿をした王を守ると。なぜなら彼は王であり、この国に生まれた魔法騎士たる自分が守るべき王だ。
それは盲目の忠誠心などではなく、貴族たる者の義務である。
「その子供の皮を被った臆病者が王というだけで、お前は守るというのか?」
からからとギイは笑う。「王か、王か、そうか王か」と赤銅色の瞳をギラリと光らせる。
「ならば、俺はお前という薄っぺらな盾を跳ね飛ばし、その小僧の首をはねて、己の力で己の頭に王冠を載せるのみだ。俺が王となる」
もはやどんな言葉も二人のあいだには、無意味であると。お互い剣を構え、戦う者同士、すべてを悟った空気がそこにあった。
「少し、お待ちくださいますか?」
「なんだ、臆病風に吹かれたか?」
「いえ、この窮屈なドレスとパニエを脱ぐ時間をください。公爵閣下は戦いやすいお姿だというのに、私のこの姿はあまりにも不利でしょう?」
「ん、まあそうだな」
腕組みをしたギイを前に、レティシアは、そのドレスを脱ぐのではなく、己の剣でひき裂いた。後ろのボタンを世話係のメイドに外してくれと頼めない以上、これが一番素早いからだ。
パニエもコルセットの紐も切って、そして白く裾の長い下着姿となる。ほっそりとした姿は、ギイが言う通りにまったく頼りなく薄い盾に見えた。背後に震える小さな子どもの姿をした王様を守る。
だが、レティシアの蒼い瞳には静かな炎が揺れていた。目の前の威圧を漂わせる赤銅の獅子の姿にも、この氷の銀狐は一歩も引かず、すっくと立つ姿はどんな強風に吹かれようとも、散らない白い百合を思わせる。
下着姿になってみれば、その細いが真っ直ぐな身体の線は十七歳の小柄な少年のものであった。本来はあられもない倒錯的な姿であるというのに、その美しさにギイの後ろにいた近衛の騎士達も、一瞬見とれて、そしてハッと我に返ったように険しい表情をとりつくろう。
これには「ほう」とギイは目を細め。
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