断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました 4
「破滅の時は必ずやってくる」
それが敬愛する大叔父の言葉だった。
黒狼の魔法騎士として宮廷に仕え、なんらかの理由によってその宮廷を辞して、田舎へと隠遁した。甥夫婦が亡くなり身寄りを無くした若い姪をひきとって、生活のために辺境伯であるレティシアの父に、私兵の指南役として仕官した。
狐の美しい姪がその領主に目をつけられるのは時間の問題であった。大叔父は姪にけしてこの恋は報われないだろうことは忠告した。身分からして彼女は正妻にはなれないともだ。しかし、恋愛は自由であるから彼はそれ以上口出しすることはなかった。
田舎娘などすぐに飽きられて捨てられるだろうと、その傷心の姪を慰めて、堅実な男と家庭を持てばよいと、自分の考えが甘かったと大叔父は、いつものチェスをしながら、レティシアに苦々しく語った。
姪が、レティシアの母が身籠もるまでは……だ。妊娠が分かると、彼女は正式に辺境伯の城に迎えられて一室を与えられた。
そして運命の日はやってくる。産まれたレティシアは、珍しい銀狐……であるが男子だった。が、母親は辺境伯に女子であるといつわって報告した。
辺境伯は喜んだ。狐の女は美人ぞろいだ。まして銀狐ならばなおさら、王に側女として差し上げれば、自分も華やかな王都の貴族社会の仲間入りが出来ると。
なぜそのような嘘をついたのか?と大叔父は姪を責めたが、レティシアの母は泣きながら言った。身籠もっているときに辺境伯に言われたのだと。
「産まれた子供が狼の男子ならば、うちの一族にくわえる。女子でも同様。狐の女子ならばなおさら、美しく政略結婚に使えるであろう。
だが、狐の男子ならば不要だ。すぐに始末する」
と。
息子を守るために彼女は嘘をついたのだ。だが、そのような嘘はすぐに破滅の日がやってくるに違いない。生まれた男子に生きる術を大叔父が教えた。貴族の婦女子たる教育を受けながら、それは秘密裏に行われた。剣に魔法の扱い、そして、チェスを使っての戦略。
チェスをしながら大叔父は様々なことを語り、そしてくり返した。
「破滅の時は必ずやってくる」
「悪手を打っても生き残れ」
「おのれが誇りに殉じて死ね」
これを胸にレティシアは育ったのだ。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
目が覚めると視界の半分はなにかに覆われていた。あとの半分はまぶしい光。いや、これは黄金だ。黄金の獅子のたてがみのような巻き毛。それに縁取られた精悍な顔が、レティシアをのぞきこんでいる。
「レティシア、気がついたのか?」
「ええ、あなたは?」
そう訊ねれば、目の前の青年は一瞬痛みを堪えるような顔をする。
「俺だ、ロシュフォールだ」
それにレティシアは「ああ」と気を失う前のことを思い出す。側室となるお披露目でドミニクのいわれなき告発を受けて、自分を男と明かしたこと。そのあと大広間にやってきたギイ・ドゥ・テデスキ公爵の反乱を。
「お前の左目とその傷だが、叔父上の魔力で傷つけられたものだ。全身の打撲はすみやかに治癒させることは出来たが、傷をふさぐ以上のことは出来ないと」
つまりは失明。傷跡も残るということかとレティシアは「はい」とうなずいた。それにロシュフォールがなんとも言えない顔をした。
「泣かないのか?」
「それで左目が治癒するならば、タマネギを用意してきてもらいますが」
無駄なことはしない。それに片目は残っているのだ。当初は多少の不自由はあるだろうが、そのうちなれるだろう。
「お前、変わっているな」
「そうでしょうか?」
レティシアは小首をかしげた。細く薄い肩に、さらりとその青みがかった銀糸が流れる。それにロシュフォールが思わず見とれる。美しい髪のきらめき。細い首筋に寝間着からのぞく、貝細工のように美しい鎖骨……とまで視線を移して、さりげない様子で視線をそらし、咳払いを一つする。
「ともかく命を救ってくれたことに感謝する。俺から与えられる褒美ならば、なんでも与えよう。望みのものを言うがいい」
家臣が働きを見せれば、王が褒美を与えるのは当然であり、レティシアは少し考えたが、己の望みは一つしかなかった。それを口にしようとしたとき「大変です!」と王付きの書記官が飛び込んできた。
「ゲレオルク国の軍が国境のメオン川を渡ってこちらに侵入してきたと」
ゲレオルク国はサランジェ王国の西方に位置する国だ。
なるほどギイ・ドゥ・テデスキ公爵の反乱と、その彼が倒れたときいて、さっそく領土をかすめ取りにきたかとレティシアは考えた。
ギイ・ドゥ・テデスキ公爵は国軍を率いる大将軍であり、その武勇は周辺国にとどろいていた。彼が反乱を起こした末に失敗し倒れたとあれば、絶好の機会だと他国は思うだろう。ここで、ゲレオルクの軍の侵略を防げなければ、他の周辺国もサランジェに群がって、己が領地を増やそうとはぎ取っていくだろう。
「陛下。親衛隊の者達は今どうしていますか?」
公爵の反乱に彼らも荷担したのだから、当然しかるべき処分は受けていると思ったが。
「兵達は上官に命じられただけとのことで、兵舎にて謹慎だ。将校の騎士達は牢に放り込んである」
「賢明な措置です。では、兵達の謹慎をさっそく解き、将校達も牢から出してください」
「なんだと?」と驚くロシュフォールにレティシアは「戦力は今、少しでも欲しいでしょう」と淡々と語る。
「陛下の寛大なる御慈悲によって、反乱の罪を許し、この国難に立ち向かえと命じれば、彼らは名誉挽回のためにそれこそ、死に物狂いで戦うはずです」
「反乱を起こした親衛隊が最前線で奮戦する姿をみれば、他の兵士の志気もあがります」と続ければロシュフォールは「捨て駒か?」と訊ねる。
「親衛隊は本来、王のそばにて守るものだ。それを最前線に配するなど」
「いいえ、公爵が鍛えた最強の魔法騎士部隊です。これを王の周りの飾りとしてどうしますか?強い武器ほど一番に使い、敵をひるませるべきです」
「では、率いる将軍はどうする?大将軍はもういないのだぞ」
たしかに全軍を掌握していた公爵はもういない。だが、レティシアは「心配ありません」と返した。
「私の目の前に、その大将軍を倒した偉大なる王がいます。これ以上、適任たるお方がいるでしょうか?」
すでに大広間にて近衛と貴族達にロシュフォールはその強さを示したのだ。そしてなんの力も持たない子供の姿から、黄金の獅子のような青年の姿となったこの王をみれば、全軍の志気は当然大いにあがるだろう。
「それから、先ほど陛下がおっしゃった、私に対する褒美ですが」
「あ、ああ」
「男に戻ることをお許しください。また、いままで女の姿で世間をいつわってきたことに対する、私と私の家族に対する許しを」
「もちろんあたえる」
それにレティシアは初めて「ほう……」と多少感情めいた、そんな息をついた。正直これで、自分が王の愛妾として宮殿にあがることに、この世の終わりのごとく青ざめていた母の心配はしなくていい。
辺境伯の父や腹違いの兄弟のことなど、どうでもいいが。
「それからもう一つ。私を王軍にお加えください。魔法騎士としての技量は先にご覧になった通りです。今回の出兵にくわえて頂くことも希望します」
男に戻ったのはいいが、無職なのも途方にくれる。一騎士として、今回の戦いで成果を上げることをレティシアは考えていたのだが。
「お前がこたびの戦いに加わるのは当然のことだ。俺の参謀としてな」
その言葉にレティシアは蒼の瞳を大きく見開いたのだった。
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