鎖で繋いで
鎖で繋いで(1)
大切なお友だちへ。
絶対に”最後”まで読んでね!
あなたは一番の友だちに選ばれました!
このメールを受け取ったら、あなたも一番の友だちを一人だけ選んで、文章を変えずに二十四時間以内に転送してください。
たくさんの人に回すのは禁止です。
誰にも送らないのも禁止です。
約束を破ると、あなたは呪われます。
友だちや、家族、大事な人にまで影響が及びます。
必ず、一番の友だち”一人”だけに送ってください。
***
通常授業が始まってしばらく。一年の教室が並ぶ廊下には、入学後に行った基礎学力テストの結果が貼り出されていた。
教科ごとに上位数名の名前が表記されており、その全てに見覚えのある名前が並んでいる。
『
月守はあっという間に一年生の間で注目されるようになっていた。学級委員長の名に恥じない成績、一部で天使などと称される容姿。誰にでも優しく物腰柔らかな口調。好かれる要素が揃っている。その上気配りもできて、少しでも困った様子を見せると月守は誰であろうと手を差し伸べるようなできた人間であった。
それでも月守がとりわけ気に入っているのは
短所があるとすれば、少し不器用で抜けているところだろうか。教師によく仕事を任されているらしいが、無茶をして大量のノートやプリントを床にぶち撒けるなんてざらにある。
そういう部分も『逆に良い』などと言われてしまえばそれまでなのだが。
「おはよ、下田。遅刻しないで来られたんだね」
「バカにしてんのか」
「え、違うよ!」
例に漏れず今日もわざわざ机までやってきた月守の挨拶を軽く躱す。
日に日に勝手に距離が縮んでいく。そのうち変なあだ名なんかも付けられ兼ねない。
「じゃあ、今日も一日頑張ろうね」
月守が満足げに笑って自分の席に戻った直後、肩に衝撃が来る。
反射的に後ろを振り返ると、茶髪の男がにやりと笑った。
「むかつくよな、ああいうやつ」
「……お前誰」
「あ?
そこ、と指差す先は下田の席の右斜め前。未だに月守からもらったノートを見返すこともなく、特にクラスメイトに興味も持たなかったので、名前など全く覚えていない。
「初日から目ェつけられちゃって、毎日絡まれてかわいそーだなって思ってさ。お前もあいつのこと嫌いだろ?」
「別に好きでも嫌いでもないが」
「でもさあ鬱陶しいだろ、誰にでもいい顔しちゃって。俺ああいうの大嫌いなんだよ」
あからさまに月守の悪口を並べて、嘲笑する。月守とは正反対の笑みだ。
敵は作り兼ねないとは思っていた。なんでもできる人というのは得てして恨みを買いがちだ。
「愚痴を吐きたいなら他所でやってくれないか」
「冷たいねえ。でもそういう方が好感持てるよ。ここにはバカみたいな女と盛ってる男しかいないし。全員で群れて仲良しごっことか、そういうの下田は嫌いだと思ったんだ」
「だから、群れないやつらで群れようって?」
「は、痛い所衝くね。でも二人じゃ群れって言わねぇだろ」
集団が苦手なのは否定しない。下田はオリエンテーションで写真を撮りに行った時のことを思い出していた。半年も集団から離れていたせいかわからないが、このクラスは特に仲が良いように見える。つまり、群れている。
多数派が群れているようにまた、少数派も同じようにいて、群れている。どこへ行っても誰かと誰かが一緒にいる。一人でいるのはいつも自分くらいだ。少なからずその自覚があった。
「いくら仲良しごっこが嫌いだからって、さすがに一人は不利なんだよ。だからさ、とりあえず連絡先交換しねえ?」
「なんでそうなる」
「お前なら信用できると思ったんだよ! あんな集団に流されないでいるお前なら」
肩を強めに叩かれる。馴れ馴れしい。また面倒なやつに目をつけられてしまったと思った。これは自分の行動を改めるべきかもしれない、と一人で脳内反省会を始めようとしていると、佐久間は勝手に下田の鞄を漁り出した。
「おい!」
「あ、あったあった。大丈夫だよ別に迷惑かけねえって」
「その行動が既に迷惑なんだが……」
佐久間は勝手に下田の携帯を取り出すと慣れたようにポチポチと操作して、何事もなかったかのように携帯を渡した。
「ほい。俺の連絡先も入れといたから。二人組必須の課題とかあったら協力しようぜってそれだけ」
ああそれから、と席に戻る前にもう一度振り返って佐久間が言う。
「俺がサボった時はノートとか見せてな」
いいように使われそうな気がした。
授業が一段落し昼休みに入る頃、月守は再び下田の机まで駆け寄ってきた。
「朝、何話してたの? 佐久間くんと」
「別に、大したことは話してない」
「そう……仲良くなった?」
「……」
月守は何がそんなに楽しいのか、わくわくしながら聞いてくる。
何とも言えず沈黙を貫くと、大方察したのか切り替えるようににこりと笑って、下田の顔を覗き込んできた。
「ねえ、お昼休み、ちょっとだけ時間あるかな」
他の生徒たちは購買やらコンビニやらへ向かったのか、教室は閑散としていた。佐久間の姿ももう見えない。
今日の昼は朝買った菓子パン一つだ。食べるのに大して時間もかからないだろう。
断る理由がなかったのと、佐久間の先程の言い様に若干の同情もあって、大人しくついていくことにした。
「人助けしないか?」
連れて行かれたのは案の定保健室であり、
「なんすか急に」
「ボランティア活動。掲示板にも貼ってあったろ。参加したら内申点上がるし、大学受験にも有利だ。何より、人の役に立てる」
大袈裟に両手を広げてそんな話を続ける海沼は、どこかわざとらしい。
「遠慮します」
海沼は下田の即答にもうんうんと頷く。
「断られるとは思ってたよ。面倒くせえもんなあ」
「さっきから先生らしからぬ発言は大丈夫なんすか」
ソファにふんぞり返りながら、海沼は続ける。
「経験ってのはな、絶対無駄にはならないんだよ。学生のうちに色々やっといた方がいいぞー? やらないよりやった方がいいのは確実だ。やらなかった俺が言うんだから間違いねえよ」
「説得力があるんだかないんだかわからないっすね」
「知らなかったことも知れて、結構楽しいよ?」
月守も海沼の横でにっこりと笑って言う。月守は既にボランティア活動まで行っているらしい。教師の手伝いまで積極的にしているのだから、やっていてもおかしくはない。しかし、どこにそんな時間があるのだろう。
「時間も頻度も自由に決めていい。土日でも平日放課後、少し顔を出すだけでもな。場所は学校から少し距離があるが、俺が車を出してやる。まずは月守のを見てるだけでもいいぞ」
「見てるだけって……一体何するんですか」
「話し相手になる。それだけだ」
海沼は机の下に忍ばせていた冊子を取り出して下田の前へ置いた。
「高齢者福祉施設と児童養護施設が一体になっていてな。人手不足とかで、学生の傾聴ボランティアを募集し始めたんだよ。まあ、言っても大人のスタッフはもちろんいるし、緊急時は助けてくれる大人が周りにたくさんいるから、そこまで気負わなくていい。俺も大体はついてるしな。あとはお前が人の心に寄り添えるかどうか、だ」
下田は冊子を見下ろして口を噤む。人と関わることを意図的に避けてきた自分にそれができるとは思えない。
それに何より、話し相手になるというその内容自体が、拒否する理由に事足りるのだから。
「ゴミ拾いくらいならやってもいいですけど、これは無理です」
「……そうか。まあ無理強いはしないよ。また気が向いたらいつでも教えてくれ」
海沼は意外にもすぐに引き下がる。ボランティア活動はやるもやらないも自由だ。きっと少し勧めただけなのだろう。人手不足ということだったので、本当に困っているのかもしれない。だとすれば、何も下田にだけ声をかけているというわけでもないだろうし。
多少の罪悪感を覚えながらも、なんとか自分自身への言い訳を重ねて納得させる。それに未だに引っかかるのだ。海沼はともかく、月守はやたらと下田に構いたがる。ボランティアのことだって、月守が海沼に頼んで下田を誘うよう仕向けたと考えられなくもない。
理由のない好意は不気味でしかなかった。悪い人間とも思えないが、本心が見えない。
なぜそこまで”良い人”でいられるのか、下田には理解し難かった。
帰宅するとすぐにソファへ飛び込んだ。やっと一人になれたような気がする。
月守や海沼だけじゃない。今日は佐久間のこともあってなんだかどっと疲れた。やはり落ち着く場所は家だけだと、天井を見上げて寛いでいたところに、携帯が鳴る。
幸いすぐに音は途切れた。メールだろう。
「……はあ」
下田は大きな溜め息を吐いた。下田に連絡を寄越すのは基本家族だけだ。両親と兄が一人。今住んでいるこの家も元は兄と二人暮らしだったが、滅多に帰ってこないため実質一人暮らしのような生活をしている。できれば今日は文面上ですらもう誰とも会話したくないところだが、と携帯を確認すると、差出人に見覚えのないアドレスが表記されていた。
ただ、心当たりならある。佐久間だ。アドレスの文字列からしてもおそらくそうだろう。
「はあー……」
下田はもう一度深い溜め息を吐いた。渋々本文を確認するが、そこに書かれていたのはおよそ佐久間が書いたとは思えない文章だった。
『大切なお友だちへ。絶対に”最後”まで読んでね! あなたは一番の友だちに選ばれました!』
そんな文言から始まる、所謂チェーンメールだった。中学でも一時期流行っていたような気がするが、何日以内に何人に送らなければ呪われるなどというものが多かったはずだ。
その形式に則った内容が書かれてはいるが、『このメールを受け取ったら、あなたも一番の友だちを一人だけ選んで、文章を変えずに二十四時間以内に転送してください』と、人数は一人に絞られている。できるだけ拡散しようとする内容が多いイメージだったので、少し珍しいと思った。案の定最後には呪われますといった文が残されており、自分だけでなく友だちや家族などにまで影響があるなどと脅し文句まで添えられている。メール内容は佐久間が受け取ったであろうものをそのまま転送してあるだけで、佐久間からの追記などは何もない。アドレス交換直後に送るのがこれか、と呆れてもう一度溜め息を吐くが、ふと、最初に強調してある文字が気になった。
最後。
文章が終わった場所から、どこまでも下へ下へ空白が続いている。転送ミスかとも思ったが、なんとなく引っかかってスクロールを続けた。
カチカチカチ、とボタンを押す手が速くなる。
——そうしてしばらく下へ移動すると、突如URLが現れたのだ。
明らかに怪しい。こういうのは無視に限るのだが、あまりにも焦らされたせいで、好奇心が止められずにいた。
暫し悩んで、無駄に空白部分を行ったり来たりと繰り返す。
一度は画面を閉じてみたりもした。だが、気になる。
「……」
詐欺なら詐欺で、それまでだ。まあ、なんとかなるだろう。
まさかクラスメイトから送られてきたメールにくっついているのが、そこまで悪質なものとも思えなかった。思いたくなかった、という方が正しいかもしれない。
意を決して、下田はURLを選択した。
「うわ、」
突然画面が真っ黒になった。そして、大きく文字が登場する。
『盟静高校裏掲示板』
”裏”部分だけを赤文字にしていて、あとは黒背景に白文字で文章が続いている。いかにも、といった感じだ。掲示板には既に数え切れないほど多くの投稿がされている。ぱっと見ただけでもあまり気持ちの良いものではない内容が書き連ねられていて、見ているだけで気が滅入る。
佐久間も相当ストレスが溜まっているのかもしれない。知らないだけで、クラスの生徒たちも、ここに気に入らない生徒や教師の悪口を書いているのだろうか。
改めて人間関係の面倒臭さにうんざりしていると、最新の投稿を見つけた。
つい先程書かれたものだった。
「……は」
そこに書かれていた単語にまず目を留め、何度か文章を読み直す。文字だけを追っていても音しか入ってこない。ただひたすらに、その二文字が脳内をぐるぐると回って。
『一年の中に■■を自殺まで追いやった奴がいる』
伏せられた字が何かわからなくても、自分の中では容易に想像することができる。
気がつけば、投稿の削除方法を探していた。汗で手が滑る。
管理人に問い合わせれば削除できるという文言を見つけたところで、手が止まった。
これでは、自分だと言っているようなものではないか。
「……く、そ」
震える手で、掲示板を閉じた。やはり見るんじゃなかった。
詐欺なんかよりよほど悪質だ。
そして、脳内を埋め尽くすのは一つ。あの学校の中に、過去の自分を知っているやつがいるかもしれないということ。
こんなにもタイミング良く送ってきたあたりを考えるとまずは佐久間を怪しむべきだろう。しかし、そういえば月守は下田が名乗る前に下田の名前を呼んでいた。先生に聞いたと言っていたが、果たして本当だろうか? 海沼は? 教師伝いで何か聞いている可能性もある。考えれば考えるほど、この世の全員が敵に思えてならない。
この掲示板を、クラスの何人が見ているだろう。明日、この投稿を見た生徒たちはどんな気持ちで一日を迎えるのだろうか。何より自分は、どんな顔をして明日登校すればいいのだろう。
環境が変わればうまくやれる気がしていた。誰も、何も知らない場所で、ゼロから人生をやり直すかのように。
次は失敗しないと言いながら、何度でも同じ過ちを繰り返す。
当然だ。だって自分の中身は、何も変わっていないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます