開かずの扉(5)

 翌日。その場に居合わせたという理由で下田を含めた月守、海沼、田村の四人で例の彼女に会いに行くことになった。オリエンテーション期間は早めに下校できるため、まだ明るいうちに海沼の車で移動することができた。

 彼女は今は高校で元気にやっているらしい。

 海沼の幼馴染とやらは随分優秀な探偵のようで、あっという間に連絡先を見つけ、会う約束を取り付けてくれた。

 いきなりほぼ知らない人間たちが押しかけるのはいかがなものかという話は出たが、海沼の幼馴染側で話をつけてくれたらしく、田村がどうしても謝りたいことがあるという旨を伝えれば快く承諾してくれた。彼女は、田村のことを覚えていたのだ。

 待ち合わせ場所へ到着すると、母親と一緒に彼女が来ていた。こちらも一応保護者の立ち位置で海沼がついている。向こうの母親は海沼が教師だとわかると安心したようで、とりあえず子供達に任せようということで話が落ち着いた。

 下田と月守は海沼の車で待機することになった。少し遠くのベンチで二人、話している様子をなんとなく眺めながらぼうっとする。

「うまくいくといいね」

「……ああ」

 助手席にいる月守と後部座席にいる下田の間に特に会話はないまま、一時間ほどすぎたところで、彼女らに動きがあった。なんだか二人とも幸せそうな表情をしていたように思う。

 ここからは田村に聞いた話だ。二人きりになった彼女たちはまず、再会を喜んだ。元気そうな姿に田村も、彼女も喜んでいたという。近況を聞くと、今は友達こそ少ないが、信頼できる友達は一人だけいると。その子もまた小学校の頃はいじめに遭っていたが、だからこそお互いに優しくなれる、良い関係。

 田村は安堵した。その隣にいるのは自分ではなかったが、代わりに大切な人を見つけられたのだ。彼女はもう一人ではない。

 当時助けられなくて申し訳なかったと、田村が正直な気持ちを全て彼女に話すと、彼女は涙を溢した。そう思ってくれている人がいて嬉しいと。

『田村さんみたいな人がいるって気付けていたら、あの小学校でもなんとかやっていけていたかもしれないね』

 優しく笑う彼女に、田村もまた、同じように涙を流した。


「わたし、もしもまた助けを待っている人に出会ったら、ちゃんと助けてあげられるようになりたいって思った」

 帰りの車内で話を終えた田村は心なしかすっきりしたような表情でそう付け足した。

 助手席の月守は後ろの田村と下田を振り返りながら笑う。

「よかった。田村さんもうすっかり顔色もいいみたいだし。あの子と連絡先交換したの?」

「うん。だけど、たまにメールするくらいになるかも。わたしも、今はこの高校で頑張っていきたいんだ」

「きっとすぐたくさん友達ができるよ。おれたちももう友達だし!」

「ありがとうね、色々と」

 田村はきっともう大丈夫だろう。田村もまた、いつか気の合う友人を見つけて、楽しくやっていくのだ。下田はどこか遠くを見つめて、思う。

「月守くんみたいに、なれたらいいな」

 田村が横で小さくそう呟くのを、下田だけが聞いていた。

「そういえば田村、家はどこだ? もう遅いしみんな送ってくよ」

 あたりはすっかり暗くなっていた。田村が住所を伝えるとまずそこへ向かう。女の子を夜遅くまで出歩かせるのはいけないだろう、と優先することになった。海沼はいい加減そうに見えて、意外と常識があるのかもしれないと下田は密かに感心していた。

 田村を送り届けた後。月守があ、と声を上げた。

「学校に忘れ物した! 先生、学校寄ってもらっていいですか? 下田くん送り届けてからでいいので……」

「お、りょーかい。下田の家は?」

「あ。いいっすよ別に、学校寄ってからでも」

「ごめんねえ」

 夜の学校は昼間とは比べ物にならないほど不気味だ。まもなく車が学校へ到着すると、その異様な雰囲気に尻込みしてしまう。

「下田くん、怖かったら一人で車で待っててもいいよ」

「その方がこえーだろうが」

「怖いのは怖いんだ」

 海沼が携帯を構える。すると赤、青、黄色、と順番にカラフルなライトが点滅する。大して明るくはない。

「そのライト普通にできないんすか」

「なんだよ、こっちの方が楽しいだろうが」

「暗いんですよ」

 下田がスライド式携帯を構えると、多少は明るさが増した。

「電気どこだっけなあ。廊下のはあんまり詳しくないんだよ」

 もう学校には誰もいない。海沼がいるお陰で入ることができたが、本来はここに居ていい時間ではない。当然、学校中の電気も消されていた。

 手当たり次第に電気っぽいものをぱちぱちと点けていくと、段々と廊下が明るくなっていく。

「これだけ明るきゃもう大丈夫だろ。んで月守、どこで忘れ物したんだ」

「保健室にかばんごと忘れました」

「そりゃまた盛大に忘れたな!」

 何が楽しいのか二人は笑いながら保健室へ向かう。下田は呆れ顔でその後ろをついていった。

 保健室まで行けば、外が暗いことを除けば割と安心できる。ソファのど真ん中に置かれた月守の鞄を無事回収してさあ帰ろうというその時。

 どんどん、と廊下に何かの音が響いた。保健室を超えてさらに奥から聞こえるような気もする。

 音は何度か繰り返されて、しばらくすると止んだ。その間誰も、一言も言葉を発することはなかった。

『大丈夫大丈夫。夜じゃなきゃあんまり話は聞かないから』

 いつかの牧田の言葉を思い出した。

 今もあの扉の向こうには、何かがいるのだ。

 開かずの扉のその先は、未だ誰も知らない。

「あそこは開けちゃいけない。絶対にね」

 月守が真剣な顔で言う。


 こうして誰もいない時間に、夜毎響いているのだろうか。

 今も誰かの助けを待って。

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