第13話 はな、さく(割華三姉妹)
【西暦2009年 場所不明】
椿の花は、武士が嫌うのだという。
なんでも、首が落ちるのに似ているから。
「そういうのなら、椿は剣士失格ということになりますね。首が落ちる名前を持つ剣士など、居るわけもない」
わたしが聞いた話を話すと、姉が刃を抜きながら言った。
ぬらり、と血が光る。
「わたしはどうせ失敗作だもの」
ろくに姉の役に立てないでいる自分を蔑んで見せると、彼女はいつものようにそれを否定した。
「あなたがいるだけで救われることも、幾つもあります」
本当にそうなら、良いのだけれど。
姉の
もっともわたしたち三姉妹、通称
わたしたちが生まれたひとつ前の年にも、同じような研究で生み出された
人を殺すための人間が民間に放たれたのならどうなってしまうかくらい研究室ならわかるだろうに、一体どんな意図があるというのだろう。
「未だにこの体が人工だということが信じられないわ」
姉がそんな風に言った。
自分の体よりも長い刀を振る。
そんな姿は研究室の一般研究員に言わせれば『常識の範疇を超えている』らしく、わたしたちが尋常でない事実を明確に示す根拠になっている。
「わたしたちは生まれた時からこうだものね」
正確には物心ついた時から、か。
刀使いの割華茜。
斧使いの割華椿。
弓使いの割華茅。
わたしたちはそれぞれに違う武器を使って、生き物を殺す。それが生まれついた時からの使命で、変わらずやり続けていること。
「
それはわたしたちがこれまで幾度も自分に問いかけてきたこと。
三人で話しても一人で考えても、いっこうに答えが見つからない謎。
「あッちは人間だと思うけど」
いつの間にか枝の上から降りてきた茅がそう言って、さっき茜の殺した男をばらばらにし始めた。意味がないといつも言っているのに、茅はそうやってばらばらにするのが好きだ。
「魂があれば、心があれば人間だと言いますよね」
「心なんてどこにもないよ? ほら、ばらばらにしたって『こころ』はどこにもない」
茅が手早くばらつかせた男を指してみせる。確かに、わたしも『心』なる臓器は見たことがない。脈打つあれはきっと違うだろう。
「この男は人間ですよね」
「多分ねー。研究員に言われただけだからわっかんないけど」
にんげんに心がないのなら、わたしたちにあるはずもないな。
「ほら、良く研究員が言ってるじゃん。『この人でなし』とか、『心無い奴だ』とか。きっと、本当の人間だって心が無いんだよ。もしくは、心が在っても無くても関係ないとかさあ」
あッちは別に心が欲しかったことなんてないし、人間で居たいとも思わないよ、と茅は言う。
「でも、どうしても妾たちは人間とは別物にしか成れないんですよね」
「どうしたの、茜」
いつになく『にんげん』にこだわるな、と思った。
「いいえ。——分かり合えないものですね」
研究員に何か言われたんだろうな。あの人たちは、目的を達するためにわたしたちを作っているはずなのに、どこかわたしたちを憎んでいるところがあるから。
「そういえば、そろそろ成功しそうだってね」
どこから手に入れてきた情報なのか、茅がそんなことを言う。
「そうなの? そうしたら、わたしたちもお役御免かな」
殺されちゃうかな。
「わかんないけど。弟だって」
「へえ。名前はあるの?」
「通称は鉄線らしいよ」
「そう。少しだけ楽しみ」
きっとその子も悩むんだろう。自分が人なのかどうなのか。もしかしたら誰かを愛して、その愛が本当か嘘かで悩むかもしれない。何を信じていいのか、わからなくなるかもしれない。でも……
「結局、人間なんて容易く裏切るんだからさ。自分を信じていればいいんだよ。もしかしたら自分たちの信じている『にんげん』こそが嘘かもしれないし」
囲まれた土地は果たして中なのか外なのか、なんて話があったと思う。
見方によって右も左も変わってしまう世界だ。
わたしたちが生まれたまま、生みの親であるところの研究室に縋っているように。生き物っていうのは何か一つ、縋るものを、信じるものを見つければ生きていけるんだ。
「大事なのはその『信じる』ということがぶれないことだ、と。そう言うのですね」
「そうだね。『信じる』ものがぶれれば、自分がぶれたのと同じだから」
「じゃあ、あッちたちは大丈夫だ。だって『研究室』があるからな。それに、これから生まれる弟もそうだな。じゃあ、茜も『自分が人間か』なんて気にする必要は無かろ」
そんな風に茅が無理やりに議論を終わらせた。とりあえずではあるけれど、悩んでいることに答えが出たような気がしてわたしは満足だった。しばらくこのままゆっくり暮らしていける、と思った。
☆☆☆
【西暦2009年12月14日 場所不明】
【西暦2015年 場所不明】
『紫風車』暴走、咲家研究室壊滅。
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