第14話 異端の祭(オランジュ・サルフィ)

【西暦2024年@地球・ハロウィンイベント】


 どうやら今日と云う日だけは、わしがこの姿のまま居ても怪しまれぬらしい。半人半獣の、奇妙なの容姿のまま居ても怪しまれぬ日らしい。


「オランジュ、楽しい?」


 前を歩く主様が此方こちらを見る。


「ふん。楽しいことは認めるが、一体何をさせられて居るのか釈然とせんな」


 ただ練り歩いて居るだけでは無いか。


「それでも、こうやって堂々と一緒に居られるのが僕は楽しいんだよ」


 そのように主様が云うのならばそういうことに致そう。

 儂は主様が狂おしく好きだからのう。それこそ理由がわからないくらいにの。


「オランジュ、お菓子は好き?」

「食うたことは無いな。下さるのか?」

「うん。どうぞ」


 主様のそんな顔は儂だけの物——じゃった。

 三十年間もの間、孤独と戦い続ける主様に寄り添い続けてきたのは後にも先にも儂じゃ。


 口に入った砂糖の塊を噛み砕く。


 じゃのに。


 後から来たの小娘が儂のそんな立ち位置を奪ってきおった。


 控えめに言って最悪の気分じゃ。主様の最高の寵愛の立場を得られるのは後にも先にも儂だけじゃと思って居たのに。


「どうしたの? オランジュ」


 所詮儂は主様にとってれだけじゃったのか?


「主様はどうして儂を従えなさっているのじゃ?」

「初めはオランジェが僕を選んだんだよ? 覚えていない?」


 ふん。儂が覚えて居ない訳が無いじゃろう。


「皇宮で如何いかにも寂しそうにしている少年がったものだからな。年寄りの気まぐれじゃ」


 気まぐれに声を掛けてみれば、主様は驚くほど儂にとっても有用な駒じゃったのだ。


「主様は、傍に居るだけで儂の力を増やしてくれなさる」

「これは体質だから、オランジュが感謝するほどにすごいことじゃアないんだよ」

「そうじゃったとしても、世界を悲観して居た儂にとっては十分じゃった」


 儂にとっては十分だったけれど。

 もしかしたら、主様にとっては十分じゃなかったかもしれないじゃろ? 儂はそのことが不安なのじゃ。


「オランジュ。僕の名前、憶えてる」


 なぜ儂が主様の名を忘れると思うのじゃ。此の世に生きる人間の中で一番尊い名前だと云うのに。


「セント・ルカ・フィアーじゃろ。略してそれぞれで呼ぶことを主様は好み、中でも複合型の『サルフィ』が好き、一番嫌いなのは『フィアー』、最も呼ぶ人が多いのは『サルフィ』と『サル』、『ルカ』と呼ぶのは案外少ない」

「良く知って居るね」

「主様の事じゃからな」

「じゃあ、他の人の名前で誰か憶えている人は居る?」


 これはもしかして、儂が主様の傍に居るための資質を試されて居るのか。

 くっ……。


 如何どうする、此処ここ変化へんげしては如何いかにもおかしいじゃろう。完全体になれば記憶も復元するとはいえ、完璧に獣の姿になるのは好ましいとは言えぬ。


 ふん。かくなる上は。


 此処ここで見捨てられても仕方があるまい。覚悟を決めようではないか。


「済まぬ……主様の妹御、エリザベスと言うたかのう」


 それしか覚えておらんのじゃ。情けのうて仕方がない。


「ふふ。そんなところだろうと思ったよ」


 頼むからお見捨てに成らんでくれ。啖呵を切ったものの、実際のところ儂はとても怖いのだ。


「オランジュは、僕以外の人間に興味がないよねえ」

「済まぬ……れより努力しよう」

「しなくていいよ」

「?」


 努力するまでもなく用無しだと仰るのか。


「オランジュが僕ただ一人を特別扱いしてくれる、それが僕は気に入ったんだ。周りから皇子様皇子様と崇められて、それでいて大したことのないこの僕を、崇めてくれる君が好きなんだよ」


 実のところ僕はとっても醜いんだよ、と主様は儂に微笑んで見せた。


 儂と似たような恰好をした人間で溢れる仮面舞踏会の雑踏の中、主様は儂に手を伸ばす。儂が気に入っている輝くような白髪が揺れる。そんな様子も今日ばかりは注目されないようで、儂らに注意を払う人間など一人も居らぬ。


「醜くってもいいかな」

「主様が在るように在るのなら」


 地球の行事などすべからく大したことのない物だろう。


 そんな風に思って居た儂自身の価値観をアップデートした。


 こんな風に、主様と仲良くなれる日が来たから。ハロウィーンというこの日を、ひいては地球というものを好きになるのもいいかもしれない。


 儂は異形の鷹であるけれど。

 この仮面舞踏会の中では、儂も異端で無く居られる様なのだから。

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