第8話 夏が終わり秋になっても君に恋う(サヨ/ウェスタ―・ミナ/シャギール)
【皇国リタ暦21年(西暦2023年)@皇国】
ひと夏の恋、といえば聞こえがいいのでしょう。
しかし私のした恋は、もっとどろりと深く汚いものなのです。
一目見た時から深みに堕ちて、勝手に恋うて焦がれていまだに燻ぶったまま。
夏はとうに終わり、短い命の虫たちがその両脚を天に突き上げてからずいぶん時が経ちます。私が毎日通う学校への道にも、赤と黄色の絨毯がゆっくりと敷かれ始め、まるで彼の髪のように艶めいた色をした木の実がそこかしこにおちゃめな顔を見せるのです。
秋、と言ってもいいでしょう。
くしゃり、と靴の裏で落ち葉が悲鳴を上げるから。踏みにじってやりましょう。
彼はもう帰りました。おそらく会うことはないのでしょう。
私は一人、彼への思いを胸に抱いて生きるのでしょうか。
どうせそのうち、あちらこちらから縁談が舞い込むのでしょう。となりの家に住む一人の少年が私に焦がれていることは知っています。
忘れられない恋を胸に秘めるのも、悪くありません。
何だかロマンチックで素敵です。
「好き。――嫌い。好きなものは嫌いじゃなくて、嫌いなものは好きじゃない。でも隙は嫌い」
そんなことを考えているうちに、何が好きで何が嫌いなのかわからなくなってきています。よく分からないので、もう嫌いになりましょうか。
ああ、だめだめ、だめですそんなのは。そういう投げやりな態度でいたから私は彼に振り向いてもらえなかった、そうです。
もっと前向きになりましょう。
手に持っていた画鋲を壁に刺します。私の胸に刺さった抜けない矢のように、壁に縫い留めます。
「――××」
廊下の向こうで誰かが呼びます。私は先生に言いつけられた仕事をしているので、忙しいです。無視しましょうか、と呼ぶ声の方に目を遣ってハッと。
したような気がしましたが。
そこにいたのは、ミナだけでした。
――ミナ・シャギール。私の仕出かしたことを知る、この村でたった一人。
かけがえのない親友。
「サヨ、どうしたの?」
「ミナこそ。何か用」
「手伝いに来た! 教室の方の掲示終わったから」
少しのんびりしすぎてしまったようです。考え事などしていたからでしょうか。
「うわあ、秋だねえ」
ミナが窓の外を見て声をあげます。
「ええ。もう一月も経ったから」
「ん? あ、皇女様か。
彼女にとっては、あれは『懐かしい』部類に入ってしまうのですね。
哀しい。
「また逢いたいなあ」
「私も」
窓の外に、空に届けと願うかのようにミナが伸ばした白い手の先には、雲一つありません。
「サヨ、言ったんだっけ」
実らなかった恋です。当然ながら実らなかったとわかるためには告げなければなりません。
「言ったよ」
「そっかあ」
私の語調からしてそのことは伝わったのでしょう、次ぐ言葉がないというようにミナが視線を落とします。
「忘れられない?」
黙って壁に画びょうを刺し貫きます。
「だよね」
ぷすり。
「初恋」
苦くて甘い恋でした。
「ほんとに、好きだった」
馬鹿らしいことです。
終わったのに。
「うん。知ってるよ」
忘れられず。
「まだ、想ってる」
ずっとずっと、心の奥で火は燃えたまま。
夏が終わり秋が来ても、君に恋い焦がれています。
想い続けています。
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