第3話 海(コリン/マイツェン・ユーリ/クライツ)
【王国暦1017年(西暦2025年)@王国】
驚くほどに奇麗な、碧でした。
境界線が見えないくらいに遠く遠く、打ち解け合った二つは、どこまでも同じ色でした。
ざあ……っと腹に響く音が、打ち寄せては返っていきます。
「死んだのでしょうか」
口から出たのは、そんな言葉でした。我ながら、良い死に場所を見つけたものです。
「存外、あっけないのですね」
人の命が、そういうものなのは、僕が一番わかっていることですけれど。
目の前に広がる、広大な水に、手を浸してみました。
「おや、冷たい」
こんな世界でも、感じるものなのでしょうか。思わず手を引っ込めてしまいました。
着ていた服……いつもの服です……の裾で、手を——手袋をぬぐいました。
「こんなところに来ても、僕はこれを外せないでいるんですね」
いい加減、糸なんていらないものなのに。
ふと、どこに行けばいいのかと思って辺りを見回した時でした。
僕と同じように立って、海を見ている人影。
きっと僕は、貴方でなければ何も思わなかったに違いない。
「ッ、どうし、てッ……!」
思わず、左腕を取ってしまいました。
振り向いた貴方は、
「何だ、お前も来ていたのか」
「何だ、じゃ、ないですよ……!」
どうして貴方がここにいるんですか。
「その言葉、そっくり返そうじゃないか」
死んだんだろう? 俺たちは。
「死ん、だ」
さっき自覚したはずなのに、声に出すと、改めて恐ろしく感じました。
「どこに行けばいいんだろうな?」
そんな風に言って、遠くを見つめる風をする貴方を。
連れて帰らなければいけないと、思いました。
「逝っちゃいけません」
帰りましょう、ユーリ君。
「死にたくないのか?」
「僕なんかは、死ぬべきですが……貴方には、守るべき人がいるでしょう」
「そんなの」
お前も、一緒だろ。
そう言って、貴方はまっすぐにこちらを見つめました。
「戻ろうぜ」
戻ろうと思って戻れるかはわからない。でも、試してみる価値は、あるんだと。彼はそう言いました。
***
本当に、奇麗な海だった。
漠然と、俺は死んだのだなと思った。
それでもいいか、と思った。
ああ、あの人に逢えなかったな。
この先、もしも天国と呼ばれる場所に俺が行ったなら、俺が一番後悔するのはそのことなんだろう。
ちゃぷ、と水音。俺の他にも誰か、ここに来た人がいるんだろう。
俺がどんな風に見えているのかわからないが、もしその姿が死んだときのままなら。
俺はきっと、酷い顔をしているだろうから。振り向かなかった。
その時だった。
水音のした方から、砂を踏み崩す音が聞こえて。
「ッ、どうし、てッ……!」
誰かの吐き出す言葉が耳に届いた。
見えた顔に、思わず微笑がこぼれる。
「何だ、お前も来ていたのか」
「何だ、じゃ、ないですよ……!」
生きていたころには
「その言葉、そっくり返そうじゃないか。死んだんだろう? 俺たちは」
「死ん、だ」
とっくにわかっていただろうに、コリンはぼうっとした表情で呟いた。
「どこに行けばいいんだろうな?」
辺りを見回してみる。
掴まれた左腕が、ほんの少し痛い。
「逝っちゃいけません。帰りましょう、ユーリ君」
「死にたくないのか?」
「僕なんかは、死ぬべきですが……貴方には、守るべき人がいるでしょう」
諭すような口調で、そう言われては。
嫌でも意地を張らないわけには、いかなかった。
「そんなの——お前も一緒だろ」
「戻ろうぜ」
奴の目をまっすぐに見つめる。
「はい」
そこでようやく腕を離して、あいつは微笑んだ。
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