第3話 海(コリン/マイツェン・ユーリ/クライツ)

 驚くほどに奇麗な、碧でした。

 境界線が見えないくらいに遠く遠く、打ち解け合った二つは、どこまでも同じ色でした。

 ざあ……っと腹に響く音が、打ち寄せては返っていきます。


「死んだのでしょうか」


 口から出たのは、そんな言葉でした。我ながら、良い死に場所を見つけたものです。


「存外、あっけないのですね」


 人の命が、そういうものなのは、僕が一番わかっていることですけれど。

 目の前に広がる、広大な水に、手を浸してみました。


「おや、冷たい」


 こんな世界でも、感じるものなのでしょうか。思わず手を引っ込めてしまいました。

 着ていた服……いつもの服です……の裾で、手を——手袋をぬぐいました。


「こんなところに来ても、僕はこれを外せないでいるんですね」


 いい加減、糸なんていらないものなのに。

 ふと、どこに行けばいいのかと思って辺りを見回した時でした。

 僕と同じように立って、海を見ている人影。

 きっと僕は、貴方でなければ何も思わなかったに違いない。


「ッ、どうし、てッ……!」


 思わず、左腕を取ってしまいました。

 振り向いた貴方は、微笑わらいました。


「何だ、お前も来ていたのか」

「何だ、じゃ、ないですよ……!」


 どうして貴方がここにいるんですか。


「その言葉、そっくり返そうじゃないか」


 死んだんだろう? 俺たちは。


「死ん、だ」


 さっき自覚したはずなのに、声に出すと、改めて恐ろしく感じました。


「どこに行けばいいんだろうな?」


 そんな風に言って、遠くを見つめる風をする貴方を。

 連れて帰らなければいけないと、思いました。


「逝っちゃいけません」

 帰りましょう、ユーリ君。


「死にたくないのか?」

「僕なんかは、死ぬべきですが……貴方には、守るべき人がいるでしょう」

「そんなの」


 お前も、一緒だろ。

 そう言って、貴方はまっすぐにこちらを見つめました。


「戻ろうぜ」

 戻ろうと思って戻れるかはわからない。でも、試してみる価値は、あるんだと。彼はそう言いました。


***


 本当に、奇麗な海だった。

 漠然と、俺は死んだのだなと思った。

 それでもいいか、と思った。

 ああ、あの人に逢えなかったな。

 この先、もしも天国と呼ばれる場所に俺が行ったなら、俺が一番後悔するのはそのことなんだろう。

 ちゃぷ、と水音。俺の他にも誰か、ここに来た人がいるんだろう。

俺がどんな風に見えているのかわからないが、もしその姿が死んだときのままなら。

俺はきっと、酷い顔をしているだろうから。振り向かなかった。

その時だった。

水音のした方から、砂を踏み崩す音が聞こえて。


「ッ、どうし、てッ……!」


 誰かの吐き出す言葉が耳に届いた。

 見えた顔に、思わず微笑がこぼれる。


「何だ、お前も来ていたのか」

「何だ、じゃ、ないですよ……!」


 生きていたころにはついぞ見たことのない、必死な表情。


「その言葉、そっくり返そうじゃないか。死んだんだろう? 俺たちは」

「死ん、だ」


 とっくにわかっていただろうに、コリンはぼうっとした表情で呟いた。


「どこに行けばいいんだろうな?」


 辺りを見回してみる。

 掴まれた左腕が、ほんの少し痛い。


「逝っちゃいけません。帰りましょう、ユーリ君」

「死にたくないのか?」

「僕なんかは、死ぬべきですが……貴方には、守るべき人がいるでしょう」


 諭すような口調で、そう言われては。

 嫌でも意地を張らないわけには、いかなかった。


「そんなの——お前も一緒だろ」


「戻ろうぜ」


 奴の目をまっすぐに見つめる。


「はい」


 そこでようやく腕を離して、あいつは微笑んだ。

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