第2話 約束(エリザベス/ザクスベルト・ユーリ/クライツ)
【皇国リタ暦22年(西暦2024年)@皇国】
少女は読んでいた本から顔を上げた。
——あたしは、変わってしまったかな。
少女は先日、懐かしい人に会った。相手は、彼女のことを変わったと評し、ややそのことを嫌悪した。
——つまらなかったかな。
人はそのままではいられない。そんなことは少女もわかっている。それでも、相手を失望させてしまったかもしれないと思うことが怖かった。
「ねえ」
彼女は口を開いて、同じ部屋の中の少年に声を投げた。彼は手元の端末から目を離さないままに応えた。
「なんだ」
「あたしって、君と初めて会った時から変わったかな?」
少年は少女の従者。本来は少女の命令には絶対に服従し、少しでも無礼な態度をとれば抹殺されるような人間だった。しかし、二人はまるで気の置けない友人同士であるかのように会話を続ける。
「そりゃあ、変わっただろう、色々と」
置かれている状況の変化、やらなければならないことのグラデーション、その他にも、皇国の皇女という立場を持つ少女は、変化が毎日と言っても過言ではない。
「そうじゃないんだよ。当時のあたしが今のあたしを見たなら、どう言うかなって」
「知らない」
ごく当たり前の答えを返した少年に、少女は呟きかける。
「君はさ、随分変わっただろ? 昔よりも柔らかくなって、優しくなった。丸くなったとも言うのかな、少なくともそれは肯定的な変化だよ」
「俺の職業からして、丸くなったというのが褒められることなのかは甚だ不思議だ。ただしかし、お前がそういうのならそうなんだろうな」
端末をテーブルの上に置いて、少年は少女の座る窓際まで歩く。少女は暮れなずむ町を、出窓に座って眺めていた。
「この前来たあの娘、あたしのことを知っていてね。色々と言われたんだよ」
「当時のお前と、随分違うのか」
「あたしはわからないよ。ただ、ずっとずっと、誰かを幸せにしたかっただけなんだ。誰かの幸せを守りたかっただけだけれど、それがいつしか誰かを傷つけてしまう行為になって行ったのかもしれないよね。もしも変わってしまったあたしがあたしの想いを振りかざすことで、それが誰かを傷つけるのならば、誰かを幸せにしようなんて思わない方が良いのかもしれない」
少女は少年の方を見ずにそう言った。
——泣いているのか?
少年はあらぬ疑問を抱き、彼女の横顔をのぞき込む事もできずに棒のように立つ。
「幸せになってほしいんだ、みんなに。あたしがこの国を治めるのならば、国の人たちにはとにかく幸せでいてほしい。そう願っているんだよ」
少女にとっては不変の願いで、ただしその意味は世界が解釈を変えていく。
「あたしは、この場所でこの国のためにずっと尽くしているつもりで、それはこれからも変わらない。でも、もしかしたらそれは、あたしが地球で見てきたあの人たちにとって酷く残酷なことなのかな。おこがましいようだけれど、あたしがあの人たちを幸せにできていたとするのなら。あたしは変わらずあの人たちのためにいるべきなのかな?」
少女はただただ優しかった。どこまでも続く海のように優しかった。誰にでも優しくはできないことを嘆いていた。あちらを立てればこちらが立たないことを嘆いていた。
「ありきたりな言葉は飽きているか」
少年は少女に問う。その場に適した、一言で彼女を救えるような
「言って見てよ。何も変わらなくたって失望したりしない」
「やってみろよ、好きな風に」
——ああ俺は何を。
この少女にそんなことを言えば、彼女は本当にそうするだろう。少年が口に出すのもためらうようなことを、簡単に実行するだろう。それを言ってはいけないとわかっていたのに、少年は、
——それでもあいつが創る世界を見てみたいんだ。
革命に憧れた。
「好きな風に?」
「やりたいようにやればいい。道を踏み外したのなら、戻してやる。くじけそうになったのなら支えてやる。立ち直れそうにない時は、そばに居てやる。それができるやつが、お前の周りにはたくさんいるだろう」
少女は応えない。
「もしも世界中に優しくいたいなら、世界を幸せにして見せたいのなら、そのために力いっぱい動けばいい。地球も皇国も幸せにしようと、力を尽くせばいい。それができるだろ」
つたない言葉をつづって、少年は少女を振り向かせようと努力する。
——悩んでいる姿がつらいから。
背中を見せているのなんて似合わないから。
——笑ってほしいから。
少年は少女を励ました。
「へえ」
——そっか。
少女は決めた。
「わかったよ。あたしは、新しい世界を創って見せよう」
——一つを選ぼうなんてしてやらない。どんな手段を使ってでも、欲張ってすべてを手に入れてやる。それが許される世界を創ろう。
「見ていてよ? 君が言ったんだから、見届けてよ」
少女は少年へ向き直る。いつも通りの、弾けるような笑顔を見せる。
「拝命しましたよ、皇女様」
最後の最後で従者らしい一面を見せて、少年は首を垂れた。
「約束だからね」
これは、少年と少女が交わした約束の物語。やがて世界を変える物語。
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