短編集

フルリ

第1話 変わるもの(織松梨沙・録町前人)

【西暦2024年 @地球】


 こんにちは。皆様ごきげんよう。

 わたしは織松梨沙おりまつりさ。花の中学二年生、彼氏持ち。今からその彼氏くんに電話をかけるところだよ。

 いつも通り、電話をかけてすぐ(昔の単位でワンコールぐらい)、向こうにつながる。


「梨沙?」

 我が彼氏くん、録町前人とりまちさきとの声。


「マチくん久しぶり」

 電話口から、掛けてくるなんて珍しいね、という声。うーん、きゅんきゅんしちゃう。


「聞いてほしいことがあるんだぁ」

 親に万が一見られてもいいように、机の上には勉強道具をセット、ヘッドホンを付けてリスニングの勉強をしているかのように装う。悪い人間だ。


「先週文化祭ってあったじゃない」

 わたしのクラスの出し物は大したことのないロミジュリ。わたしの役はどっちかの母親。なかなかいつもの自分と違うキャラで面白かった。


「あったね。てか僕行ったじゃない」

 知っている。舞台から見てどきどきしていた。


「あれのあとさ、友達がおかしくなっちゃったのよ」


「おかしく? 狐憑きみたいな?」

 いつものことだけど、マチくんは博学だ。おかしくなった、と聞いて狐憑きを連想するそのセンスが何とも素敵。ちなみに、彼の部活はサッカー部で、おまけに頭もいい。実に自慢の彼氏だ。


「おかしくって言うか、変わったって言うか……」

 簡単に言うと、とっても立派になってしまったのだ、冴は――わたしの友達は。文化祭の途中で少し離れた後、会ってみれば驚くほど精悍な顔立ちになっていた。しかもそれだけじゃない。


 随分な優等生になっていた。

 優等生っていうのは、勉強ができるという意味に限定されない。わたしが言うのは、言動とか態度とかについても含めて、だ。


「先生受けが良くなったって言ったらわかるかなー。なんか、品行方正なんだよね」


「『いい子ちゃん』になったって事?」


「うん、そういう感じ」

 彼女がそういう変わり方をして、わたしはなんだか置いて行かれたような気がしたのだ。

 わたしは結構なんでも器用にできちゃうほうだから、わりと成績だとか出来だとかは良い。良いのだけれど、その良い理由には、先生によく見られたい、という思いがそこにあるだけ。頑張らなければ、やらなければ、といった心はない。


「んー、それでさ。なんか必死なんだよねぇ。『頑張らなくちゃあいけない』、『わたしはやらないといけない』、みたいな悲壮さもあるんだよね」


「必死すぎてなんだかつまんないって感じ? 梨沙って頑張るの嫌いだもんね」


 そう。

 そうなのだ。

 急にいい子になっちゃって、一人で変わっちゃって、わたしはつまらないのだ。


「一人で勝手にいい子ぶらないでよね、つまんない、みたいな」

 一人で大人みたいに成られて、一人でいい子に成られて、それじゃつまんないのだ。


「置いてかれちゃってるんだね、梨沙が」

 ゆっくりとわたしを肯定する声。


「そうなのよー」

 はあ、と手を机の上に伸ばす。

 わたしだってこのままぼうっとしていてはいけないことくらいわかっている。


「でもわたし、努力するの嫌いだし……」


「梨沙はそのままで大丈夫だよ」

 マチくんが優しく言ってくれる。わたしはそれがすごく好きだけれど、それにいつまでも甘えていられないとも知っている。


「うーん。ありがとう、マチくん」

 わたしはお礼を言った。少しおかしい感じになってしまったかもしれない。

 数秒間沈黙が続く。何か喋ることを思いつこうと頭がフル回転しだした。

 画面の向こうで身動きする気配。

 よくわからないキャラクターの書かれたTシャツの脇腹が喋った。


「そうだ。梨沙、来週の日曜日空いてる?」

 お? ひょっとして?


「僕、デートがしたいな」

 ぃやったぁぁぁぁぁぁあ!


「大丈夫だよっ! どこ行く?」


「僕、行きたい高校があるんだよ。そこの文化祭に行きたいなって」


 ああ、そうか。

 マチくんはわたしと違って高校受験があるんだ。


「うん、わかった」

 たとえどこだろうと、彼と行くなら楽しいに違いない。


「じゃあ、プランニングは任せてね」


「うん。楽しみ」


 その後もいろいろ話して、電話を切った。

 よし、来週のために今のうちに仕事を終わらせておこう。

 わたしは偉いなあ。

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