あなたが好きです。

 焦りを隠しきれない私を尻目に、彼女は手を私の手に合わせてくる。そして完全に二つの手が重なった時、私は閃いた。そうだ。変わるのだ。私の言葉で二人の関係は変わるのだ。彼女と私。私と彼女。絶対に何か変わるのだ。これは理屈なんかじゃない。感覚とかでもない。はっきりとした直感である。生れてきてずっとこのために私は生きてきたのだ。この瞬間のために言葉を覚えてきたのだ。誰に何と言われても、その瞬間が気恥ずかしくても、私はこれを遂行するのだ。でないと私、何のために生きてきたのか分からなくなってしまう。何のための命か分からなくなってしまう。それは嫌だ。絶対に嫌だ。だからあの言葉を彼女に届けるんだ。鈴木は丁度いないし、伊藤さんは花火に夢中だ。今だ。今しかない。

 「倉橋さん」

 「何?」

 彼女はいつになく真剣そうな口調だった。恐らくこの祭りで一番神妙なのはここだろう。

 「ずっと言いたいことがあって」

 「うん」

 心臓が五月蝿い。一度呼吸を整える。何秒かの沈黙の後に、

 「ずっと前から…、好きでした。僕と付き合ってください、…っていう」

 瞬間、花火。破裂した後、火花が枝垂れて余韻の残る花火。暫し静寂。やはり彼女は周囲の喧騒を吸い込む性質があるみたいだ。

 「…急だねえ」

 「言ったのは急だけど、ほんとにずっと考えてて…」

 「ふふふ」

 「えっ、何?」

 「あははははは」

 「何なんだよー」

 「いや、ちょっとびっくりしちゃって。…そういう素振り無かったし」

 「そういう素振りって何?」

 私は思わず笑いながら言う。彼女はどんな空気でも笑顔に変えてしまうのだ。

 「何かこう…、あなたに告白します~っていう感じ?」

 「何それー、初耳だわ」

 「女の子は分かるんですよ~」

 「へえ」

 また、静かになる。その隙間を埋める様に花火が上がる。大きいの、小さいの、丸いの、楕円みたいなの、スイカの形、ウサギの形。様々な花火が上がった。そして私たちの背後を沢山の人々が通り過ぎた。正直、彼女以外はどうでも良かったが、また馬鹿みたいに「綺麗だね」とか「大きいね」とか言い合った。そして、暫く経ってから、

 「好きだよ」

 と彼女は言った。その瞬間、時が、止まった。私は何も言えなかった。

 そこに突如として鈴木が現れた。まるでタイミングを見計らって出てきた様な気がした。

 「あれ、花火終わっちゃった?」

 「うん、さっきね」

 「まじかー、半分も見れてないぞ」

 「トイレ長すぎんだよ」

 「違う、めっちゃ並んでたのよ、50メートルくらい」

 「諦めれば良かったのに」

 「諦められっかよ」

 そこに花火大会終了のアナウンスが流れた。こうして私の夏は始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る