薄灯り
私たちはまず、焼きそばの出店の前で立ち止まった。
「一旦、これにしよ」
「いいよー」
「全員食う?」
「うん」
「あ、私たち二人で一個でいいかも」
「おっけー」
鈴木は普通の焼きそばを3個買った。屋台の人がサービスしてくれて1300円だった。彼女のお陰だった。相変わらず屋台というのは物価が高いと思った。だから私は祭りにくると金の心配ばかりしてしまう。彼女には払わせられない、とか勝手に思ったりもして、実際にそれを実行しようともしたが、その前に伊藤さんが「これ結局いくら払えばいいん?」と言ってくれたお陰で、今日は割り勘ということになったようだった。
焼きそばは案外荷物であった。焼きそばを持つ手を前から横から来る人々に接触しない様に一々意識しなくてはならなかった。そういうわけで私たちはまず焼きそばをどうにかすることにした。出店の合間から表通りを脱した。人通りは疎らになった。祭りの喧騒は、覆いが被さったかの様に小さくなり、蝉の声が台頭して私たちに夏の輪郭を思い出させた。一分ほど歩いて丁度良い階段を見つけた。そこに四人で横並びになって座った。
「花火何時からだっけ」
「多分7時半」
「まだあと…、3時間弱あるな。…どうする?」
「出店まだまだあるし、それ見てればいんじゃね」
「そうだね」
全ての会話が緩やかに始まり、緩やかに終わった。まるで何も無かったと思わせるほどに自然な時間だった。彼女は終始静かだった。私たちの会話を山でも眺める様に見つめては、時折笑った。彼女が笑う度に私は、ここにいることを許されている様な感覚に陥った。
十分少々で皆、食べきった様だった。私たちは時間を潰すべくまた出店の通りへ足を運んだ。一歩、また一歩と通りに近づく度、人通りが増えてきた。私はそれが少し嫌だった。四人の時間を穢される様な感じがした。そう考えると、あの階段は良かった。
私たちはこの後、様々な出店の前で立ち止まった。りんご飴、金魚すくい、わたあめ、射的、スーパーボールすくい。その度に私は彼女に呆気に取られた。彼女はいつも完璧だった。どこから見てもそれは、一つの作品であった。彼女がりんご飴を齧ると、私はそれを見るために生れてきたのだとと信じられた。彼女がわたあめを口で溶かすのを見ると、私はわたあめになりたいと思った。彼女に捕らえられた金魚が羨ましかった。彼女は二匹の赤い金魚の入ったビニールの袋を顔の高さまで持ち上げて、笑った。隣で彼女がしゃがんで私の動向を見守っていたので、私は一匹も金魚を捕れなかった。しかし、それでも良かった。彼女は如何にも心を許した様に私の無念を笑った。金魚は水槽で活き活きしていた。
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