集合は、高台にある神社の境内に16時であった。この日は8時に起きた。朝から身体に堪える日射が厳しかった。気温は11時の時点で34度だった。木の下に辛うじて生じた木陰が砂漠のオアシスの様な感じで存在していた。真昼にいつもの駄菓子屋に行くと、ラムネが売り切れていた。蝉の声がどこへ逃れようとも月の様にずっとついてきた。

 境内には早めに着いた。約束の時間まで30分ほどあった。私は社屋の縁側に座って、スマホで思い出したかの様に、様々調べ事をした。「告白 言葉」「女子 喜ぶ 褒め方」「好きな人 夏祭り」こんな文言で検索履歴は埋め尽くされた。しかし、思う様なというか欲しい答えは得られず、集合時間の十分前になったところで、鈴木が現れた。

 「よお、早いな」

 「今日早起きしちゃって、暇だったもんで」

 「他の二人は?」

 「まだ来てない」

 「おっけ」

 それから二人は静かだった。ひぐらしの声が二人の隙間に割り込んできては流れた。徐々に境内に人が集まってきた。時計を見ると16:05となっていた。あれ、そろそろ来てもいいのにな、と思った。その時、遠くで路面電車の走る音が聞こえた。目の前には大きな入道雲。

 「二人遅いね」

 「浴衣着てくんじゃね?」

 「なるほどね」

 彼女が浴衣だと好都合であった。さっき浴衣について色々調べた。またスマホに目を落として検索エンジンを開いたところで「おーい」と聞こえた。見ると伊藤さんと彼女であった。

 彼女は浴衣を着ていなかった。

 「待った?」とか「待ってない」とかお決まりの言葉を交わした後、不意に「浴衣似合ってるー」とか鈴木はいとも簡単にこんなことを口に出す。

 「ありがと」

 伊藤さんは軽やかだった。伊藤さんはこういう時いつもそうなのだ。

 「じゃ行きますか」

 私はさっさと浴衣から注目を逸らしたかった。浴衣について褒めるなんて私には到底無理だと今実感した。それこそその言葉を口にしてしまえば、別の人間になってしまう気がした。恐ろしかった。

 四人は階段を下った。斜面に真っ直ぐかかったこの階段は、遠くから見ると瀟洒な印象を受けたものだが、実際来てみるといつもそうでもないと思う。そこらじゅうに残念な雑草が生えていたし、階段に使われている石材はがたがたしていた。この神社はこの階段さえ無ければ、参拝客が増えるだろうに、どうしてこんな高台に造ってしまったのか。しかし、境内から見える海は綺麗だったし、地震の多い地域ではあるから高台に造らないといけなかったのかもしれないとか思った。そんなことを考えているうちに階段は終わっていた。

 「人やば~」

 「ね」

 町内のどこにこの人たちは隠れていたのか。足の踏み場も無いほどの人いきれであった。彼女は私のすぐ後ろを歩いた。時々、誰かの手が私の手に触れた。私はその度に後ろを振り向いたが、いつも彼女はよそを向いていた。手でも繋げばいいのに、それができない。事実、手を繋がないと彼女は見知らぬ人流に飲み込まれてどこかえ消えてしまいそうであった。彼女の天にでも昇っていきそうな服装が余計私にそう思わせた。

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