奇異なる男
「何か最近、鈴木変じゃない?」
「変?」
「うん。何かそっけないというか、元気ないというか、まあ気の所為かもしらんけど」
「あー、そうかもね笑」
「何か知ってるの?」
「…いや、知らない」
「えっ、いや噓でしょ」
「本当っ」
「…伊藤さん嘘吐くからな~、たまに」
雨が降っていた。雨音が激しかった。この時、鈴木をちらと見る。灰色の海を見ている。その姿が妙に様になっていた。私は不覚にも見惚れてしまう。あの頃の彼女の気持ちも分かる気がした。しかし、不思議と悔しくも何とも無かった。
伊藤さんに話してから余計に鈴木の奇異が気になり始めた。鈴木は不可解なほど彼女と話をしなかった。今までなら一日二回か三回言葉を交わしていた筈だったが、この頃は二人が話をしていると「あっ」と思うほどであった。また、鈴木とよく目が合う様になった。一日に一回以上は目が合った。それまでは合ったことも無いのに。何か憂いを帯びた様な、虚ろの様な、兎に角、楽し気では無かった。彼女も鈴木の変化に気付いている様であった。この間、彼女が私に話をした。
「最近さ、鈴木くんとたまに目が合うんだよねー」
「鈴木と?」
「うん」
「…僕もだわ」
「あっそうなの?」
「うん。……言いたいことあるなら言えばいいのに」
「言いたいこと?」
「何かありそうじゃない?」
「…確かに」
分かってるくせに。つくづく彼女は罪な人だ。何もかも知って、それで惑わせる様なことをするのだ。彼女の言葉、仕草、存在。何が真実で何が嘘なのか分からない。これだけ親しくなった私でも、彼女にはいつでも謎のベールが掛かっていて、ずっと神秘的だった。彼女の一挙一動全てに気を配らないと、埒が明かないくらいに不思議が纏わりついていた。
まだ確信は持てないが、薄っすら感じていることが一つある。鈴木がこの頃、不可解であること。数か月前の私に鈴木がどこか似ていること。様々なことを勘案して、思うことが一つある。鈴木は彼女のことを好きなのではないか。想いを寄せているのではないか。恋をしているのではないか。しかし勿論、本人に確認を取ったわけでもないし、私が直接聞けるわけでもないので、この問いは永遠に闇の中なのだが、もし本当だったらどうしよう。私たちが仮に同時に告白したら、選ばれるのはどっちだろう。当然、私は彼女に好かれる努力をしているし、実際、彼女も私のことを好意的に捉えているはずである。ただ、鈴木は彼女に告白されている。断ってしまっているが、告白されたのは紛れも無く事実で、彼女がまだ鈴木に未練が無いとも言い切れない。一度、伊藤さんから彼女が鈴木に振られたと聞いた後に彼女に二三質問したことがある。
「倉橋さんはさー…、このクラスで付き合うとしたら誰?」
「えー…このクラスで?」
「うん」
「…強いて言うなら…、…鈴木くん、かな」
「鈴木?」
「勿論、好きっていうわけじゃないよ!」
「ふんふん」
「強いて言うなら…、強いて言うなら、ね」
彼女の言葉を全て信じるなら、彼女はもう鈴木のことは好きでは無くて、でもこのクラスで一番可能性があるのが鈴木ということになる。そんなことあるのだろうか。勿論、このクラスで最も彼女の恋人に近い存在は鈴木だろうと思うが、まだ、彼女は鈴木のことが好きなのではないか。だとしたら都合が悪い。丁度、両想いということになってしまう。また、二人が手を繋いでいるシーンが想起される。様になっている。このまま二人は結ばれてしまうのだろうか。いつにも無い焦燥が溢れ出す。
ただ、希望もあるにはある。それは彼女にこの質問したのが、席替えの前だったということである。私たちはこの頃、今ほど仲良くは無かった。一日に一回会話をすれば良い方であった。しかし今は違う。毎日数えきれないほど言葉を交わし、笑い合っている。それではどうであろうか。彼女は私を選んでくれるだろうか。今度は、私が彼女と手を繋ぐ番だ、と思いたい。どう見ても柔らかい彼女の手を、私の体温で包み込むのだ。そんな妄想をしながら、彼女と話をしたことがある。その時は特別彼女が愛おしかった。彼女の声に、顔に、仕草に何もかもに、明確に好意を持って私は存在していた。一層私は彼女のことが好きなんだと意識せざるを得なくなった。しかし、そういう意識が明白に台頭してくると同時に鈴木の存在も無視することができなくなった。事実、私は彼のことをこの頃、積極的に考えから外そうと努力していたのだが、いつの間にかそれさえ出来なくなっていた。あの時、鈴木が彼女のことを好きなのではないかと疑った時、全てが変わったのであった。鈴木の一挙一動が目に余る暴力として私に降りかかる様になった。鈴木が彼女と話をしていると、まさか告白でもするのではないかと、冷や汗が止まらなかった。
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